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24.テオドールの一日①(テオドール視点)
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王太子殿下が「今日の神災対策会議は終了とする」と宣言し、ようやく午前中の会議は閉会した。
王太子宮の会議室を4大領主の代表者たちが、次々と後にする。議事録の整理を行いながら、僕はすべての参加者が退出するのを待った。
神災とは、この世界を創造したとされる二神がもたらす、人の力の及ばぬ厄災を指す。
けれど、一般的には主に、理と叡知の弟神メーティストによるものを指すことが多い。
女神シュリアーズと弟神メーティストは、それぞれ光と闇、幸せと絶望、恵みと災いのように対比され、表現されることが多いからだ。
弟神メーティストは、厄災の象徴として恐れられている。女神シュリアーズが、幸せと豊かさの象徴であるように、災いと惨禍をもたらす厄神としても、崇められているのだ。
シリル兄さんは、女神シュリアーズと、弟神メーティストは根本的には同一の存在で、表裏一体の法則をもち、もたらす恩恵も、災厄も、大差ないのだと主張しているけれど。
その考え方は極めて少数派だ。
神災の予測と対策を話し合うこの会議。
王太子の側近として、参加することが当然の職務であり、義務であるのだけど、無意味な問答が繰り広げられる時間は、退屈で仕方がない。
僕がこの会議に参加する意味は、後々のシリル兄さんへの影響を軽減する他には寸分もない。
今日も、長い一日がやっと半分終了した。
午後は王領の視察と、王太子が担当する、政務に関する事務作業がある。
シリル兄さんに会えない時間は、僕にとって苦痛でしかない。
けれど、あの人のことが大切だからこそ、ずっと一緒にいてはできないことがある。
水の精霊力を司る4大領主の一つ、ウォルター家の次期当主であるソフィーエル・ウォルターと“恵みの乙女”が何やら話し込んでいるのが目に入る。
救済院と治療院の運営に関して相談しているようだ。
この二人はシリル兄さんとも親しい存在であり、共に様々な業務を担う立場であるから、無下にはできない。
ああ、まったく。
シリル兄さんて、どうしてああも可愛いんだろう。
昨夜と今朝の様子を思い出して、ふと、頬が緩んで小さく息が漏れた。
シリル兄さんは、年齢の割にとても若く……幼く見える。
小柄で線が細いこともあるし、活発で好奇心旺盛な様が幼く映るのだ。これは本人も気にしている所で、決して認めないのでわざわざ指摘はしない。
そして、指摘させない。
そして、指摘するような輩は既に排除済みだ。
シリル兄さんは自分の髪を薄茶色、麦わら色なんて言って地味だと思っている。
艶やかな亜麻色の髪はとても甘く、ちょこちょこと動くたびに揺れる髪はいつもいい匂いがする。
本当はあの人が短く切りたい髪の毛を、色々と理由をつけて説得し長く伸ばしてもらっている。
素直なあの人は、僕が少しでもその髪に触れたいがために、こんなにも必死だなんて、全然思っていないだろう。
意志の強い榛色の瞳は、新緑と太陽を閉じ込めたようで、常にその輝きが鈍ることは無い。
相手を慮ることに長けていて、身分や年齢を問わず相手を尊重し接することができる強さと優しさは、非常に稀有で貴重な才能だと思う。
シリル兄さんにとっては、国王も、救済院の子供も、治療院を訪れた老人も、同じだけの重みがあるのだ。
シリル兄さん一人だけが特別な僕にとっては理解できないことだけど。
己の意思を貫き通し、ひたむきに取り組む意欲はいつも感心する。
何よりも、いつも楽しそうに動き回る生命力に僕はずっと魅せられている。
子供みたいで、とても大人。
そのアンバランスさがとても可愛くて、愛しくて、僕はいつまでも見ていられるのだ。
「テオドール……何を考えているの?」
声をかけられて、一気に冷める。
顔を上げれば、輝かしい黄金色の豊かな髪と空色の瞳をもった女性が、不機嫌そうに腕組して、僕を見下ろしていた。いつの間にか、ソフィーエルはいなくなっている。
彼女は愛と豊穣の女神シュリアーズの愛し子たる“恵みの乙女”だ。このイグレシアス王国において、もっとも有名な一般人だ。
何を考えているかって?
