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1.女神の願い①
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今日は収穫祭の最終日だ。
イグレシアス王国は、初代国王が愛と豊穣の女神シュリアーズの神託を受けたことに端を発する。
この世界は、姉神である愛と豊穣の女神シュリアーズと、弟神である理と叡智の神メーティストの二神により創造された。
そんな二神の加護の下、イグレシアス王国は肥沃な大地と温暖でいて安定した気候に恵まれ、あらゆる面でその恩恵を受けている。
自然豊かなこの国がおれは大好きだ。
収穫祭はそんなイグレシアス王国において、女神シュリアーズに感謝を捧げる年に1度の国を挙げた最大の祭典で、その最終日となれば一年で最も盛り上がる1日となる。
ここ数年は大きな災害もなく国中が潤っているのだけど、特に今年は例年と比較してもより一層活気に満ちていた。
愛と豊穣の女神シュリアーズから天啓が下り、女神の愛し子とされる“恵みの乙女”が現れその力を発現させたからだ。
“恵みの乙女”は数百年に一度現れる。
女神シュリアーズに愛され、存在するだけで国土を潤すという、この国において最も尊ばれる人物だ。
いつもはこの時間、精霊医学薬学研究所の自室にこもっているおれも、今日は祭りで賑わう街へとくり出した。
収穫祭の最終日を締めくくるのは、“恵みの乙女”による愛と豊穣の女神シュリアーズへの感謝の祈りだ。
祈りを見届け、最高潮に盛り上がる中、おれは街を後にして王太子宮へとやってきた。
白亜の廊下を足早に進む。多少の足音は今は気にしない。
日はとっくに落ち、いつもなら静寂に包まれている時間帯であるのに、今日はバタバタと慌てた様子で行きかう文官の姿がちらほら見られた。
普段は静々と歩く彼らを狼狽させている原因も、おれが今こうして急いでいる理由と同じものに違いない。
通り慣れた廊下を曲がり見慣れた一室の扉をとらえると、その前に立つ警護の騎士を一瞥し、ノックもせずにおれは扉を開け放った。
やはりそこに広がるのは見慣れた空間。
実用的な執務机と整然と並べられた本の数々が部屋の主の勤勉さを物語っていると思う。少し散らかっている机の上に、余程忙しいのかと憂いを覚えた。
天鵞絨色のカーペットと乳白色の壁もおれ好みであって、部屋のあちこちに置かれている観葉植物は、実は薬の原料にもなるおれがプレゼントしたものだ。
部屋の主の精霊力に満ちていて、いつ来ても落ち着く部屋だ。
………じゃなくて。
執務机について書類に目を通していたらしい部屋の主が、扉が突然開いたことにもその音にもピクリとも反応せず、まるで予想していたように動じることなく視線をあげた。そして、うっすら微笑む。
細められた優し気な銀色の瞳は宝石のようで、それを覆う藍色の長いまつ毛には、ばさり、と効果音でもいれたいくらいだ。陶器のような白い透き通った肌に、すっと通った鼻筋、左右対称に弧をえがいた薄い唇。どこをとっても完璧な造形だと思う。
「シリル兄さんの方から、こんな時間にわざわざ会いに来てくれるなんて、うれしいな」
「え……ああ、おれもテオにあえて嬉しいよ……ってそうじゃなくて!!」
この部屋の主テオドール・フォレスターは、おれを見ながら実に愉しそうにふっと顔をほころばせた。
ああ、今日もおれの弟は可愛いな。………っじゃない。
勝手に沸き起ってくる情愛を頭を振って振り払う。
そして、詰め寄った。
「あれは一体どういうことなんだよ!」
「あれ、というと?……シリル兄さん少し落ち着いて。
兄さんの精霊力で、部屋の植物が急成長しているよ」
どうやら興奮のあまり精霊力が漏れてしまったらしい。おれは数回呼吸を繰り返して、自身の精霊力を引っ込めた。
