上 下
37 / 90

35.兄とは認めない②(テオドール視点)

しおりを挟む
 5歳のとき、僕はフォレスター家に引き取られた。

 すべてはこの身に宿る、忌まわしい精霊力マナのせいだ。

 孤児であり4大領主のことなど知らない僕から見ても、この家の異常さは初見で感じた。そして、1週間もすれば身に染みるようになった。

 屋敷は外観も立派で、扉をくぐれば見たことも無い高価そうな調度品の数々と、掃除の行き届いた清潔な廊下や部屋が広がる。

 皆が当主を非常に恐れている。この家において、この男は恐怖で他を従える独裁者なのだ。

 僕を引き取りに来た男が傲慢で残忍なことは、子供の僕でもすぐに理解した。

「役に立たねば、命は無いと思え。まあ、その精霊力マナの多さであれば、何かしら使えるだろう」

 これが、僕に初めてかけられた言葉だったから。

 4大領主という恵まれた地位と財があるであろうこの屋敷には、温もりといったものが感じられない。殺伐とした空気に包まれていた。

 淡々と執事が、侍女が各々の仕事を遂行しているだけ。
 孤児院だって冷淡な職員や、意地の悪い孤児はいたけれど、貧しかろうと苦境に立たされようと、その場の空気はここよりもマシだったように思う。



 その中にいて、一際強い存在感をもつ子供が一人。

 まるで、木漏れ日が降り注ぐ森のような、温かで清澄な精霊力マナをまとって立っていた。

 瘦せ細っているわけでは無いけれど、妙に青白くて不健康そうに見える。
 それなのに、茶や緑を内包しきらきらと光を拡散する瞳は力強い。

 その煌めきがこの屋敷の中で唯一ともる灯りだった。

 そのちぐはぐな様に強い違和感を持ったのが、僕のシリル・フォレスターへの第一印象だ。



「おれはシリル。7歳だから、テオドールのお兄さんになる。弟ができて本当にうれしい。よろしくな」

 と言われて、驚いた。

 年上であったことと、孤児である僕を何の迷いもなく弟、と呼んだこと。

 だって、体格がほとんど変わらない。背こそ若干僕の方が低いけれど、それでも痩せた僕よりもさらに小さく見える。

 僕は人の悪意や害意に敏感だ。僕が、というより、僕の精霊力マナが勝手にそれに反応するのだ。

 この人の言葉には、一切それが含まれていない。

 そもそも僕に優しくしたところで、この人に何の利点があるのだろうか。

 呆然として固まる僕の手を、両手でしっかりと握りしめ、ぶんぶんと振り回す目の前の小さな人の意図がまったく理解できない。

 だから、僕はただ静観することにした。



 僕が屋敷の使用人に何かを要求することは無いけれど、僕の存在そのものが彼らにとっては邪魔で手間を増やし煩わしいようであった。

 何かを汚したり壊したりすれば、あからさまに舌打ちされて睨みつけられた。

 厳粛な教師と名乗る人々が何人もあてがわれ、毎日大量の課題が与えられた。
 初めは慣れずに叱責されたが、勘所を押えることを覚えれば、後は淡々と授業が継続されるようになった。

 授業に必要な物品が僕の手元にないことが多々あって、その時ばかりは使用人が咎められた。

 書類上の父となった人は、基本的には屋敷にはおらず、一度自分の手を離れた金や物がどう流れようと関心が無いらしい。
 僕に与えられるはずだった何かしらを、誰かが横領しているのだろう。

 元々自分のものでもない上、手元にも届いていないものだ。興味もない。

 ただ、その後は決まって食事を抜かれるので、その方がつらかった。

 そうだとしても、これくらいは、なんともない。
 親に疎まれ捨てられて、孤児院でだってこの程度のことは経験済みだ。
 住むところがあるだけで、充分に恵まれている。

 そんな中、やはりあの人は異質だった。

 僕が関わらなくても、兄となった人は、ぐいぐいと関わってくる。

 僕に足りない物があれば自ら持参し、部屋を一緒に掃除して整え、お腹を空かせていれば食べる物を持ってきてくれた。

 僕がしゃべらなくても、一人で色々話してくる。距離も近く、良く身体に触れてくる。
 けれど不思議とそれが嫌じゃない。こんなことは、初めてだった。

 こんなに人と接したことが無い僕は、どうしていいかわからない。

 1年程たったある日、もう何度目かわからない手作りのクッキーを持参され、いよいよこのシリル・フォレスターという人が、分からなくなった。

 この人は、なぜ自分で掃除や料理をしているんだ? 

