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Ⅲ.大好きな卵編

48.僕、おかずの食べ過ぎですか?①

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 ヴァルはこの巡礼の間、ずっと気を張ってる。
 誰よりも周囲に気を配りながら、皆が安全なように、道中も駐留地でも、ずっと、だ。

 いや。一緒に来てる人に対しても完全には気を緩めることは無い。むしろ、近くにいる人ほど、警戒してるみたいだった。

 ただ、僕を見るときだけちょっとだけふっと緩む。それが、嬉しい。

 だけど、それもほんの一瞬で。今度は僕の周りに警戒網を這わす。

 むう。こんなことしてたら、ヴァルはすぐに参っちゃうよ。

 なんて思うけど、ヴァルはまるでそれが当たり前みたいに、ずっと普通にずっと異常なほどに、周りの全部に神経をいきわたらせてた。

 今回ヴァルたちが使ってるテントの布には特殊な加工がしてあって、竜気を含んだ獣を寄せ付けなくなってるらしい。

 ただし、正しく設置すれば。

 設置し慣れていない人たちのテントを何気に毎回チェックしては、ちょこちょこと直してるのを、僕は知ってる。

 ちょっと竜気が乱れれば、薪を拾うふりして、ふらりと辺りを見回って。

 ご飯一つだって。ヴァルが、計画と実際の進行状況との相違を考えて、毎回微妙に量を調整してる。

 これが、他の人と一緒にいるときの、いつものヴァルなんだ。

 院長や、お芋お兄さんといるときとは全然違う。

 その姿に、僕の心がキリキリと痛んだ。

 こんなの、ダメだよ!
 なんでヴァルがあんな人たちのことまで、まとめて面倒見てあげなきゃいけないの!?

 自分の心配くらい、自分でしなよ!!

 でも。

 この巡礼で誰かが怪我でもしたら、きっとヴァルは責任感じちゃうんだよね。

 僕はそんなヴァルが、大好きだから。

 全部、まとめて僕が守ってあげる!!

 ヴァルが、ヴァル自身のために、ヴァルがホントにしたいことをできるように。

 僕が、全部全部、守ってあげるから。

 だって僕、竜だから。
 これまで……ずっと。ずっと、ずっと……ヴァルにお世話になってきたんだから。

 だけど、僕はやっぱりおかしかった。
 ヴァルのことが大好きなのに。一緒にいると嬉しくて、楽しくて、それだけでとっても幸せ。
 なのに、すぐにそわそわして。イライラして。もやもやする。

 ヴァルだけを見てても、ヴァルとあの人たちを見てても、僕、変になっちゃう。
 会話しなくても、お互いの行動が嚙み合ってる姿は、僕の知らない年月を、ヴァルとこの人たちが過ごしてきた事実を、僕に突きつけてくる。

 なんなの。一体……。
 なんなの、この気持ち。

 ヴァル、もっと僕を見てよ。
 僕だけ、見ててよ。
 他の人なんて、周りなんて気にしないでよ。

 僕、ヴァルのご飯大好きだよ。
 僕が絶対に、一番一番大好きだよ。
 だから、僕のためだけに、ご飯作ってよ。



 竜の祠は、不思議とどこか懐かしかった。
 覚えては無いけれど、わかる。きっと僕、あそこにいたことがあるんだ。

 懐かしいけど、少ししゃんとする、だけどとってもしっくりくる感じ。

 そして、同時にすごく胸騒ぎがした。なぜか、ここでヴァルを失うような気がして。

 僕がまず一番に、全部見つけてあげる。
 良いものがあったら、僕が全部、ヴァルにあげる。
 悪いものがあったら、僕が全部、排除してあげる。

 だから僕は祠に入るや否や、我先に奥へと進んだ。急く気持ちが抑えられなかった。
 祠の中央にあったのは、これまた真っ白な石碑。

 明らかになる史実と異なるらしい真実に、一同が騒然とする中。
 祠に入った時から、ずっと立ち込めていた淡々と悪辣な匂いが、どんどん煮えたぎって焦げ付くのを、僕は感じ続け、警戒した。

「で、ユーリの名が今ここに記されねぇのはどうしてだろうな?」

 ああ、ほら。

 皆が疑問に思ってて、竜の神子なんてくだらない虚像と、隠そうともしない明確な殺気に、誰も口にできなかった一言。

 それをあえて、ヴァルが口にした。

 ヴァルはわかって、やってる。
 ヴァルは優利を怒らせようとしてる。
 優利の悪意を自分に引き付けようとしてる。

 また、ヴァルは一人で勝手に、危ないことをしようとする。

 ヴァルは、優利が直接的に自分に牙をむくのを待ってるんだ。
 そして、ヴァルは優利を裁くつもりなんだよね。ヴァルの手で。きっと。

 優しいな。ヴァルは。
 罰せられる意味を与えてあげるなんて。
 自分で手を下してあげるなんて。

 でも、いまさら必要ないでしょ。優利には。そんな優しさは、必要ない。

「この巡礼で裁かれる必要がないからでしょ」

 優利は、もう十分許されないことをたくさん、たくさんしてる。
 ごめんなさいしても、もうとっくに遅くて、取り返しのつかないことをやってる。こっちでも、あっちでも。

 だから、今更改めて裁かれる必要なんてない。

 わかってるよ。ヴァルは自分に敵意が向けることで、僕を守ろうとしてるんでしょ。

「この人、異界の者で、竜の神子なんでしょう?こんなところで裁かれるなんて、ありえないじゃない」

 優利が犯した罪はね。あっちの世界と、こっちの世界。両方に、たくさんある。

 両方の罰をきっちりと受けなきゃいけないでしょ。

 そして、それができるのは……。この世の竜であり、あっちの世界の“迷い星”をも内包する僕以外いない。

 こんなところで、あっさり裁かれて、あっさりと許されるなんて……。

 そんなこと、僕は許さないよ。
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