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30.二人の長い夜④
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「シリル兄さんに、一つ聞きたいんだけど」
伏せた藍色の睫毛の影に、輝かしい銀色の瞳が、憂いを孕んでちらちらと揺れた。
「なに?なんでも聞いてよ」
「そんなに、あちこち行っていれば、相当な運動量だと思うんだよね」
「ああ、そうかもな」
万歩計などは存在しないから、測定はしていないけれど、歩数だけでも2万歩は、優に超えていると思う。
移動時は、走ってることも多いし。
「それなのに、どうしてまた、あの鍛練場での朝の運動を再開したの?」
「え?」
「収穫祭の翌日から、再開したよね。ここ数年、たまにしかしていなかったでしょう?」
もともと朝の運動は、おれが『ラブプラ』のように死なないように、死亡回避のため、体力向上と、護身の術を身につけるために、幼少期に始めたことだ。
領地にいるときに毎日続けていたのは、体力維持のためと、前世の『おれ』は運動制限があり、やれないことが多かったから、身体を動かせるだけで、楽しかったからだ。
ここ数年、王領の屋敷に移ってからというもの、朝にやりたいことが増えて……主に朝しかとれない薬草の世話とか、朝日が生成に必要な精霊薬の作成とか、救済院での子供たちの世話とか、そんなことに追われていたら、いつの間にか、運動の回数が減っていた。
今世では、やりたいこと、やれることは何でもやる!と心に決めている。
だから、その時々で優先順位が変わっていくことは当然だ。
変わることを、厭うつもりは無い。
それに、あの鍛錬場に行けば、王太子殿下とギルバートが、切磋琢磨する姿を見ることができる。その姿に、おれは密かに、元気をもらっていたのだ。
二人とも昔からの知人ではあるのだけど、テオドールとは違い日常的に会うことはできないから。
「また……毎朝、あそこで運動してるでしょう?」
「ああ、うん」
それが、まさか、以前からあの鍛錬場に通っていることを、テオに知られているなんて。
……いや、テオドールは別に、おれがあの二人を見に行ってたことは知らないだろうけど。
それに、なんでテオは、おれが鍛錬場に行くのを再開したのを、知っているんだろう。王太子殿下か、ギルバートにでも聞いたのかな?
「なぜなの?」
何も、後ろめたいことはないはずなのに。
テオドールが、どこか憂いのある表情で、おれを真っ直ぐに見て、ねてくるから。
おれは言葉を探した。
「いや………あの夜に……」
「あの夜?」
「収穫祭の夜に、さ」
「ああ」
「おれ、初めて知ったから」
「………………」
「体力が必要なんだな、て」
「………え?」
要するに。
「だからさ。おれ、体力の必要性を、痛感したんだよ」
「ごめん……どういうこと?」
いつもは察しの良いテオドールが、珍しく聞き返してくる。
こうなれば、正直に包み隠さず伝えるしかない。
「だって、気持ちいいの、めちゃめちゃ疲れるんだもん」
自分の言った言葉が耳から入って、客観的に羞恥を煽られる。
ああ、顔が熱い!
でもでもでもっ!だって記憶がなくなるなんて、やっぱり異常じゃん!
今のままではダメだ、と痛感……いや、痛くはないから体感したんだ。
「テオにばっかりしてもらうのもダメだよな、て」
自分の後始末くらい、自分でやりたいじゃん?
おれ、兄さんなのに!
「それに、瞑想しようと思って」
ここ最近、本当に雑念が多すぎる。その雑念を追い払うべく、より一層身を引き締めようと、赴いたのだけど。かえって邪念が渦巻いた結果となった。
「結局、テオのことばっかり考えて、全然集中できなくて……」
何だか二人がイチャイチャしてるのを見ていたら、テオとの……夜のことを思い出して……どんなに、王太子殿下とギルバートに集中しようとしてもダメで……つまり、昨夜の出来事なんかを思い出して、全然身が入らなかったんだもん!
「ふーん……そうなんだ」
「そうなんだよ」
はぁ……おれ、ダメダメだな。
でも、明日からはあの鍛錬場に行くのは、控えようと思っている。
だって、王太子殿下とギルバートに、ものすっごく体調を心配されたから。
気分は悪くないか、とか日常生活に支障は無いか、とか。
あれは一体何なんだったんだ?
おれはそんなに具合が悪そうに見えたのかな??
今朝のおれは、二人の会話や表情、仕草、空気感の全てが気になり過ぎた。
ああ、恋人同士ってこういう感じなんだな、という点で。
そして、テオのことを考えすぎて、全く集中できていなかった。
だから、軸がブレブレで調子が悪そうに見えたんだろう。
うんうん。そうだ。そうに違いない。
二人が、おれの……おれたちのことを知ってるなんて、恐ろしいことは考えたくもない。
もし二人が知っていたとしても、おれはその事実を知りたくない。未告知を希望します!!!!
「テオは疲れてないの?」
「僕はむしろ、これまで以上に元気かな」
どういうこと?
やっぱり、基礎体力の違いなのか?
