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8.前世の『おれ』と今のおれ
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波乱の収穫祭の翌日。
混乱覚めやらぬ王国は、各方面への対応に追われているらしかった。
朝から街を歩いてみれば、「王太子殿下、ギルバート様おめでとうございます」の垂れ幕があちらこちらに掲げられ、紅白の薔薇が所狭しと飾られていた。
白は王族、赤はギルバート・ハーヴィのハーヴィ家を象徴する色だ。
正直、おれ個人もこれまでの人生ひっくり返されるくらいには、混乱してる。
けれど、今はそんなことは置いておく他ない。
だって、ここではそんな慌ただしい国やおれの内情とは関係なく長閑な時間が流れている。
一面に広がる大地と整然と伸びた薬草の間を爽やかな風が吹き抜けていった。
「はいはーい、作業止め~!みんな集合して~!!」
「「「「はーーーいっ!!」」」」
大声で叫ぶ女性に回りに、薬草園に散って作業していた子どもたちが呼びかけに応じて集まってきた。
彼女の瞳は青い空のよう澄み渡り生き生きと輝いて、自らを取り囲む子供たちに注がれている。
高く一つに結い上げた黄金色の髪が太陽にきらきらと輝き、簡素な平民服にエプロンという装いにもかかわらず、その出で立ちは生命力を体現したかのような高貴な姿だ。
「今日もお疲れさま~!今日は、頑張ったみんなに特別なお知らせがありま~す!!」
「「「「なになにーー??」」」」
「今日は………なんと!昼のバーベキューのお肉がいつもの倍になります!!」
「「「「やったーーーっ!!」」」」
彼女が高々と掲げた両手には巨大な生肉の塊があった。
大はしゃぎする大勢の子供たちを前で、血すら滴り落ちそうな新鮮そのものの血なまぐさい肉塊を持つ彼女こそが、女神シュリアーズに愛され、存在するだけで国土を潤すという、この国において最も尊ばれる“恵みの乙女”ミアだ。
「ちなみに、今日のこのお肉は王太子殿下からいただいた、最高級品です!!」
「「「「ミア様さいこー!!!」」」」
「じゃあ、どんどん焼くからたくさん食べるのよ!!」
「「「「おーーーっっ!!」」」」
「肉だけじゃなく、野菜もしっかり食べるように!!」
「「「「はーーーーいっ!!!」」」」
「いい返事!そして、食べる前には手を洗うことー!!」
「「「「はーーーーいっ!!!」」」」
元気な掛け声とともに一斉に各々の配置につき、賑やかな昼食が始まった。
ミアが慣れた手つきで網で焼いている肉を、子どもたちが奪い合うように頬張る姿は、年相応で実に微笑ましい。
ここは、国が運営する治療院に隣接する薬草園だ。
そして薬草園の管理を手伝ってくれている子どもたちは、治療院が運営する救済院の孤児たちだ。
この救済院という施設は、“恵みの乙女”ミアがその力を発現させて、国王、国民に認知されて以来、設立と運営に力を入れてきた活動の一つだ。
単に孤児院として孤児を保護するだけでなく、職業訓練施設や自立支援施設を兼ねているのが、この救済院の特色だ。
治療院に併設しているのは、この国で最も多い孤児が流行り病で両親を亡くした子供であること、さらに悲しい事実として捨て子の捨てられる場所が治療院の前であることが多いからだ。
おれシリル・フォレスターは、国の精霊医学薬学研究所に所属している精霊医薬師だ。
研究所で研究をする傍ら、治療院での診療行為や、治療院が運営する救済院のサポートを行っている。
今日は治療院の当番では無かったこともあり、自身の研究室の午前中の業務を済ませた後、昼休みを利用して隣接されている救済院に顔を出した。
救済院では薬草園の管理のほか、畑や果樹園の管理、その他近隣の人々の手伝いなども積極的に行っている。
この国がいくら豊かだと言っても、流行り病で十分な治療を受けられずに亡くなる国民は後を絶たない。
飢饉で飢えて、“口減らし”として年老いた親や子を捨てる行為が存在する。
国民の多くに安全で最低限度の環境を保障されている生活を知っているおれにとっては耐えがたい事実だったから。おれもこの救済院の活動に可能な限り協力してきた。
おれシリル・フォレスターには、こことは違う世界で生きていた時の記憶がある。
たぶん、前世、というヤツだ。
………一応言っておくと、昨夜の衝撃的な出来事で頭がおかしくなったわけでは無い。
前世の『おれ』は、“ニホン”という国に暮らしていた。
生まれつき心臓に疾患を抱えていた『おれ』には、常に生活や運動に制限があった。
幼いころから安静を余儀なくされることが常だった。
そんな日常での『おれ』の楽しみは、スマホやタブレットなどのデバイスを使ったゲームや電子書籍だった。
そして、この世界は。
