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Ⅳ.お腹いっぱいで幸せ編
5.俺は、ルルドをもてなしたい①
しおりを挟むルルドのいたこの森は、空白の森と呼ばれている場所だ。
何もないこと。
未開であること。
この名の由来として様々な説があるが、カーリー家の土地となって以来は、価値のない場所、という意味でつかわれることが多い。
『ヴァル、こっちであってる?』
「ああ、真っすぐだ。」
俺は今、ルルドの背に乗って空を飛んでいた。
理由は簡単だ。まずは、こっちが歩くより断然早い。
ルルドが俺と別れて、もはや1ヶ月以上経っている。
おそらく……いや絶対に。
ルルドは食っちゃ寝のぐーたら生活をしてたに違いねぇ。
白い毛玉がごろごろしてる様子が、容易に想像つく。
つーか、他の想像がまったくできねぇ。
持ってきた携帯食は食わせたものの、まともなもん食ってねぇに決まってるし、ちゃんと寝てねぇはずだ。
だから、さっさと連れ帰りたい。
そして、あの場所を……俺だけの場所を早くルルドにも見せたい。
――だけど、今この時間も捨てがたかったりするわけで。
「綺麗な森だな」
眼下に広がる豊かな深緑の森は、人の手が入っていないからこその美しさがあった。
降誕の地で背中に乗せてもらったときは、ゆっくりと周りに意識をやる余裕も無かったが、あの風を切る感覚が肌に残っていて。
あれをもう少し味わってみたかった。
張り切ったルルドが俺を背に乗せて、空を泳ぐ。
広大な深緑の森と遠くまで続く青い空の間を進むルルドは、雲のようで風のようだ。
ふわふわとたなびく真っ白な毛並みを撫でてやれば、ルルドは『気持ちいー』と言って、ぶるりっと身体を震わした。
「ああ、そうだな」
俺は、何食わぬ顔で返事した。
ルルドは自分を撫でる俺の手を、非難がましく振り返って、悩まし気にくーんと鳴いた。
そして、もう一度、ぷるぷると身体を震わし、速度を上げた。
ルルドが思わず漏らした声には、明らかに艶っぽいものが混じってる。
それに俺が気づかないはずがねぇだろ。
こいつ、俺がただ毛並みを堪能してるとでも思ってんのか?
俺が撫でるたび「もっと撫でて」と「いやいや駄目だ」の間で葛藤してるのがわかってて、困っているのが可愛くてやめられない。
「僕、お空飛ぶのこんなに好きだったんだなぁ……。
うん。ヴァルと一緒だとこんなに楽しいんだねぇ」
飛ぶことを普通だと捉えるルルドは竜らしくもあり、活き活きして気持ちよさそうにはしゃぐ姿は、人の子供のようで。
「えへへ。乗りたいときはいつでも言ってね!」
竜体なのに満面の笑みにしか見えねぇ顔につられて、俺も思わず笑った。
ここだけの話。
多分、俺も飛べる気がするんだけど。わかってんのかな、こいつ。
ここは紛れもなく、煩わしさと無縁の穏やかな時間が流れる静かな場所だ。
この森に、ルルドと二人。
こんなに楽しいことは無い。
しばしの空の旅を堪能しつつ、これから起こるだろうことに心が躍り、爽快な高揚感が俺を包んだ。
目的の場所からあえて少し離れた場所に降りてもらい、二人で徒歩で残りの道を進む。
「うーん……こっちは森の外れ……というか、ヴァルから見たら森の入り口の方向だよね」
ぶつぶつと言いながら、素直に手を引かれるルルドは、正真正銘この世を救い、今後も存亡に必要不可欠な黒き竜なわけで。
「ねぇ、ヴァル。どこに向かってるの?」
でも、今は俺に保護された元迷子にしか見えねぇ。
「着いたら分かる」
「むう。そればっかりじゃない。ヴァルのケチ!」
なんて言いながらも、ルルドの手を握った俺の手をしっかりと握り返してくる感触に、嫌でも顔が緩む。
こうして二人で歩んでいると……いつかと同じように二人で森の中を並んで歩く現実に、ようやく俺の気持ちが追い付いてくる。
ルルドがいなくなって以来、俺にずっと圧し掛かっていた重石が、ようやくほぐれて溶けていくのが分かった。
どんだけ時間がかかろうが見つける決意と、絶対に見つかる確信があったとしても、焦りや不安を完全に消すことなんて、できるはずもなかった。
生い茂る草と木々に覆われた緑の合間に、白く輝く黒き竜を見つけた瞬間。
大きくもないのに圧倒される存在感と神々しさに、白い守り神、という院長の家に伝わるのだという言い伝えが脳裏をかすめた。
俺の目はもはやルルドに釘付けになって、動けなくなった。
喜びという言葉では、到底足りない。感動……とでもいうのか。心が震えて、自分を忘れた。
木漏れ日に照らされて、全身の白い毛がきらきらと煌めいていて神々しい。
大きく張り出した角も、威厳ある堂々とした佇まいで、これまでの姿とは一線を画している。
成熟したルルドの竜体は、一層崇高で神秘的に見えた。
けれど。
清涼な空気に包まれながらも、小さくうずくまる姿は、ひどくもの寂しい匂いを纏っていて。
締め付けられる胸を押えて、気配を消して、周囲に同化して、一瞬で間をつめて。
捕まえたあとは、もう、逃がさねぇ。それだけだった。
この世の根源とか、超越した貴い存在だとか関係ない。
世界を救おうと、普通じゃない竜だろうと。
ここにいるのはただの迷子の竜だ。
一人で寂しくて、心細いくせに、無駄な去勢を張って、要らねぇ罪悪感を抱えて、うじうじしてる馬鹿な竜。
何だっていい。
ルルドはルルドなんだから。
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