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36.兄とは認めない③(テオドール視点)
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「テオはクッキーとソルベどっちがいい?」
何度問われたかわからないこの問い。僕は答えないのに、この人は必ずいつも尋ねてくる。
僕の言葉は力を持つ。
発すれば、意図せず精霊力をのせて、予期せぬ現象を引き起こすことがある。
だから、この一年ほど僕はしゃべることなく過ごしてきた。
だけど、僕はこの人ともっと話してみたいと、そう思ってしまった。
それが罪深いことだとわかっていても。
「……クッキー」
「え?」
「クッキーがいい」
ああ。僕が声を出したことに、すごく驚いている。
大きな榛色の目がこれでもかと大きく見開かれて、そのまま零れ落ちるのではないかと思うほどだ。
この人の感情を自分が動かしたという事実に、僕の心にまたもやじんじんと熱が籠る。
「そうかぁ……テオはクッキーが好き、なんだな……」
やっと絞り出したような言葉は、喜びを隠せていなくて。それにつられて僕もうれしくなってしまう。
「別にクッキーは好きじゃない」
僕には好きなものなんて、一つもない。この世界に、たったの一つも。
だって僕はこの世界のすべてが、今この時に無くなってしまってもかまわない。
「このクッキー……あなたが作ったんでしょう?」
「え?」
「だって、このクッキー……あなたの精霊力がたくさん満ちているから」
でも、この人を包む精霊力は嫌いじゃない。すべてが無くなってもかまわない僕が、ずっとこれに浸っていたいくらいには。
「もしかして、精霊力の量を感じとれるのか?!」
あ、しまった、と思った。
案の定、詰め寄るように肩を掴まれて、自分の愚行を呪う。
普通は、精霊力が見えるなんてことは無い。この力はあくまで不可視の不可触の力であって、人の能力を凌駕した神の領域の力なのだ。
それが理解できない時分に僕にも何か出来ることが無いかと力を披露して、散々気味悪がられてきたのに。
僕は自分で思っている以上に、気が緩んでしまっていたらしい。
「それって………すっごいな!!」
はい?
でも、次に聞こえた言葉は思いもよらないもので。
「どのくらいわかるんだ?
もしかして、精霊力の属性とか、流れる方向もわかるのか?もっと細かく……個人が特定できるくらいに、精密に精霊力の性質がわかるってことだよな?
おれが精霊力について話しても、みんな理解できないみたいで……すごいですね、と褒められるか……」
と、早口に捲し立てたかと思うと、尻つぼみに言葉が小さく消えてく。
人と違う性質を持つということは、こういうことだ。
望むと望まざると、人とは違う扱いを受ける。そして、それは往々にして排除されることが多い。
僕はそうやって、親に捨てられ孤児になり、どこへ行っても倦厭されてきたから、嫌というほど理解できた。
でも、この人は……フォレスターだから。
僕のように理由も性質もわからない、精霊力を持っているわけでは無いだろうに。
将来も約束され、賞賛されるべきことじゃないのか?
