上 下
27 / 90

25.テオドールの一日③(テオドール視点)

しおりを挟む
 “恵みの乙女”相手に相談したと思えば、あまりいい気もしないけれど。シリル兄さんにとって、必要なことだとすれば僕は許容する。

「あと、あなたとの関係を悩んでたわよ」
「そうか……ちゃんと、僕とのことを考えてくれているんだね」
「シリルが考えていることなんて、いつもテオドールのことでしょう。他のことは、考える間もなく動いてるじゃない」
「そんなことはないよ。
 シリル兄さんが考えるのは、僕に関連する事や僕自身の人間関係についてだ。
 シリル兄さんと僕自身との関係を考えたり、悩んだりしない。だって、シリル兄さんにとって僕は『守らなくてはいけない可愛い存在おとうと』として揺るがないから」

 いや、正確には、僕との関係を考えたくない、揺らいではいけない、と頑なに固持している。

「そんな風に思ってて、よく『女神の願い』を使おうと思ったわね。
 弟とそんなこと考えられないって、シリルから拒否されたらどうするつもりだったの?」

 シリル兄さんが僕を拒否する?

「しないよ。絶対に」
「まあ、シリルはちょろ……流されやすいからね」
「そういう意味じゃなくて」
「あ、ちょろいのは否定しないんだ」

 そこを否定する要素は僕にもない。
 人の機微に聡く、優しいが故の必然だ。シリル兄さんの魅力の一つと言える。

「シリル兄さんは僕のことが大好きだから」
「はあ」
「絶対に拒否しない」
「あ、そう。……すごい自信ね」
「自信?」

 これは自信ではない。

「自信ではなくて、これは事実だよ。シリル兄さんはそういう意味で僕を好きだ、という事実だ」

 そして、確信だ。

「あの人が、いくら研究熱心だとしても、好きでも無い相手に、体を触らせたりするほど、貞操観念は緩くないし、それを許すほど弱くない。
 身体だけの関係だとか、薬の試験だからなんて、心から割り切れるような器用な性質でも無い」

 優れた精霊術士であり、精霊医薬師だ。おおよその相手であれば、余程のことが無い限り、不本意なことを強いられるはずはない。

 あんなに穏やかで、いつも他人に笑顔で接しているシリル兄さんだけど、根本的な部分で、自分が許容できないことを受け入れることは、絶対に無い。

「そして何より、性的なことに全く耐性が無いから、好意の無い相手を、簡単に受け入れることが、できるはずがない。違う?」
「それは……そうだけど。
 シリルは、あなたには、好きな人がいると、思い込んでいるわよ。なんで、そんなことになってるのよ」
「それ、説明しないといけないのかな?」
「シリルに聞いてもいいのよ?」

 はぁ……面倒臭い。

 16歳でフォレスターの当主となった僕には多くの縁談が持ち込まれた。
 その時、「やっとテオの優秀さにみんなが気づいたんだな!」なんて、シリル兄さんはまるで自分のことのように喜んでいた。

 挙句の果てに。

「シリル兄さんが「テオが結婚しても、おれはずっとテオの兄さんだからな。でも……おれは邪魔になっちゃうかな」なんて言うから」
「めっちゃ言いそう。
 ああ……言いそう。好きな人に縁談を勧められたら……複雑よね」
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
「ちょっと寂しそうに無理に笑う様子が、健気で可愛すぎたんだよね」

 本当は僕に結婚して欲しくないのに、僕のために自分の気持ちを我慢している姿が、堪らなく愛しくて、どうしようもなくなった。

 だから、もっと僕のことを考えて欲しくなってしまった。

「僕には好きな人がいる、その人とでないと一緒にいれない、と言ったら……案の定、当の本人がすごく驚いてて」

 驚愕に見開かれた大きな榛色の瞳が、すぐに不安気にちらちら揺れた。ぐるぐると僕のことを考えているに違いない。

 好きな人が誰なのか、自分の知っている人なのか、いつの間に、いつからそんな人がいたんだと。
 尋ねたいのに尋ねるのが怖くて、頭の中をいっぱいにしている今この時、あの人のことを僕が全て占めているようで、僕を嬉しくさせた。

「最終的に、縁談は絶対に受けないよ、て言ったら、あからさまにほっとしてたな」

 でも、その後もしばらく何も手につかないようで、ぼーっとしたり、そわそわと落ち着きなくなったりと、心ここに在らずといった体だった。

「もう、総合して。僕のこと大好きだ、て言っているようなものじゃない」

 僕に縁談を申し込んでくる彼らは「フォレスター領主」に集ってきている。僕は元より、シリル兄さん以外は興味がない。

 けれど、それでシリル兄さんのそんな姿を見ることができるのなら、それだけで意味がある。

「シリル兄さんが、僕を好きだという確信がなければ……誰かに奪われる可能性が、少しでもあるのなら、上手く丸め込んで、もっと僕しか見えないように、縛り付けているさ。……とっくの昔に」