精霊力はこの世にあるもの全てがもつ根源で生命力のような力だ。
個人差はあるものの、誰しもが精霊力を持っている。その力を行使する術を精霊術という。
イグレシアス王国では、愛と豊穣の女神シュリアーズの加護を受けた王族と、大地、水、火、風の4つの精霊力をそれぞれ司る4大領主が国の中枢を担っている。
初代国王が愛と豊穣の女神シュリアーズに神託を受けたとき、王に仕えていた4人の騎士が、自然に存在する大地、水、火、風の精霊力の行使を女神から許されたことがその力の起源であり、4人の騎士の子孫が国土を守る現在の4大領主となったといわれている。
そして、4大領主に血を連ねる者たちは、それぞれ大地、水、火、風の精霊力を操る能力を有し、各属性の精霊術を行使できるのだ。
おれシリル・フォレスターは大地の精霊力を持つ4大領主の一つ、フォレスター家の直系だ。
薄茶色の髪と榛色の瞳はフォレスター家を象徴する色で、おれは大地の精霊力に由来する精霊術を使うことができる。
さらに扱える精霊力の量が人よりもちょっと多いことから、現在、精霊医薬師として診療や、薬草の調合に従事している。
まあ、お陰で稀にこうして部屋を緑あふれる自然空間にしてしまうこともあるわけだけど。
………育った薬草は後で回収させてもらうとして。
「とぼけるなよ。テオは今日のこと知ってたんだろう?」
おれの手を引きソファへ着席を促しながら、いつの間に用意したのかお茶をテーブルに並べてくれる。
「あ、ありがとう」
淡々として落ち着いたいつもと変わらないテオドールの様子に、おれの興奮?混乱?も収まってくる。
あ、このお茶美味しいな。アップルティーみたいで甘い香りと味が癖になりそうだ。
自らも隣に腰を下ろしお茶を飲むテオドールを、おれはじっとりとみながら、こくり、とお茶をもう一口飲み下す。
それにしても。
本当にすくすく育ったよな。ひたすら可愛いだけだった顔も整った精悍な男性のものになって、身長もおれより大きくなっちゃったし……落ち着いてるのは昔からだけど。
イグレシアス王国は、初代国王が愛と豊穣の女神シュリアーズの神託を受けたことに端を発する。
この世界は、姉神である愛と豊穣の女神シュリアーズと、弟神である理と叡智の神メーティストの二神により創造された。
そんな二神の加護の下、イグレシアス王国は肥沃な大地と温暖でいて安定した気候に恵まれ、あらゆる面でその恩恵を受けている。
自然豊かなこの国がおれは大好きだ。
収穫祭はそんなイグレシアス王国において、女神シュリアーズに感謝を捧げる年に1度の国を挙げた最大の祭典で、その最終日となれば一年で最も盛り上がる1日となる。
ここ数年は大きな災害もなく国中が潤っているのだけど、特に今年は例年と比較してもより一層活気に満ちていた。
愛と豊穣の女神シュリアーズから天啓が下り、女神の愛し子とされる“恵みの乙女”が現れその力を発現させたからだ。
“恵みの乙女”は数百年に一度現れる。
女神シュリアーズに愛され、存在するだけで国土を潤すという、この国において最も尊ばれる人物だ。
いつもはこの時間、精霊医学薬学研究所の自室にこもっているおれも、今日は祭りで賑わう街へとくり出した。
収穫祭の最終日を締めくくるのは、“恵みの乙女”による愛と豊穣の女神シュリアーズへの感謝の祈りだ。
祈りを見届け、最高潮に盛り上がる中、おれは街を後にして王太子宮へとやってきた。
白亜の廊下を足早に進む。多少の足音は今は気にしない。
日はとっくに落ち、いつもなら静寂に包まれている時間帯であるのに、今日はバタバタと慌てた様子で行きかう文官の姿がちらほら見られた。
普段は静々と歩く彼らを狼狽させている原因も、おれが今こうして急いでいる理由と同じものに違いない。
通り慣れた廊下を曲がり見慣れた一室の扉をとらえると、その前に立つ警護の騎士を一瞥し、ノックもせずにおれは扉を開け放った。