そんなこと、シリル兄さんのことに決まっている。
だけど、
「君には関係ない」
なぜ、そんなことを聞かれなくてはいけないのか。答える理由も無い。
「どうせ、シリルのこと考えているんでしょう?」
僕の返事に、即時に問いを被せてくる。
「………だったら、何だというの?」
わかっているなら、わざわざ聞く意味がない。
「テオドールはシリルをどうしたいのよ」
非難するような物言いに、眉を顰めた。
彼女にとやかくいわれる理由は一切無い。けれど、言い合うのも面倒なので僕は一言、
「幸せにしたいだけさ」
端的に答えた。
この言葉に、嘘はない。僕はこれまで、そのために生きてきた。そして、これからも、そうして生きていくつもりだ。
王太子宮の会議室を4大領主の代表者たちが、次々と後にする。議事録の整理を行いながら、僕はすべての参加者が退出するのを待った。
神災とは、この世界を創造したとされる二神がもたらす、人の力の及ばぬ厄災を指す。
けれど、一般的には主に、理と叡知の弟神メーティストによるものを指すことが多い。
女神シュリアーズと弟神メーティストは、それぞれ光と闇、幸せと絶望、恵みと災いのように対比され、表現されることが多いからだ。
弟神メーティストは、厄災の象徴として恐れられている。女神シュリアーズが、幸せと豊かさの象徴であるように、災いと惨禍をもたらす厄神としても、崇められているのだ。
シリル兄さんは、女神シュリアーズと、弟神メーティストは根本的には同一の存在で、表裏一体の法則をもち、もたらす恩恵も、災厄も、大差ないのだと主張しているけれど。
その考え方は極めて少数派だ。
神災の予測と対策を話し合うこの会議。
王太子の側近として、参加することが当然の職務であり、義務であるのだけど、無意味な問答が繰り広げられる時間は、退屈で仕方がない。
僕がこの会議に参加する意味は、後々のシリル兄さんへの影響を軽減する他には寸分もない。
今日も、長い一日がやっと半分終了した。
午後は王領の視察と、王太子が担当する、政務に関する事務作業がある。
シリル兄さんに会えない時間は、僕にとって苦痛でしかない。
けれど、あの人のことが大切だからこそ、ずっと一緒にいてはできないことがある。
水の精霊力を司る4大領主の一つ、ウォルター家の次期当主であるソフィーエル・ウォルターと“恵みの乙女”が何やら話し込んでいるのが目に入る。
救済院と治療院の運営に関して相談しているようだ。
この二人はシリル兄さんとも親しい存在であり、共に様々な業務を担う立場であるから、無下にはできない。
ああ、まったく。
シリル兄さんて、どうしてああも可愛いんだろう。
昨夜と今朝の様子を思い出して、ふと、頬が緩んで小さく息が漏れた。
シリル兄さんは、年齢の割にとても若く……幼く見える。
小柄で線が細いこともあるし、活発で好奇心旺盛な様が幼く映るのだ。これは本人も気にしている所で、決して認めないのでわざわざ指摘はしない。
そして、指摘させない。
そして、指摘するような輩は既に排除済みだ。
シリル兄さんは自分の髪を薄茶色、麦わら色なんて言って地味だと思っている。
艶やかな亜麻色の髪はとても甘く、ちょこちょこと動くたびに揺れる髪はいつもいい匂いがする。
本当はあの人が短く切りたい髪の毛を、色々と理由をつけて説得し長く伸ばしてもらっている。
素直なあの人は、僕が少しでもその髪に触れたいがために、こんなにも必死だなんて、全然思っていないだろう。
意志の強い榛色の瞳は、新緑と太陽を閉じ込めたようで、常にその輝きが鈍ることは無い。
相手を慮ることに長けていて、身分や年齢を問わず相手を尊重し接することができる強さと優しさは、非常に稀有で貴重な才能だと思う。
シリル兄さんにとっては、国王も、救済院の子供も、治療院を訪れた老人も、同じだけの重みがあるのだ。
シリル兄さん一人だけが特別な僕にとっては理解できないことだけど。
己の意思を貫き通し、ひたむきに取り組む意欲はいつも感心する。
何よりも、いつも楽しそうに動き回る生命力に僕はずっと魅せられている。
子供みたいで、とても大人。
そのアンバランスさがとても可愛くて、愛しくて、僕はいつまでも見ていられるのだ。
「テオドール……何を考えているの?」
声をかけられて、一気に冷める。
顔を上げれば、輝かしい黄金色の豊かな髪と空色の瞳をもった女性が、不機嫌そうに腕組して、僕を見下ろしていた。いつの間にか、ソフィーエルはいなくなっている。
彼女は愛と豊穣の女神シュリアーズの愛し子たる“恵みの乙女”だ。このイグレシアス王国において、もっとも有名な一般人だ。
何を考えているかって?
そんなこと、シリル兄さんのことに決まっている。
だけど、
「君には関係ない」
なぜ、そんなことを聞かれなくてはいけないのか。答える理由も無い。
「どうせ、シリルのこと考えているんでしょう?」
僕の返事に、即時に問いを被せてくる。
「………だったら、何だというの?」
わかっているなら、わざわざ聞く意味がない。
「テオドールはシリルをどうしたいのよ」
非難するような物言いに、眉を顰めた。
彼女にとやかくいわれる理由は一切無い。けれど、言い合うのも面倒なので僕は一言、
「幸せにしたいだけさ」
端的に答えた。
この言葉に、嘘はない。僕はこれまで、そのために生きてきた。そして、これからも、そうして生きていくつもりだ。
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