それなのに、まるで孤児の僕と同じ経験をしてきたように言う。
と、突然に肩を掴む手が緩んで、「いや、おれ何言ってるんだろうな。勝手に盛り上がって、一方的に期待して……テオはまだ小さいのに」と、ぶつぶつ言っている。
僕は確かに小さいけれど、あなたも十分小さいじゃない。
本人としては独り言のつもりなのだろうけど、もしかしたら口に出しているのにも気づいていないかもしれない。
全部だだ洩れの丸聞こえで、本当におかしい。
さらに、まじまじと僕を見て、今度は僕の両肩を撫で擦り、
「テオドールの肩薄いな。
もっとご飯食べないとダメだ。ほら、兄さんがもっとクッキーをあげよう」
といって、もう一枚クッキーをくれると、自分もがりがりとクッキーを食べ出した。
やっぱり、おかしな人だ。
「クッキーに精霊力を込めてるというより、そこに混ぜ込んでるナッツに精霊力をこめてるんだ」
言われて、もはや全く理解できない。
「なんの意味が………」
食べ物に精霊力をこめるなんて……いや、こめることができるなんて、聞いたことが無い。
「意味なんて無い。精霊力の操作の練習になるくらいで」
自分の精霊力の入ったクッキーを食べながら、この人は何を言っているんだろう。
だけど、これはきっと、この人にとって、初めての告白だ。
人と違う稀有な能力を持ちながら、それを燻ぶらせて、自身で試行錯誤した、誰とも共有できなかった努力を。
それが可能なのだと、現にそれが行われているのだと、知ることができるだろう僕に……僕だけに、伝えたくて。
これまで、誰にも言うことができなかった、認めてもらえなかった努力を、その成果を、僕に初めて披露している。
僕なら理解してくれるのではと、期待と不安を織り交ぜて。
「ふふっ……」
なんて、可愛い人なんだろう。
そして、孤独で、一人で純粋に己に努めている人。
周りのすべてをあきらめて、この世界をあきらめている自分とは大違いだ。
こんな人がいるなんて、信じられない。
僕がおかしそうに笑う顔を見て、僕よりももっと幸せそうに頬を赤らめて、緩む頬を必死にこらえている。
ああ、瞳が潤んで。いつもきらきらしている瞳が一層輝きを増す。
「おれは、人よりちょっと精霊力が多いから、別に大したことじゃ、ないし……。あと、プリンの卵より牛乳の方が精霊力が入りやすいんだぞ」
歓喜に震える声で、切々と訴える姿がとても可愛くて、僕はもうダメだった。
「おかしな人……ふふふ…っ」
僕なんかに、こんなにも心を見せてくれる人、これまでいなかった。
あなたが初めてだよ。
本当におかしな人だ。
今日が終わる。この人が自室に帰って行くときが、僕にとっての今日の終わりだ。あとはただ、明日が来るのを待つだけ。
いつも別れ際におでこに一度、「おまじない」と言って、口づけをしてくれる。
僕はその瞬間、すとん、と何かがおさまったように、体のどこかが静かになる。
良く分からないけど、心地よさに抗えなくて。自然とその行為を受け入れるようになった。
何度問われたかわからないこの問い。僕は答えないのに、この人は必ずいつも尋ねてくる。
僕の言葉は力を持つ。
発すれば、意図せず精霊力をのせて、予期せぬ現象を引き起こすことがある。
だから、この一年ほど僕はしゃべることなく過ごしてきた。
だけど、僕はこの人ともっと話してみたいと、そう思ってしまった。
それが罪深いことだとわかっていても。
「……クッキー」
「え?」
「クッキーがいい」
ああ。僕が声を出したことに、すごく驚いている。
大きな榛色の目がこれでもかと大きく見開かれて、そのまま零れ落ちるのではないかと思うほどだ。
この人の感情を自分が動かしたという事実に、僕の心にまたもやじんじんと熱が籠る。
「そうかぁ……テオはクッキーが好き、なんだな……」
やっと絞り出したような言葉は、喜びを隠せていなくて。それにつられて僕もうれしくなってしまう。
「別にクッキーは好きじゃない」
僕には好きなものなんて、一つもない。この世界に、たったの一つも。
だって僕はこの世界のすべてが、今この時に無くなってしまってもかまわない。
「このクッキー……あなたが作ったんでしょう?」
「え?」
「だって、このクッキー……あなたの精霊力がたくさん満ちているから」
でも、この人を包む精霊力は嫌いじゃない。すべてが無くなってもかまわない僕が、ずっとこれに浸っていたいくらいには。
「もしかして、精霊力の量を感じとれるのか?!」
あ、しまった、と思った。
案の定、詰め寄るように肩を掴まれて、自分の愚行を呪う。
普通は、精霊力が見えるなんてことは無い。この力はあくまで不可視の不可触の力であって、人の能力を凌駕した神の領域の力なのだ。
それが理解できない時分に僕にも何か出来ることが無いかと力を披露して、散々気味悪がられてきたのに。
僕は自分で思っている以上に、気が緩んでしまっていたらしい。
「それって………すっごいな!!」
はい?
