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Ⅲ.大好きな卵編
63.僕、幸せの道を目指します③
しおりを挟む優利は、まず間違いなくあの場で……ヴァルだけでなく、周りの人たちを攻撃しただろうね。
本気で殺そうとして。これまでと同じように。
あの赤い人あたりは、それに加担したかもしれない。優利に弱いところに付け込まれ、唆されて。
「お前があんとき止めなかったら……ユーリのことを『この巡礼で裁かれる必要がないからでしょ』なんて言って庇わなゃ。
俺はあの時に、ユーリを返り討ちにしてたよ」
「っ!!僕は……別に、優利を庇ったわけじゃなくて……っ」
僕は必死に首を振って、否定する。
そんな僕にヴァルは、「わかってんよ」なんて苦笑した。
「あいつを殺そうと思ったとき、俺も考えなかったわけじゃ無かったんだよ。
ユーリは異界の者で、この世の理から外れてんなら、あいつが死んだらあいつの魂とやらはどうなるんだって、な。
だって、“迷い星”は……魂になっても、確かにここに在るじゃねぇか」
ヴァルの手がゆっくりと僕の頭にぽんっと乗って、柔らかく触れる。
「もし、ユーリの魂が……魂だけになっても留まり続けるなら。あいつの存在が生み出す“澱み”はどうなるんだよ。
もし……魂だけでも、ずっと、異質な“澱み”を撒き散らすんなら……。
殺すだけじゃ、何の解決にもならねぇ。違うか?」
「………違わない。その通りだよ」
「“迷い星”みたいに、混ざっちまえば問題ないんだろうけど、な」
言われて、ギクリっと胸が冷える。
「俺があいつと引き合う相性のいい魂って意味は……単に“澱み”を……“澱み”だけを引き受けるだけじゃなくて。
あいつの魂自体を引き受けることで、俺はこの世を救済しうる。
あいつが死ねば、俺も死ぬ。溢れた“澱み”に飲まれるか、どうかして。そうすれば、異界の者をこの世の理の内に取り込むことができる。
そうなんだろう?」
「っ!!」
「俺だってあいつと心中なんて、冗談じゃねぇし、混ざるなんて死んでもごめんだ」
なんて、悟ったようなことを言う。
「うえ……ええー!?」
「ましてや……お前にあいつが混ざるなんて、もっとあり得ねぇし」
「え?………は、……はぁ!?」
確かに僕は……“迷い星”は元々優利と双子で、同質の魂を持ってるから。だから、僕だって優利を受け入れることができる。
ホントにもう!ヴァルってば、察しがよすぎ!!
何でそんなことまで、わかっちゃうの!?で、なんでわかってて平然としてるの!?
はくはくと口を開閉する僕をヴァルがじっと見て、目を眇めた。
「だからあの時、ユーリを死なせなかったことで、ルルドが庇ったのは……俺だ。
な?そうだろう?」
ヴァルは一応、同意を求めているものの、確信があるようだった。
ああ……もう。
ヴァルは……どうして……。
どうして、そんなにも僕を信じてくれるの……?
これまでずっと、ヴァルに依存して、ヴァルを苦しめて、ヴァルを利用してきた僕なんかを。
考え込む僕の鼻をヴァルがきゅっと摘まんで、柔らかく指の背で撫でる。
「色々考えんのは、今じゃねぇよ。後で、いくらでも聞いてやる」
鼻の奥がツンと痛んだのは、摘ままれたのが痛かったからじゃなくて。ヴァルの手つきがあまりにも優しかったから。
僕を見るヴァルの細められた瞳が、あまりに優しかったから。
いくらでも聞いてやる、かぁ……。
でもね、ヴァル。
今、僕……何を考えてると思う?
僕はね、ずっとこの二人だけの空間にいれたらいいのにって思ってるんだよ。
ずっとこの二人だけの静かな時間が続けばいいのにって思ってる。
この期に及んで……僕がこんな浅ましいことを考えてるって知ったら、ヴァルはどう思うのかな。
さっとヴァルの視線が、この『閉じられた空間』の外に向いた。
決意の眼差しで、虚空を……いや、ヴァルには見えているらしい何かを、しっかりと見据える姿を見て。
ヴァルは、先を見てる。
ヴァルがこれまで歩んできた、自らの足で進んだ先にある、まだ見ぬ未来を。
だから。
「ヴァル。行こう」
僕は立ち上がった。
僕がヴァルの手を引いてあげると、今度はふらつきもなく、安定した動作で立ち上がる。
僕も、決めた。うん。前に進まなきゃだよね。
「僕に、考えがあるんだ」
「考え、ね……」
ヴァルは一瞬だけ僕に見定めるような視線をよこし、すぐにふっと顔を緩めた。
「お前の考えなんて、俺にはさっぱり予想不能、理解不能、実行不能だけどよ。でも、もう何だっていいよ」
言いながら、ヴァルは自分の首飾りに触れる。僕があげたヴァルの首飾りに。
僕がヴァルのくれた首飾りに触れているのと、同じように触れて、言葉を続けた。
「俺は……何があっても、お前は俺の悪いようにはしねぇって。お前を信じてるから」
「………うん」
うん。ありがとう。ヴァル。
そう言ってもらえるだけで、ヴァルにそう思ってもらえるだけで、僕は……。
もう、これから何があっても大丈夫だよ。
今度こそ予言を成そう。
今度こそ僕が、ヴァルを連れていってあげる。
誰も知らない、予言の先に。
それが黒き竜である僕ができる、ヴァルを幸せにしうる、唯一の道だから。
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