やはりそこに広がるのは見慣れた空間。
実用的な執務机と整然と並べられた本の数々が部屋の主の勤勉さを物語っていると思う。少し散らかっている机の上に、余程忙しいのかと憂いを覚えた。
天鵞絨色のカーペットと乳白色の壁もおれ好みであって、部屋のあちこちに置かれている観葉植物は、実は薬の原料にもなるおれがプレゼントしたものだ。
部屋の主の精霊力に満ちていて、いつ来ても落ち着く部屋だ。
………じゃなくて。
執務机について書類に目を通していたらしい部屋の主が、扉が突然開いたことにもその音にもピクリとも反応せず、まるで予想していたように動じることなく視線をあげた。そして、うっすら微笑む。
細められた優し気な銀色の瞳は宝石のようで、それを覆う藍色の長いまつ毛には、ばさり、と効果音でもいれたいくらいだ。陶器のような白い透き通った肌に、すっと通った鼻筋、左右対称に弧をえがいた薄い唇。どこをとっても完璧な造形だと思う。
「シリル兄さんの方から、こんな時間にわざわざ会いに来てくれるなんて、うれしいな」
「え……ああ、おれもテオにあえて嬉しいよ……ってそうじゃなくて!!」
この部屋の主テオドール・フォレスターは、おれを見ながら実に愉しそうにふっと顔をほころばせた。
ああ、今日もおれの弟は可愛いな。………っじゃない。
勝手に沸き起ってくる情愛を頭を振って振り払う。
そして、詰め寄った。
「あれは一体どういうことなんだよ!」
「あれ、というと?……シリル兄さん少し落ち着いて。
兄さんの精霊力で、部屋の植物が急成長しているよ」
どうやら興奮のあまり精霊力が漏れてしまったらしい。おれは数回呼吸を繰り返して、自身の精霊力を引っ込めた。
精霊力はこの世にあるもの全てがもつ根源で生命力のような力だ。
個人差はあるものの、誰しもが精霊力を持っている。その力を行使する術を精霊術という。
イグレシアス王国では、愛と豊穣の女神シュリアーズの加護を受けた王族と、大地、水、火、風の4つの精霊力をそれぞれ司る4大領主が国の中枢を担っている。
初代国王が愛と豊穣の女神シュリアーズに神託を受けたとき、王に仕えていた4人の騎士が、自然に存在する大地、水、火、風の精霊力の行使を女神から許されたことがその力の起源であり、4人の騎士の子孫が国土を守る現在の4大領主となったといわれている。
そして、4大領主に血を連ねる者たちは、それぞれ大地、水、火、風の精霊力を操る能力を有し、各属性の精霊術を行使できるのだ。
おれシリル・フォレスターは大地の精霊力を持つ4大領主の一つ、フォレスター家の直系だ。
薄茶色の髪と榛色の瞳はフォレスター家を象徴する色で、おれは大地の精霊力に由来する精霊術を使うことができる。
さらに扱える精霊力の量が人よりもちょっと多いことから、現在、精霊医薬師として診療や、薬草の調合に従事している。
まあ、お陰で稀にこうして部屋を緑あふれる自然空間にしてしまうこともあるわけだけど。
………育った薬草は後で回収させてもらうとして。
「とぼけるなよ。テオは今日のこと知ってたんだろう?」
おれの手を引きソファへ着席を促しながら、いつの間に用意したのかお茶をテーブルに並べてくれる。
「あ、ありがとう」
淡々として落ち着いたいつもと変わらないテオドールの様子に、おれの興奮?混乱?も収まってくる。
あ、このお茶美味しいな。アップルティーみたいで甘い香りと味が癖になりそうだ。
自らも隣に腰を下ろしお茶を飲むテオドールを、おれはじっとりとみながら、こくり、とお茶をもう一口飲み下す。
それにしても。
本当にすくすく育ったよな。ひたすら可愛いだけだった顔も整った精悍な男性のものになって、身長もおれより大きくなっちゃったし……落ち着いてるのは昔からだけど。
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