いつの間にか機嫌が良くなったらしいテオドールが、ゆっくりと顔を寄せてくる。
その意図を察しておれはぎゅっと目をつぶった。
柔らかい感触と、ふわりと感じるテオドールの精霊力で、テオドールがおれの額に一つ口づけを落としたのを知る。
これがいつもの合図だ。
「じゃあ、今日もはじめようか」
薄っすらと目を開くと、目の前に美しく妖しく微笑む弟の顔があって。
おれは無意識にこくり、と喉を鳴らした。
伏せた藍色の睫毛の影に、輝かしい銀色の瞳が、憂いを孕んでちらちらと揺れた。
「なに?なんでも聞いてよ」
「そんなに、あちこち行っていれば、相当な運動量だと思うんだよね」
「ああ、そうかもな」
万歩計などは存在しないから、測定はしていないけれど、歩数だけでも2万歩は、優に超えていると思う。
移動時は、走ってることも多いし。
「それなのに、どうしてまた、あの鍛練場での朝の運動を再開したの?」
「え?」
「収穫祭の翌日から、再開したよね。ここ数年、たまにしかしていなかったでしょう?」
もともと朝の運動は、おれが『ラブプラ』のように死なないように、死亡回避のため、体力向上と、護身の術を身につけるために、幼少期に始めたことだ。
領地にいるときに毎日続けていたのは、体力維持のためと、前世の『おれ』は運動制限があり、やれないことが多かったから、身体を動かせるだけで、楽しかったからだ。
ここ数年、王領の屋敷に移ってからというもの、朝にやりたいことが増えて……主に朝しかとれない薬草の世話とか、朝日が生成に必要な精霊薬の作成とか、救済院での子供たちの世話とか、そんなことに追われていたら、いつの間にか、運動の回数が減っていた。
今世では、やりたいこと、やれることは何でもやる!と心に決めている。
だから、その時々で優先順位が変わっていくことは当然だ。
変わることを、厭うつもりは無い。
それに、あの鍛錬場に行けば、王太子殿下とギルバートが、切磋琢磨する姿を見ることができる。その姿に、おれは密かに、元気をもらっていたのだ。
二人とも昔からの知人ではあるのだけど、テオドールとは違い日常的に会うことはできないから。
「また……毎朝、あそこで運動してるでしょう?」
「ああ、うん」
それが、まさか、以前からあの鍛錬場に通っていることを、テオに知られているなんて。
……いや、テオドールは別に、おれがあの二人を見に行ってたことは知らないだろうけど。
それに、なんでテオは、おれが鍛錬場に行くのを再開したのを、知っているんだろう。王太子殿下か、ギルバートにでも聞いたのかな?
「なぜなの?」
何も、後ろめたいことはないはずなのに。
テオドールが、どこか憂いのある表情で、おれを真っ直ぐに見て、ねてくるから。
おれは言葉を探した。
「いや………あの夜に……」
「あの夜?」
「収穫祭の夜に、さ」
「ああ」
「おれ、初めて知ったから」
「………………」
「体力が必要なんだな、て」
「………え?」
要するに。
「だからさ。おれ、体力の必要性を、痛感したんだよ」
「ごめん……どういうこと?」
いつもは察しの良いテオドールが、珍しく聞き返してくる。
こうなれば、正直に包み隠さず伝えるしかない。
「だって、気持ちいいの、めちゃめちゃ疲れるんだもん」
自分の言った言葉が耳から入って、客観的に羞恥を煽られる。
ああ、顔が熱い!
でもでもでもっ!だって記憶がなくなるなんて、やっぱり異常じゃん!
今のままではダメだ、と痛感……いや、痛くはないから体感したんだ。
「テオにばっかりしてもらうのもダメだよな、て」
自分の後始末くらい、自分でやりたいじゃん?
おれ、兄さんなのに!
「それに、瞑想しようと思って」
ここ最近、本当に雑念が多すぎる。その雑念を追い払うべく、より一層身を引き締めようと、赴いたのだけど。かえって邪念が渦巻いた結果となった。
「結局、テオのことばっかり考えて、全然集中できなくて……」
何だか二人がイチャイチャしてるのを見ていたら、テオとの……夜のことを思い出して……どんなに、王太子殿下とギルバートに集中しようとしてもダメで……つまり、昨夜の出来事なんかを思い出して、全然身が入らなかったんだもん!
「ふーん……そうなんだ」
「そうなんだよ」
はぁ……おれ、ダメダメだな。
でも、明日からはあの鍛錬場に行くのは、控えようと思っている。
だって、王太子殿下とギルバートに、ものすっごく体調を心配されたから。
気分は悪くないか、とか日常生活に支障は無いか、とか。
あれは一体何なんだったんだ?
おれはそんなに具合が悪そうに見えたのかな??
今朝のおれは、二人の会話や表情、仕草、空気感の全てが気になり過ぎた。
ああ、恋人同士ってこういう感じなんだな、という点で。
そして、テオのことを考えすぎて、全く集中できていなかった。
だから、軸がブレブレで調子が悪そうに見えたんだろう。
うんうん。そうだ。そうに違いない。
二人が、おれの……おれたちのことを知ってるなんて、恐ろしいことは考えたくもない。
もし二人が知っていたとしても、おれはその事実を知りたくない。未告知を希望します!!!!
「テオは疲れてないの?」
「僕はむしろ、これまで以上に元気かな」
どういうこと?
やっぱり、基礎体力の違いなのか?
いつの間にか機嫌が良くなったらしいテオドールが、ゆっくりと顔を寄せてくる。
その意図を察しておれはぎゅっと目をつぶった。
柔らかい感触と、ふわりと感じるテオドールの精霊力で、テオドールがおれの額に一つ口づけを落としたのを知る。
これがいつもの合図だ。
「じゃあ、今日もはじめようか」
薄っすらと目を開くと、目の前に美しく妖しく微笑む弟の顔があって。
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