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Ⅲ.大好きな卵編

81.僕、プロポーズしちゃいました②

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 ぼろぼろと涙が溢れてきて、ダメだとわかってるのに止められない。
 ヴァルの言葉に揺さぶられて、心の深いところから沸き起こってくる歓喜が、そのまま喜びの涙になって、僕の頬をあったかく濡らしていく。

 ぶんぶんと揺れるしっぽを、ぎゅっと前足で押さえつけた。
  
『そんなの……ヴァル、何言ってるか、どうなるか、わかってるの?』

 僕がヴァルの僕の真名を教えたら……ヴァルは僕の眷属になる。

 僕と……悠久の時を流れる竜である僕と、存在を共にすることになる。

 すごく長生きができる、と言えば、ちょっとは聞こえがいいけれど……。

 老いることもなく、簡単には死ねなくなる。
 ヴァルが傷ついても、ヴァルは僕の竜気で再生されて、生き永らえなくてはならなくなる。

「ああ。わかってるさ。そんなこと。
 なんだ、お前、自分で黒い竜気めし食えるようになったら、俺は要らねぇってポイ捨てかよ?
 もしくは、性欲処理できたら誰でもいいのか?」 
『っ!?!?……違うっ!そんなことないっ!!」

 僕は、ヴァルじゃないと……、僕にはヴァルだけだよ。

「ヴァル……ずっと……ずっと、長い時を過ごさなくちゃいけなくなるんだよ。 
 院長が死んでも、お芋お兄さんが死んでも、孤児院の子たちがみんな大人になって、さらにその子供が死んでも……ずっと、ずっと、ヴァルは生きなくちゃいけないんだよ?
 ずっと……ずっと、皆を見送らなきゃいけなくなる。
 ダメ……ダメだよ。そんなの、ダメだよ。
 ヴァルはずっと、失い続けることになっちゃうんだから。
 竜の眷属になるなんて、“澱み”に堕ちて、簡単には死ねなくなるのと大差ないよ』

 そんな時の長さに耐えられるようには、人はできてないはずだ。

「そんなの、お前も似たようなもんだろう?」
『違う……違うよ。だって、僕は竜だから。元々、そういう風にできてるから。でもヴァルは、違うでしょ』

 僕にとってはどうあっても抗えない、仕方のないことだけど。

 でも、ヴァルは違うじゃない。わざわざ選んでなる必要ははいはずだよ。

「そういう意味じゃねぇよ。
 ルルドだって、“迷い星”が混じっちまってんだから。俺と同じだろって言ってんだよ」
『っ!!』
「お前だって、長い時の中で、失って、ずっと一人なんて。寂しがりのくせに、寂しくないのか?」
「……そんなの……っ』

 寂しいに決まってる。
 でもだから、これはきっと、罰なんだよ。これまで、僕が何度もヴァルを苦しめてきたことへの罰。

 だから、僕は……。

「寂しいから、お前は俺のところから消えたんだろう?」

 そうだよ。その通りだよ。 

 ヴァルには、絶対に幸せになってほしい。幸せなヴァルを見たい。

 でもいずれ、ヴァルは絶対に僕を残していなくなっちゃうから。

 僕は、もうこれ以上、ヴァルを失うのに耐えられそうもないから。

 だから………。
 僕は、ヴァルから離れたんだ。

 相応しくないとか、悪いことが起こるとか、色々言っても結局は。
 僕が寂しくて、一緒にいれない。もう、ムリなんだよ。

 でも……でもね。

『僕、ヴァルに……これ以上……もう、何も、少しでも失ってほしくない。
 もう、つらい思いをして欲しくないんだよ……』

 ヴァルはもう、十分過ぎるほど、たくさんのものを失ったんだから。

「そんなの、俺だって同じだ。
 好きな奴に、つらい思いも寂しい思いもさせたくないなんて。そんなの、当たり前じゃねぇか」

 好きな奴……。

 好きな奴……?

 好きな奴……!?

「“澱み”に堕ちて仕方なく生き永らえるのとは、全然違う。
 俺はお前が好きだから。だから、お前といたいんだ。ずっと」

 そう言うヴァルは、ただただ誠実な顔をしていた。
 真っ直ぐに僕を見る瞳には、決意の炎がキラリと光ってた。

 ぎゅうっと強く抱きしめられて、ドッキーンとすると共に、『ふあっ』てへんな声が出た。

「俺を含めたこの世の全部がどうでも良かった俺が、お前となら生きてもいいって……。
 できるだけ長いこと一緒にいたいって思うくらい。俺はルルドが好きだ」

 何てこと……言うの。
 なんで今、そんなこと言っちゃうの。

『ヴァルは……バカだよ。全部無くしちゃうんだよ。今あるもの、全部無くなっちゃうんだよっ!あっという間に!!』 
「だけど、お前はずっといるだろ?ルルド」 
  
 そんなこと、言わないで。 
 こんなの、受け入れちゃいけないのに。 

 僕、受け入れたくなっちゃうでしょ。
 自分に都合のいいように受け入れたくなっちゃうから。

 ヴァルは何もわかってない。 
 長く生きていたら、きっといつか気が変わって、後悔するときが来るのに。 

「ルルド」

 やめて。そんなに優しい声で名前を呼ばないで。

「こうやって竜体でいるのも、その方が落ち着くから……なんだろ?」

 そうだよ。とてもじゃないけど、人型でいたら耐えられないから。
 ヴァルが恋しくて、会いたくて、寂しくてたまらないから。

「こんな誰もいないとこでも、俺がやった首輪つけてんのだって――」
『やめてっ!』

 僕は、ヴァルの言葉を遮った。
 体をゆすって、ヴァルを引きはがす。

『……もう、やめてよ……ヴァル、もうやめて。僕は……頑張って、あきらめて――』

 これ以上、ヴァルといたらもう僕は、ヴァルを失ったときに壊れちゃうから。

 だから、離れるなら今なんだよ。

 今しかないんだよ。
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