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Ⅳ.お腹いっぱいで幸せ編

31.僕、お腹がいっぱいで今日も幸せです②

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 竜の卵。

「ええー??」

 ヴァルってば、何言ってんの。
 いくら丸いからって、ただの真っ黒な竜気の結晶を、卵だなんて。

 むふふ。ヴァルってば、ホントに卵大好きなんだなぁ。

 もしかして、僕の食いしん坊がうつっちゃった?
 飼い主とペットはだんだん似てくるっていうもんね。

 うんうん、わかるよ、確かにね!
 この楕円形の形といい、つるつるした質感といい、ものすっごく卵っぽいけどさ!わかるわかるっ!

 うん。ホントだ。

 言われてみれば、ものすっごく卵だねぇ。

 誰がどう見ても、卵にしか見えないよ。

 ………………。

 え?もしかして…………もしかする?

「ええー!?えっ!ええーーーっ!!ホントに!!??」

 この真っ黒で艶々な塊が、竜の卵!?!?

「竜は竜気の塊なんだから……こんだけ濃縮した竜気の結晶なんて……竜の前駆形態としての卵でも、全然おかしくねぇだろ」
「おおー……たしかに」

 ヴァルの言う通りだ。

「むしろ、これが竜の卵じゃなきゃ何だって話で……」

 そうだ。そうだよ。だって、僕……これに似たものを知ってるじゃない。

 小説『救済の予言、竜と共にある者』には、『黒い神官黒き竜』が倒されたあとの姿が描かれている。
 小説の中では、『黒い竜気の結晶となって、降誕の地に墓標のごとく鎮座した。』と、記されてるのだけど。

 この黒い竜気の結晶というのが、実は黒き竜の卵だ。
 そして、この黒き竜の卵こそが、この世が救済の予言に従って回帰する、座標の原点だったりする。

 回帰した時間軸で、この黒き竜の卵に、青銀竜の長、黄金竜の長、赤銅竜の長が再びそれぞれの竜気を注ぐことで、僕はまた竜として生まれるのだ。

 まぁ、もはや過去の、どうでもいいことだけど。

 僕は僕の卵を見ることは当然できないから、竜の卵が実際どんな姿かわからない。
 でも、竜は竜気そのもので、今僕の目の前にあるのは、僕がこれでもかと凝縮した黒い竜気の結晶なわけで。

 これは、竜の卵だ。間違いない。

「しかしな……黒き竜のお前自身は、別に黒い竜気の結晶から生まれたわけじゃねぇんだもんな?
 じゃあ、この黒い竜気の塊は、一体何になんのか――……って、お前聞いてるか?」

 なんてことだ。

 ヴァルからもらった忘れ形見的な、美味しい非常食だと思ってたのに。

 思ってたから、大切にしてたつもりではあったけどっ!

 でもでもでもっ!忘れ形見は、忘れ形見でも……卵だなんてっ!!

 卵だなんてっ!!!

 はい。いつの間にか僕、ミラクル起こしてました。

 何と知らぬ間に、意図せず、奇跡的に、竜の卵ゲットしてました!

 むしろ僕、竜の卵、産んでました!?

 なんてことだっ!

 なんてことなんだーーっ!!

 これじゃあ、絶対に食べられないじゃない!

 びっくりと、ばんざいと、がっかりとがいっぺんに押し寄せて……。

 くうっ……僕はこの気持ちを一体どうしたらいいのっ!

 いや、待て。僕、しっかりするんだ。よく考えるんだ。
 これは、ヴァルの中の僕の竜気を、僕がギュッと凝縮した僕の竜気の結晶なんだよ。

 そうだよ、僕さっき自分で言ったじゃない。

 これは、僕とヴァルの愛の結晶なんだよ!

「ねぇ、ヴァル」
「なんだ?」
「この、孵そう!」

 どれくらいかかるかもわからないけど。
 二人の愛の結晶なら、どうなったって育まなきゃ!

「ああ。そうだな」
「うん、わかるよ。ヴァルの言いたいことは。危険だって言いたいんで――…………へ?」

 え?今、ヴァル、そうだなって言ったよね?
 僕の竜の卵を孵化する計画に同意したよね!?

 え?ええ??てっきり反対されると思ってたのに!

「なんだ?お前、そのつもりで卵入れた鞄を、ずっと肌身離さず持ってたんじゃねぇのかよ」
「えーっと、どういう意味……?
 ……じゃなくて、まぁ……そんなところ、かな」
「にしたってお前、ガンガンぶつけすぎだろ……割れてはいねぇみたいだな」
「そんな簡単に割れないって」

 それどころか、これまでの竜の卵の環境を思えば、図らずも最高の環境を提供してあげてたんだから。

 だって、鞄の中は常にヴァルの美味しい匂いに満たされてたんだよ?僕が鞄に入りたかったくらいだ。

 ぜいたく者め……しかも、ヴァルの心配してもらうとか……。

「……って、ヴァル何してんの?」

 考え込む僕の横で、ヴァルは大きめの布で卵を包んで、エプロンの前ポケットに大事にしまっているところだった。

 えーっと……。
 いや、ホントに何してるの?

「だから、これが卵なら肌身離さず持ってた方がいいんだろ。お前がしてたみたいに」

 んんー………????
 どういうこと?肌身離さず持ってた方がいい??

 ……………あ。
 ずっと抱っこして、あっためた方がいいってことかな??

 ぷぷぷ。鳥の卵じゃあるまいし。
 多分、竜の卵は温めても孵化しないよ。ヴァルのこういうところって、ホント可愛いよね。

 いや、待ってよ、ヴァル。何、その格好。

 生活感のあるエプロンの前ポケットがぽっこりと膨れた姿が、ヴァルの鋭い雰囲気とシュッとした佇まいには、何ともミスマッチで。

 気の抜けた空気を醸し出して、そこがまた……。

 いい。

 とってもいい。
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