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Ⅲ.大好きな卵編

50.僕、おかずの食べ過ぎですか?③

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 ヴァルは、僕の制止なんて全然聞いてくれない。

「ああ……だから、ダメだってばっ!ダメダメダメー!ストップーーー!!!」

「うっせーよ。近づかねぇと、確かめらんねーだろ」
「だからっ!確かめるって何を!?」
「俺が嫌で避けてんじゃねぇんなら、何だってお前が俺を避けてたのか」
「ええっ!?避けてた!?」

 僕が?ヴァルを?いつ??

 ………うん。避けてたね!今も、避けてるね!!

 でも、ヴァルがイヤって何のこと!?

 ていうか、来ないでって言ってるのに!この人、じりじり近づいてくるんだけど!右も左も、全然隙が無いんだけど!

 飛んじゃう?飛んで逃げちゃう??

 ……うーん…ムリ!飛んだ瞬間に、絶対に足掴まっちゃう!!ああーっ、なんでヴァルの手も足もあんなに長いんだろうね?

 なんて考えながら後ずさっていると、僕はあっという間に大きな岩に行きあたった。
 背中を硬い岩盤にぴったりとくっつけて、僕は行き場をなくす。

 ヴァルは静かに、だけど力強く、僕の顔の両側に手をついた。足元を見れば軽く開いたヴァルの足が、しっかりと僕の足の進路を塞いでいる。

 何これ……え。完璧な拘束じゃない。こんなところでも、優秀だなんて。

 ヴァル、何にでもなれちゃうね。
 将来の夢はスローライフなのに。一体このスキル、何に活かす気?うーん……持ち腐れでは?

 いや、そうじゃなくて!これじゃあ、僕、逃げられないじゃない!
 うわっ……ち……ちかいっ!顔が、近い!体も近い。匂いが……いい匂いが……美味しそうなヴァルのイイ匂いが……至近距離からっ!!

 こんなの、ダメダメ!!僕、もうすぐ飽和して爆発しちゃう!!!
 そうだ。できるだけ身を縮めて、うつむいて、息を止めるんだよ。耐えろ。耐えるんだ、僕。今爆発すれば、ヴァルも一緒に巻き込んじゃうんだから。

 ぎゅっと縮こまる僕のすぐ近くから、チッ……と舌打ちが聞こえたかと思えば、ヴァルが身を屈めて覗き込んできて。
 至近距離でヴァルの顔が突然視界いっぱいに広がった。

「ひえっ……」

 ヴァルの透き通った紫色の鋭利な瞳に射抜かれて、思わず声が出た。

 うっ……うわぁっ……うわあああぁぁぁぁっ!!

 あ、ああ、もう。顔が熱い。ああ、何これ。何これ。顔、燃えちゃいそう。耳、ジンジンする。

 ああ、やっぱり、ヴァルの目きれい。すっと通った眉も、鼻筋も……シャープな顎のラインも、全部全部格好いい。
 あの、形のいい薄めの唇が、いつも意地悪なこと言って……恥ずかしいこと言って……それで、それで……。

 ううー……ダメダメっ!考えちゃ、ダメ!!ストップ、妄想おかず!!

「へぇ……なるほど、ね」
「な…何が……!?」

 え?ええ?何が、なるほど、なの!?
 まさか……今日のおかずがバレてるの!?

 え?ちがうよね?わかんない。わかんないけど!

 とにかくもう、僕、ヴァルのこと、見てらんない!!

「肌が白い分、赤さが際立つっつーか……こんなに赤くなれるもんなんだな」

 顔を背けて、まるで差し出したようになった右耳にくつくつと笑う声が響く。

「俺は、別に優しくねぇよ」
「ふわっ……ヴァル、近い……近いよぉ。息、かかっちゃう。くすぐったい……やだ。やだ、やだ。
 ちょっと、離れて……僕……んんっ」

 と、ヴァルの指先が、僕の横髪を梳く。さらりと軽い感触がくすぐったくて、肌に触れるか触れないか、ヴァルは僕の髪を耳にかけた。
 そして、そのまま耳の後ろの髪を指先がなぞる。優しく、柔らかく、撫でるように。

「んっ……あ……」

 ヴァルに触れられて、ぎゅっと体が緊張する。
 だけど、ヴァルの触れるところからじわりと直接流れ込んでくる僕の竜気が、いつもよりずっと甘くてとろけるような心地がして。

 あ。これ……ひさしぶりだぁ……。ヴァルに、こうやってなでなでしてもらうの、久しぶり。

「あ……はぁ……あー……っ」

 こんなに、気持ち良かったっけ。こんなに、気持ち良かったんだ。
 心臓はドキドキしてうるさいのに、頭は、心はふわふわと浮かんでるみたい。

 気持ちいい。ヴァルの手、気持ちいいよぉ。力、全部抜けて行っちゃう。

 ぎゅっとつぶっていた瞼が自然とあいて、開けた視界で。

 ヴァルが淡く笑ってた。

「いい顔だな……」

 それ、ヴァルのことでしょ。

 ヴァルのこんな穏やかな顔、久しぶりに見た気がする。
 そうだよ。こんな顔、久しぶり。
 僕、ここしばらく、ヴァルを見るだけでドキドキしておかしくなるからって、ちゃんとヴァルを見てなかった。

 それに、ヴァルもずっと……ずっとずっと、考え込むような苦悩に満ちた顔、してたから。

 でも、今は……ヴァルの眇めた瞳はとっても優しくて。熱っぽい眼差しがまっすぐに僕を見てくれてる。

 あ。なんか……溢れてきちゃう。お腹の中、きゅうきゅうして、変になっちゃう。

「あ、やだ……ヴァル……そんな風に、触っちゃ……やだよぉ」

 ヴァルの指先から、僕の中に渦巻いてたどろどろした嫌な気持ちが、少しも残らず吸い取られていくみたい。

 ヴァルの手が顎のラインをなぞって、頬をくすぐる。

 どこもかしこも、僕の弱いところ。触られると、たまらなくなっちゃう場所。

 ヴァル、僕………。僕、困るよ。
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