 あの人は、ただ人の気持ちや意見に、流されやすいだけの日和見な人では、決してない。むしろ、頑なで強情な質だから、方向を間違うと大変なことになる。

「縛り付ける、ねえ……。
 全く逆のことをしてるように見えるけど。
 シリルがあちこち自由に飛び回ってるのを、あなたは許しているじゃない」

 許すもなにも、本人の意思を尊重しているだけだ。
 あんなに心から楽しそうに、嬉しそうにしているのに、それを支援しない理由はない。

「なんていうか、マグロみたいで心配になるのよね」
「まぐろ?」
「泳ぎ続けないと死んじゃう、みたいな」
「泳ぎ……?まぐろ?は、理解できないけれど、別にあの人は、止まることができないわけではないよ」

 シリル兄さんは、確かにとにかくよく動き回っている。

 様々な事業や研究に興味をもって、自身も薬草の採取や魔物の討伐に赴いているが、多忙だとも異常だとも思っていない。

 そして、なまじ周囲の希望と、己の意思を判断して、すり合わせを行うことが早く、さらに互いにwin-winな方向性を、示すことが上手いから、多方面から頼られてさらに多くを抱え込む。

「シリル兄さんは、今できることは後回しに出来ないんだよ。
 それこそ、やっておけばよかったと後悔したくない。
 そういう思いが人一倍強いんだ」

 僕の言葉に思ところがあるのか、“恵みの乙女”は難しい表情で考え込んでしまった。

 シリル兄さんは昔から、寝なくてもよくなる研究だとか、疲れない研究だとか、そんなことばかりに精を出していて。

 やりたいことのために、寝ずに疲れずに動けたらいいと、本気で思っている。

 シリル兄さんは、「精霊術では不可能だと悟った」、と言いながら、諦め悪く定期的に繰り返し精霊薬を生成し、自分で飲んで研究を続けているのを僕は知っている。

 シリル兄さんは、自分が疲労していることに、気づかない。突然、糸が切れたように、数日寝込むことがあるのは、彼女も知るところだろう。

 だから、まあ心配するのは理解できる。

 そして、寝込む度に、疲労回復の精霊薬を、再開発している。

 本当に、シリル兄さんに必要なものは、心身の休養なのに、本人だけが、それをわかっていない。

 どうやらシリル兄さんの中で、寝なくていい精霊薬と、疲労回復の精霊薬は、“栄養剤”に分類されているらしく。
 嬉々として、飲んでいる。

 精霊薬は精霊薬だ。おいしいみかん味、とかリンゴ味とか、味を変えてジュースみたいにしても、薬に変わりないはずだ。

 まあ、シリル兄さんがそれで飲めるなら、別に何でもいい。
 子供たちにも大人気だ。
 
 昨日だって、シリル兄さんは糸が切れたように、眠りに落ちていた。
 けれど、彼には「いつ眠ったのか、わからない程に疲れている」という自覚が無い。

 朝起きたとき、きょとんと呆気に取られるあの表情が可愛いから、もうしばらくは教えてあげない。

 それに、対策は簡単だ。

 僕が一緒に休養をとればいい。
 そうすれば、シリル兄さんは、嬉々として休んでくれる。別に休みたくないわけでも、休めないわけでも無い。

 ただ、休むよりももっと、やりたいことが多いだけで。

 ミアは縛り付けるどころか自由を許している、と言うけれど、むしろ僕は、シリル兄さんをしっかりと、縛り付けているつもりだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~

白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。 タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。 小説家になろうでも公開しています。 https://ncode.syosetu.com/n5715cb/ カクヨムでも公開してします。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500 ●現状あれこれ ・2021/02/21 完結 ・2020/12/16 累計1000000ポイント達成 ・2020/12/15 300話達成 ・2020/10/05 お気に入り700達成 ・2020/09/02 累計ポイント900000達成 ・2020/04/26 累計ポイント800000達成 ・2019/11/16 累計ポイント700000達成 ・2019/10/12 200話達成 ・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成 ・2019/06/08 累計ポイント600000達成 ・2019/04/20 累計ポイント550000達成 ・2019/02/14 累計ポイント500000達成 ・2019/02/04 ブックマーク500達成

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

処理中です...