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21.シリルの一日①

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 おれは、早寝早起きを、モットーにしている。

 本当は、寝なくていい精霊術でもあればいいのに、と思っている。

 だって、やりたいことが多過ぎて、寝るのがホントに勿体ない!

 試行錯誤の結果、10歳時には不可能だと悟った。
 精霊術なんて便利なものがあるのに、なんでそれくらい出来ないんだ?



 朝、早起きして精霊医学薬学研究所の自室に寄って、精製途中のろ過装置の動作をチェックして、朝の運動を行うために鍛錬場へ向かう。

 そこに王太子の側近であり護衛を務める騎士ギルバートがやって来る。互いに朝の挨拶を交わし、いつものようにそれぞれのメニューをこなす。

 騎士ギルバート・ハーヴィ。
 伸びた背筋とがっちりとして無駄なく引き締まった筋肉のせいで、ただでさえ高身長の彼はさらに大きく見える。

 燃えるような赤い短髪ときりっと引き締まった厳格な顔立ちは対峙する相手に威圧感を与え、護衛としての抑制効果は抜群だ。

 そしてこの時間帯、王太子殿下も必ずこの鍛錬場へやってくる。

 王太子アシュル・イグレシアス。
 金髪碧眼の、まさに王子様を体現したような優美で完璧な容姿。訓練用の運動着さえ、高貴な正装のように見える。

 彼ならきっと、くたびれたTシャツを着ていても、かっこいいに違いない。

 王太子殿下は守られる身でありながら、護衛騎士であるギルバートに剣を習っているのだ。

 いつもは厳しい護衛騎士ギルバートの視線が、王太子殿下にだけ優し気に緩められたり、いつもは冷静沈着で笑顔を絶やさない王太子殿下が、ギルバートにのみ悔しがったり怒ったり感情を露わにしてる。

 ああ、こそばゆい。
 見ているこっちが、照れてしまう。

 収穫祭の一件からはや10日。
 二人の間に漂う甘い空気は本物だったのだ、という事実を、改めて実感する。なぜ、おれは今までこれに気づかなかったんだろう。

 わかってる。

 これは、おれ自身が今、そういう感受性に目覚めたからであって、二人の関係が変わったわけではない。

 内側から湧きおこってくる熱いものを無視して、平静を装い剣を振った。

 ああ。今日も、一日がはじまる。



 今日は、週に1回の精霊医学薬学研究所の朝のカンファレンスがある。
 研究の進捗状況や、今後の方針を皆で検討する。

 そして、それが終わったら治療院の朝のミーティングに出て、薬草園を一回りする。
 それぞれの育成状況を確認し、対応した追加の指示を出す。

 この日は治療院の当番だったので、午前中は診療業務で終わってしまう。

 昼食は街で適当に済ました。

 午後は自分の研究室で、必要な物品の発注のために在庫を検品して、発注を頼む。
 一覧表の見直しを行って、実際の業務を行っている担当者が間違えないようにダブルチェックを徹底する。



 午後の休憩時間を利用して、フォレスター領の雑務と、個人的な雑用をこなす。
 領の運営は、基本的には当主であるテオドールが、取り仕切ってくれている。
 
 おれは植物の育成計画や加工品の開発、貿易を中心に行っている。

 端的に言えば、好きなことをやらせてもらっているだけ、とも言う。

「で、今回のカンネルの買取価格はこれでいいんだな?」

 俺の対面に座った男が念を押す。

 無精ひげに、緑色の髪を無造作に後ろに一つに結わえているだけなのに、背が高いせいなのか、妙に様になっている。
 一見粗野な印象で、身なりの良さが、余計に胡散臭さを倍増させているのを、本人はわかっているのだろうか。

 上質な服の襟元を、ラフに緩め、袖口をまくり上げて、胸筋と太い前腕を、無駄にのぞかせているのが、彼のいつものスタイルだ。

「いいよ。ダニエルもしつこいね」

 細かな数字の並ぶ伝票に、目を通して、おれはシリル・フォレスターとサインをする。

「知らなかったか?俺はしつこい男だよ。ったく、原価ギリギリだから心配してんだろうが。
 “恵みの乙女”とは大違いだ……あれにはいつも足元をみられる」

 ダニエルはおれからサインの入った伝票を受け取りつつ、苦笑した。

 ダニエル・ヴァン。
 風の精霊力マナを司るヴァン家の出身で、おれも何かと交流のある知人だ。ヴァン家は特に商業を生業としており、全国に流通網を持つ。

 商人なのに、騎士であるギルバートより、絶対二の腕だって太い。この筋肉はいつ使うのか。
 そんな疑問を彼に問えば、「何かと使う」と言って不敵に笑ったのだった。

 その「何か」が、物品の運搬などでは無いことを、さすがのおれも察した。

 ヴァン家は商家として、物流のみならず、金融関係にも強い影響力を持つ……つまり、“ニホン”でいうヤ○ザ的な一面があるのだと、付き合う中で嫌でも感じとったからだ。

 きっと、一般人のおれには、知らないことが色々あるのだろう。

 そして今後も知りたくない。

 ミアは現実主義のしっかり者だ。救済院の限られた予算を、今は商家の会計を担っている卒院生と、やり繰りしている。

 どうやったら、あんなに増えていくんだろう。

 その財テクこそが、まさに乙女の奇跡だ。

「今回は、生地そのままでの出荷だからね。
 今後は、刺繍やその他の加工をしたり、服や小物に加工して流通させたい。そのための宣伝のようなものさ。
 もっとも、その時にはこの価格の5倍の値はつけたい」

 カンネルは、おれのお気に入りの生地の原料となる植物で、加工すると“ニホン”でいう麻のような繊維になる。
 現在は、フォレスター領の一部の地域のみで、生産可能な植物で、加工方法も独占しているので、他領に模倣され利益を横取りされることも無い。

「5倍ね……いや、10倍はいけんだろ。いや、ヴァン家の名にかけて、その価格で卸してみみせる」

 そう言って快活に笑って見せた。

 ダニエル・ヴァンも『ラブプラ』の攻略対象の一人だ。
 厳つい風貌とは裏腹に、軟派な言動の男で、ふらふらと神出鬼没に現れて、自由な言動で、主人公を翻弄するキャラクターだ。

 テオドールとは違い、基本的な性格傾向は『ラブプラ』と同じように思う。

 なんで、テオだけあんなに違うんだ?

 ダニエルとはフォレスター領の特産品としての商品開発で協力してもらったり、精霊薬の材料を注文したり個人的にも交流がある。

「いつも言っているけど、わざわざダニエルが来なくても大丈夫なのに」
「そうつれないこと言うなよ。
 俺はこうしてシリルに会うの楽しみにしてんだから」
「いや、だって……」

 ヴァン家は、王国中に物流網をもつ大きな商会だ。

 その長たるダニエルが、わざわざ一取引に自ら訪れて、さらに自ら交渉をする必要は無いと思う。
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