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Ⅲ.大好きな卵編
53.俺は、自分のためにこの世を危機に貶める②
しおりを挟む「兄との仲は……良いとは、言えなかったけど。あっちが、俺を避けてたから。
でも、兄は危なっかしいっていうか、ちょっと抜けてるっていうか……俺は、とにかくほっとけなくてさ。
でもね。ここへ来る少し前に死んじゃったんだよな。
僕の目の前で……学校の屋上から、落ちたんだ」
最期に目にしたのがユーリなんてな。兄貴には心底同情する。
「この世界はね。兄が大切にしていた本の……小説の世界とよく似てて。
それが、俺は嬉しかったんだ」
俺は、心を無にして、ただユーリの話に耳を傾けた。
「昨日、ルルドくんが孤児院の庭にある果物の木の話をしていたのを聞いて……そう言えば、昔うちの庭にあった柿の木を、俺のせいで切られたことを思い出してさ。
柿の実を流依に取ってあげようとしたら、俺落ちちゃって。俺が怪我をしたからって、両親が切り倒して……あの時、本当に悪いことしたなぁって思ったんだよな」
昨日、ルルドは何と言ってた……?
たしか孤児院の蜜柑の木を登る子どもが多いから、下をふかふかの柔らかな藁と土で加工した、とかなんとか言ってなかったか?「誰かが落ちて、あの木が切り倒されたらイヤだから」って。そう言ってなかったか……?
あの時は食い意地はってんな、なんて聞き流しながら思ってたが。
ユーリの言う光景が、容易に目に浮かぶ。
ユーリの大したことのない怪我のせいで、大切だったろう木を切り倒されたとき、あいつは何を思ったんだろうな。
人が大切にしているもんを奪って、相手がまんまと悲しむのなんて、ユーリの大好物じゃねぇか。
なるほどな。ユーリの兄貴は……あいつは、ユーリの身近にいて、かっこうの餌食だったってわけだ。
「孤児院の院長先生になついてるのも、なんだか懐かしくて。流依もおじいちゃんっ子だったから」
別にルルドは、院長になついてるわけじゃねぇぞ。あれはまぁ……何というか。類友、だな。
ある意味、気はあってんのかもしれねぇけど。
「ねぇ、ヴァレリウス」
突然に名を呼ばれ、俺は努めて冷静にユーリたちに向き直った。
「なんだか、俺の兄とルルドくん。すごく似てると思わない?」
はぁ………。俺は胸中で深くため息をついた。表情には出さない。
このため息は、迂闊なルルドに対してじゃない。
ユーリの白々しさに対してだ。
この場でこんなことを言い出すには、何かしらの確信があってこそ、だ。
『ヴァルはヴァルを大切にして。一人で危ないことしないで。お願いだから、無茶しないでよ』
ルルド。俺は、お前がユーリをどうしたいのかわかんねぇけどよ。
でも俺は思うぜ。
やっぱりこいつをこのまま帰したら、駄目だ。
こいつは、ここで始末しとくべきだろ。絶対に。
だから、悪いけどよ。多少の危険は容赦するしかねぇと、俺は覚悟してる。
俺はユーリに殺される気はねぇし、お前をこいつに譲るつもりなんて更にねぇ。
それは、お前も同じだろ。
俺が苦境に陥っても、お前がきっと、どうにかしてくれる。今なら、そう確信が持てる。
ルルドは俺を見放さない。
「竜に見放された子」である俺を。
あいつが竜であっても、絶対に見放したりしない。
なぁ、そうだよな。ルルド。
…………………。
それにしても、だ。
俺を見上げて、俺のことを思って、懇願するルルドは……。
俺のこと心配で仕方ねぇって感じで、可愛いこと必死に言い募る姿。
あれは、たまらなかったな。
桃色に染まった頬が妙に美味そうに見えちまって……思わず頬に口づけたのも仕方ねぇ。
あー……あいつのほっぺた、マジでつるつるのぷにぷにだった。
柔らかくて、なんだか甘くて……あの感触、癖になりそうだ。
ルルドは固まってたけど。飛んで逃げるほど泡食ってたけど。
『もうっ!もう!!僕は、真剣なのにっ!!ヴァルのバカ!エッチ!!変態!!
うわーん!ヴァルのバカっ!バカ、バカ、バカ!!』
叫びながら、飛んでって、あっという間に見えなくなった。俺を乗せた時、あいつあれでもスピード押えてたんだな。ありがとよ。
俺とルルド……まぁそこそこヤることヤってると思うんだけどよ。
いまさら、頭撫でてほっぺにちゅーしたくらいで、変態って……。
これだけは、言わせてほしいんだが。
俺のあそこをいつまでもしゃぶろうと狙ってるお前の方が、ずっと変態じゃねぇか?
「ルルドくんがくれた、この青い木の実、さ」
ユーリの声で引き戻されて、一気に白けた心地に、胸中で秘かに罵る。
「これ、トマトの味とそっくりだった。
もしかして、あの人もトマト、嫌いだったりする?流依と同じように。
俺は大好きなんだけどなぁ。よく食べてあげたんだよ。嫌いなあの人の代わりに」
トマトは、俺とルルドが共通して苦手とする野菜だよ。
だから、俺らの食卓に並ぶことはまずねぇ。
俺はあの酸っぱさが苦手だが、ルルドは「悪魔の食べ物だ」なんて言って、見るのも毛嫌いしている程だ。
そうか。なるほど納得だ。確かに悪魔の食べ物で間違いないらしいな。
「はぁ……お前、ホントに兄貴のこと、大好きだったんだなぁ」
どうせ兄貴の尻を追いかけまわして、兄貴が相手してくれるまでちょっかいかけ続けてたんだろ?
目に浮かぶようだぜ。
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