生前の『おれ』が最後にプレイしていた乙女ゲーム「育め!Love and Plant~愛と豊穣の女神に愛されし乙女~」の世界だ。
混乱覚めやらぬ王国は、各方面への対応に追われているらしかった。
朝から街を歩いてみれば、「王太子殿下、ギルバート様おめでとうございます」の垂れ幕があちらこちらに掲げられ、紅白の薔薇が所狭しと飾られていた。
白は王族、赤はギルバート・ハーヴィのハーヴィ家を象徴する色だ。
正直、おれ個人もこれまでの人生ひっくり返されるくらいには、混乱してる。
けれど、今はそんなことは置いておく他ない。
だって、ここではそんな慌ただしい国やおれの内情とは関係なく長閑な時間が流れている。
一面に広がる大地と整然と伸びた薬草の間を爽やかな風が吹き抜けていった。
「はいはーい、作業止め~!みんな集合して~!!」
「「「「はーーーいっ!!」」」」
大声で叫ぶ女性に回りに、薬草園に散って作業していた子どもたちが呼びかけに応じて集まってきた。
彼女の瞳は青い空のよう澄み渡り生き生きと輝いて、自らを取り囲む子供たちに注がれている。
高く一つに結い上げた黄金色の髪が太陽にきらきらと輝き、簡素な平民服にエプロンという装いにもかかわらず、その出で立ちは生命力を体現したかのような高貴な姿だ。
「今日もお疲れさま~!今日は、頑張ったみんなに特別なお知らせがありま~す!!」
「「「「なになにーー??」」」」
「今日は………なんと!昼のバーベキューのお肉がいつもの倍になります!!」
「「「「やったーーーっ!!」」」」
彼女が高々と掲げた両手には巨大な生肉の塊があった。
大はしゃぎする大勢の子供たちを前で、血すら滴り落ちそうな新鮮そのものの血なまぐさい肉塊を持つ彼女こそが、女神シュリアーズに愛され、存在するだけで国土を潤すという、この国において最も尊ばれる“恵みの乙女”ミアだ。
「ちなみに、今日のこのお肉は王太子殿下からいただいた、最高級品です!!」
「「「「ミア様さいこー!!!」」」」
「じゃあ、どんどん焼くからたくさん食べるのよ!!」
「「「「おーーーっっ!!」」」」
「肉だけじゃなく、野菜もしっかり食べるように!!」
「「「「はーーーーいっ!!!」」」」
「いい返事!そして、食べる前には手を洗うことー!!」
「「「「はーーーーいっ!!!」」」」
元気な掛け声とともに一斉に各々の配置につき、賑やかな昼食が始まった。
ミアが慣れた手つきで網で焼いている肉を、子どもたちが奪い合うように頬張る姿は、年相応で実に微笑ましい。
ここは、国が運営する治療院に隣接する薬草園だ。
そして薬草園の管理を手伝ってくれている子どもたちは、治療院が運営する救済院の孤児たちだ。
この救済院という施設は、“恵みの乙女”ミアがその力を発現させて、国王、国民に認知されて以来、設立と運営に力を入れてきた活動の一つだ。
単に孤児院として孤児を保護するだけでなく、職業訓練施設や自立支援施設を兼ねているのが、この救済院の特色だ。
治療院に併設しているのは、この国で最も多い孤児が流行り病で両親を亡くした子供であること、さらに悲しい事実として捨て子の捨てられる場所が治療院の前であることが多いからだ。
おれシリル・フォレスターは、国の精霊医学薬学研究所に所属している精霊医薬師だ。
研究所で研究をする傍ら、治療院での診療行為や、治療院が運営する救済院のサポートを行っている。
今日は治療院の当番では無かったこともあり、自身の研究室の午前中の業務を済ませた後、昼休みを利用して隣接されている救済院に顔を出した。
救済院では薬草園の管理のほか、畑や果樹園の管理、その他近隣の人々の手伝いなども積極的に行っている。
この国がいくら豊かだと言っても、流行り病で十分な治療を受けられずに亡くなる国民は後を絶たない。
飢饉で飢えて、“口減らし”として年老いた親や子を捨てる行為が存在する。
国民の多くに安全で最低限度の環境を保障されている生活を知っているおれにとっては耐えがたい事実だったから。おれもこの救済院の活動に可能な限り協力してきた。
おれシリル・フォレスターには、こことは違う世界で生きていた時の記憶がある。
たぶん、前世、というヤツだ。
………一応言っておくと、昨夜の衝撃的な出来事で頭がおかしくなったわけでは無い。
前世の『おれ』は、“ニホン”という国に暮らしていた。
生まれつき心臓に疾患を抱えていた『おれ』には、常に生活や運動に制限があった。
幼いころから安静を余儀なくされることが常だった。
そんな日常での『おれ』の楽しみは、スマホやタブレットなどのデバイスを使ったゲームや電子書籍だった。
そして、この世界は。
生前の『おれ』が最後にプレイしていた乙女ゲーム「育め!Love and Plant~愛と豊穣の女神に愛されし乙女~」の世界だ。
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