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Ⅲ.大好きな卵編

55.俺は、自分のためにこの世を危機に貶める④

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「じゃあ、予言はなんだって話だが……」

『200年後、黒き竜が迷いこの世の危機が訪れる。異界の者が現れて、澱み溢れ混沌に落ちる世を、竜と共に救済する』

 予言の文言を一言一句その場の人間が何度か復唱できるほどの時間を、勿体ぶって俺は告げた。

「“澱み”を溢れさせ、この世を混沌に落とすのは、異界の者であるユーリ、お前だよ」

 だって、言ってんじゃねぇか。『異界の者が現れて、澱み溢れ混沌に落ちる世を』ってな。

「ユーリ、誰が何と言おうと……「竜に愛された子」と呼ばれようと、竜の神子と崇められようと、所詮は人の成す都合のいい思い込みだ。真実とは限らねぇ。
 人が伝える事実がいかに信用できねぇか、思い知ったばっかりだろ、俺たち」

 200年、間違った真実を信じてきたんだ。
 今や、何が本当かなんて、この場の全員がぐらついてる。

 だから、今が絶好のタイミングだ。
 新たな真実を植え付けるのに、今ほどの時はない。

「“澱み”を撒き散らし、この世を滅ぼすのはお前なんだよ。
 この世から本当に排除されるべきは、この世の理を乱す異界の者、お前だ。ユーリ」

 俺は、あえて強い口調で、だけど淡々と、真実を告げるように、聖典を詠むがごとく言った。

「はぁ!?ふざけんな!そんなはずがない!」
「じゃあ、竜の長が三人そろって、耄碌してるってことか?
 この世の根源、崇高なる存在を否定するわけだ。竜の神子様が」
「っ………」

 絶句するユーリから、カインとメイナードに向き直る。

「カインとメイナードだって、心当たりあんだろ?
 ユーリが出向いた先で、突然、凶暴化が起こったり、不穏なことが起こってた。不思議じゃなかったか?
 そりゃあ、ユーリが生み出す“澱み”で起こってんだから、いつでもどこでも、予言は当たるだろうな。
 いわば、自作自演だったんだから」
「「「―――っ!!!」」」

 今まで、俺とユーリの話を静かに聞いていたカインとメイナードも、やっと思い当たったのか、はっとしてユーリを見た。

 俺が今、はっきりとさせておきたいのは、たった二つだ。

 一つ。ユーリが救世主なんかじゃなく、この世にとって害悪以外の何物でもないこと。

 一つ。黒き竜は……ルルドは、この世を滅ぼす、悪しき存在などではないということ。

「はぁ!?……はあ!!?俺は……俺は、間違いなく救世主だ!この世界の主人公だよ!!
 ………悪役が、馬鹿なことを言ってんじゃねぇよ!!」

「じゃあ試してみせろよ」

 もはや、表情を取り繕う余裕も失い、怒り狂うユーリに俺は畳みかけた。

「簡単だよ。お前が竜気術を俺に撃てばいい」

 お前の存在と、お前の乱す竜気。それこそが異質な“澱み”の根源だよ。

「俺はすべての“澱み”を引き寄せ留める質だ。魂に刻まれた、竜もお墨付きの性質だよ。
 お前が本当に“澱み”を生み出すなら、俺は“澱み”に堕ちる。それを、確かめればいいことさ。
 そして、堕ちたならば、黒い神官になるのか、正気を失い身も朽ちる寸前の哀れな獣に成り果てるのか……。
 実際にその目で確かめればいい。それだけの話だよ」

 そうだ。たった、それだけの話だ。

「もし、俺が“澱み”に堕ちて獣になったとしても、それは『物語』の中での、『黒き竜』なわけだろ?
 で、『物語』は、救世主たる竜の神子が討つストーリーなんだよな?
 だったら、何も心配ねぇだろ。違うか?」

 お前自ら、責任もって証明しろよ。ユーリ。

 お前が間違いなく“澱み”を生み出す存在であることを、この場にいる全員に知らしめろよ。
 この世にとって、害悪にしかならないこと、お前こそが厄災そのものだってことを。

 何より、自分でしっかり理解しろ。

 お前がこの世にとって、害以外の何ものでもないことを。

 主人公ユーリ

 お前がこの世を破滅へと導いてみせろよ。
 予言がもたらされたこの地。
 予言が成されるこの場所で。

 俺はそもそも、ユーリを降誕の地ここから帰す気は、はなから無かったんだよ。

 ユーリが石碑にたどりつけなければそれまでで。
 辿り着けても、そこで石碑に名が刻まれねぇで絶望して……周りがユーリをもはや救世主とは思わず、見放すことを予想してた。

 さらに、癇癪を起したユーリが自暴自棄になって暴れてくれれば、殺る大義名分も立ってそのまま……なんて考えてたのに。

 ルルドの発言で、行動でそうはならなかった。

 どうせ、俺を守ろうとか、そんなこと考えてたんだろ。ユーリの殺気は、あの時まっ直ぐに俺に向いてたからな。

 でもな。

 言ったじゃねぇか。

 俺が今、ここにいんのは独善的な理由だって。

 俺にとってはな、ルルド。
 お前との関係においては、多少の強制的な繋がりも必要なんだよ。

 じゃねぇと、俺自身にはお前を繋ぎとめる力はねぇから。

 お前との切っても切れない何かが、俺は何よりも欲しい。

 俺は、何が何でも……この世の理を利用しても、竜を利用しても。

 ルルドを俺につなぎとめてやる。

 だから、多少のリスクなんてどうだっていいんだよ。



 ありったけの竜石を握りしめ悪魔の形相で身構えるユーリを、悲鳴にも似た制止の絶叫が包む。

 喧騒を割ってユーリの怒号が響き、光が溢れた。同時に膨大な“澱み”が渦巻いて、ものすごい速度で俺へと襲い掛かる。

 ああ、今ここにルルドが居たら、臭くて悶絶してんだろうな。

 そんなことを考えながら、俺の意識は“澱み”に沈んだ。
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