でも、次に聞こえた言葉は思いもよらないもので。
「どのくらいわかるんだ?
もしかして、精霊力の属性とか、流れる方向もわかるのか?もっと細かく……個人が特定できるくらいに、精密に精霊力の性質がわかるってことだよな?
おれが精霊力について話しても、みんな理解できないみたいで……すごいですね、と褒められるか……」
と、早口に捲し立てたかと思うと、尻つぼみに言葉が小さく消えてく。
人と違う性質を持つということは、こういうことだ。
望むと望まざると、人とは違う扱いを受ける。そして、それは往々にして排除されることが多い。
僕はそうやって、親に捨てられ孤児になり、どこへ行っても倦厭されてきたから、嫌というほど理解できた。
でも、この人は……フォレスターだから。
僕のように理由も性質もわからない、精霊力を持っているわけでは無いだろうに。
将来も約束され、賞賛されるべきことじゃないのか?
それなのに、まるで孤児の僕と同じ経験をしてきたように言う。
と、突然に肩を掴む手が緩んで、「いや、おれ何言ってるんだろうな。勝手に盛り上がって、一方的に期待して……テオはまだ小さいのに」と、ぶつぶつ言っている。
僕は確かに小さいけれど、あなたも十分小さいじゃない。
本人としては独り言のつもりなのだろうけど、もしかしたら口に出しているのにも気づいていないかもしれない。
全部だだ洩れの丸聞こえで、本当におかしい。
さらに、まじまじと僕を見て、今度は僕の両肩を撫で擦り、
「テオドールの肩薄いな。
もっとご飯食べないとダメだ。ほら、兄さんがもっとクッキーをあげよう」
といって、もう一枚クッキーをくれると、自分もがりがりとクッキーを食べ出した。
やっぱり、おかしな人だ。
「クッキーに精霊力を込めてるというより、そこに混ぜ込んでるナッツに精霊力をこめてるんだ」
言われて、もはや全く理解できない。
「なんの意味が………」
食べ物に精霊力をこめるなんて……いや、こめることができるなんて、聞いたことが無い。
「意味なんて無い。精霊力の操作の練習になるくらいで」
自分の精霊力の入ったクッキーを食べながら、この人は何を言っているんだろう。
だけど、これはきっと、この人にとって、初めての告白だ。
人と違う稀有な能力を持ちながら、それを燻ぶらせて、自身で試行錯誤した、誰とも共有できなかった努力を。
それが可能なのだと、現にそれが行われているのだと、知ることができるだろう僕に……僕だけに、伝えたくて。
これまで、誰にも言うことができなかった、認めてもらえなかった努力を、その成果を、僕に初めて披露している。
僕なら理解してくれるのではと、期待と不安を織り交ぜて。
「ふふっ……」
なんて、可愛い人なんだろう。
そして、孤独で、一人で純粋に己に努めている人。
周りのすべてをあきらめて、この世界をあきらめている自分とは大違いだ。
こんな人がいるなんて、信じられない。
僕がおかしそうに笑う顔を見て、僕よりももっと幸せそうに頬を赤らめて、緩む頬を必死にこらえている。
ああ、瞳が潤んで。いつもきらきらしている瞳が一層輝きを増す。
「おれは、人よりちょっと精霊力が多いから、別に大したことじゃ、ないし……。あと、プリンの卵より牛乳の方が精霊力が入りやすいんだぞ」
歓喜に震える声で、切々と訴える姿がとても可愛くて、僕はもうダメだった。
「おかしな人……ふふふ…っ」
僕なんかに、こんなにも心を見せてくれる人、これまでいなかった。
あなたが初めてだよ。
本当におかしな人だ。
今日が終わる。この人が自室に帰って行くときが、僕にとっての今日の終わりだ。あとはただ、明日が来るのを待つだけ。
いつも別れ際におでこに一度、「おまじない」と言って、口づけをしてくれる。
僕はその瞬間、すとん、と何かがおさまったように、体のどこかが静かになる。
良く分からないけど、心地よさに抗えなくて。自然とその行為を受け入れるようになった。
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