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35.兄とは認めない②(テオドール視点)

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 5歳のとき、僕はフォレスター家に引き取られた。

 すべてはこの身に宿る、忌まわしい精霊力マナのせいだ。

 孤児であり4大領主のことなど知らない僕から見ても、この家の異常さは初見で感じた。そして、1週間もすれば身に染みるようになった。

 屋敷は外観も立派で、扉をくぐれば見たことも無い高価そうな調度品の数々と、掃除の行き届いた清潔な廊下や部屋が広がる。

 皆が当主を非常に恐れている。この家において、この男は恐怖で他を従える独裁者なのだ。

 僕を引き取りに来た男が傲慢で残忍なことは、子供の僕でもすぐに理解した。

「役に立たねば、命は無いと思え。まあ、その精霊力マナの多さであれば、何かしら使えるだろう」

 これが、僕に初めてかけられた言葉だったから。

 4大領主という恵まれた地位と財があるであろうこの屋敷には、温もりといったものが感じられない。殺伐とした空気に包まれていた。

 淡々と執事が、侍女が各々の仕事を遂行しているだけ。
 孤児院だって冷淡な職員や、意地の悪い孤児はいたけれど、貧しかろうと苦境に立たされようと、その場の空気はここよりもマシだったように思う。



 その中にいて、一際強い存在感をもつ子供が一人。

 まるで、木漏れ日が降り注ぐ森のような、温かで清澄な精霊力マナをまとって立っていた。

 瘦せ細っているわけでは無いけれど、妙に青白くて不健康そうに見える。
 それなのに、茶や緑を内包しきらきらと光を拡散する瞳は力強い。

 その煌めきがこの屋敷の中で唯一ともる灯りだった。

 そのちぐはぐな様に強い違和感を持ったのが、僕のシリル・フォレスターへの第一印象だ。



「おれはシリル。7歳だから、テオドールのお兄さんになる。弟ができて本当にうれしい。よろしくな」

 と言われて、驚いた。

 年上であったことと、孤児である僕を何の迷いもなく弟、と呼んだこと。

 だって、体格がほとんど変わらない。背こそ若干僕の方が低いけれど、それでも痩せた僕よりもさらに小さく見える。

 僕は人の悪意や害意に敏感だ。僕が、というより、僕の精霊力マナが勝手にそれに反応するのだ。

 この人の言葉には、一切それが含まれていない。

 そもそも僕に優しくしたところで、この人に何の利点があるのだろうか。

 呆然として固まる僕の手を、両手でしっかりと握りしめ、ぶんぶんと振り回す目の前の小さな人の意図がまったく理解できない。

 だから、僕はただ静観することにした。



 僕が屋敷の使用人に何かを要求することは無いけれど、僕の存在そのものが彼らにとっては邪魔で手間を増やし煩わしいようであった。

 何かを汚したり壊したりすれば、あからさまに舌打ちされて睨みつけられた。

 厳粛な教師と名乗る人々が何人もあてがわれ、毎日大量の課題が与えられた。
 初めは慣れずに叱責されたが、勘所を押えることを覚えれば、後は淡々と授業が継続されるようになった。

 授業に必要な物品が僕の手元にないことが多々あって、その時ばかりは使用人が咎められた。

 書類上の父となった人は、基本的には屋敷にはおらず、一度自分の手を離れた金や物がどう流れようと関心が無いらしい。
 僕に与えられるはずだった何かしらを、誰かが横領しているのだろう。

 元々自分のものでもない上、手元にも届いていないものだ。興味もない。

 ただ、その後は決まって食事を抜かれるので、その方がつらかった。

 そうだとしても、これくらいは、なんともない。
 親に疎まれ捨てられて、孤児院でだってこの程度のことは経験済みだ。
 住むところがあるだけで、充分に恵まれている。

 そんな中、やはりあの人は異質だった。

 僕が関わらなくても、兄となった人は、ぐいぐいと関わってくる。

 僕に足りない物があれば自ら持参し、部屋を一緒に掃除して整え、お腹を空かせていれば食べる物を持ってきてくれた。

 僕がしゃべらなくても、一人で色々話してくる。距離も近く、良く身体に触れてくる。
 けれど不思議とそれが嫌じゃない。こんなことは、初めてだった。

 こんなに人と接したことが無い僕は、どうしていいかわからない。

 1年程たったある日、もう何度目かわからない手作りのクッキーを持参され、いよいよこのシリル・フォレスターという人が、分からなくなった。

 この人は、なぜ自分で掃除や料理をしているんだ? 

 4大領主といえば、王族についで偉いはずだ。専属の侍女や従僕がいてもいいはずなのに。いつも一人のこの人は、指示する側の人であるはずなのに、誰かに何かを頼む様子もない。

 好きでしているのかとも思ったけれど、こうも頻繁だと………これは異常だ。

「おれが3歳の時に乳母がいなくなって」

 と、聞いてもいないのに、何かを察したらしく自ら話し出す。

 僕の無表情から、僕の困惑を察するなんて。

 この人は、こうして的確に僕の疑問と会話する。ますますこの人がわからない。

「次に侍女と、庭師がいなくなった。
 おれに良くしてくれる人は、辞めさせられちゃうんだよ。父に」

 なぜ?

「おれを自立させるためかな。
 だから、おれもあんまり関わらないようにしてる。まあ、あっちも関わってこない。
 慣れれば、気楽でいいもんだよ」

 8歳の子供とは思えないことを言う。

 フォレスター家の子供はこの人のみで、夫人は僕が引き取られる直前に亡くなったらしい。当主はほとんど王領にいて、自領には帰らない。

 自立というより、これは孤立だ。

 そして、それが父である男の所業であることを、この人は理解している。
 笑いながら言っているけど、本気か冗談かわからない。どちらにしても、全く面白くない。

 おかしな人だ。

 そう、思うのに。

 穏やかな精霊力マナを纏いながら、今楽しそうに話すこの人が、日常的にこういう風に接しているのは僕だけなのだ、という事実に気づいて。

 僕の心にぽっと火がついた。

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