 4大領主といえば、王族についで偉いはずだ。専属の侍女や従僕がいてもいいはずなのに。いつも一人のこの人は、指示する側の人であるはずなのに、誰かに何かを頼む様子もない。

 好きでしているのかとも思ったけれど、こうも頻繁だと………これは異常だ。

「おれが3歳の時に乳母がいなくなって」

 と、聞いてもいないのに、何かを察したらしく自ら話し出す。

 僕の無表情から、僕の困惑を察するなんて。

 この人は、こうして的確に僕の疑問と会話する。ますますこの人がわからない。

「次に侍女と、庭師がいなくなった。
 おれに良くしてくれる人は、辞めさせられちゃうんだよ。父に」

 なぜ?

「おれを自立させるためかな。
 だから、おれもあんまり関わらないようにしてる。まあ、あっちも関わってこない。
 慣れれば、気楽でいいもんだよ」

 8歳の子供とは思えないことを言う。

 フォレスター家の子供はこの人のみで、夫人は僕が引き取られる直前に亡くなったらしい。当主はほとんど王領にいて、自領には帰らない。

 自立というより、これは孤立だ。

 そして、それが父である男の所業であることを、この人は理解している。
 笑いながら言っているけど、本気か冗談かわからない。どちらにしても、全く面白くない。

 おかしな人だ。

 そう、思うのに。

 穏やかな精霊力マナを纏いながら、今楽しそうに話すこの人が、日常的にこういう風に接しているのは僕だけなのだ、という事実に気づいて。

 僕の心にぽっと火がついた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

厄介払いで結婚させられた異世界転生王子、辺境伯に溺愛される

楠ノ木雫
BL
旧題:BLの世界で結婚させられ厄介払いされた異世界転生王子、旦那になった辺境伯に溺愛される〜過酷な冬の地で俺は生き抜いてみせる!〜  よくあるトラックにはねられ転生した俺は、男しかいないBLの世界にいた。その世界では二種類の男がいて、俺は子供を産める《アメロ》という人種であった。  俺には兄弟が19人いて、15番目の王子。しかも王族の証である容姿で生まれてきてしまったため王位継承戦争なるものに巻き込まれるところではあったが、離宮に追いやられて平凡で平和な生活を過ごしていた。  だが、いきなり国王陛下に呼ばれ、結婚してこいと厄介払いされる。まぁ別にいいかと余裕ぶっていたが……その相手の領地は極寒の地であった。  俺、ここで生活するのかと覚悟を決めていた時に相手から離婚届を突き付けられる。さっさと帰れ、という事だったのだが厄介払いされてしまったためもう帰る場所などどこにもない。あいにく、寒さや雪には慣れているため何とかここで生活できそうだ。  まぁ、もちろん旦那となった辺境伯様は完全無視されたがそれでも別にいい。そう思っていたのに、あれ? なんか雪だるま作るの手伝ってくれたんだけど……?  R-18部分にはタイトルに*マークを付けています。苦手な方は飛ばしても大丈夫です。

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり
BL
気が付いたら異世界で、エルヴェという少年の身体に入っていたオレ。 神殿の神官見習いの身分はなかなかにハードだし、オレ付きの筈の護衛は素っ気ないけれど、チート能力で乗り切れるのか? ご都合主義、よくある話、軽めのゆるゆる設定です。なんちゃってファンタジー。他サイト様にも投稿しています。 男性だけの世界です。男性妊娠の表現があります。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

処理中です...