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Ⅲ.大好きな卵編
46.俺は、結局ルルドより弱い③
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初めて見る顔だな……。
拗ねてる、というか……へそ曲げてるというか。
わずかに寄った眉根に、しかめた目元。視線が少し左に泳ぎ、頬がむすっと膨らんでいて。
とにかく、一瞬で不快な気持ちが吹き飛ぶ可愛さだ。
自分で自分を抱きしめるみたいに腕をつかむ両手が、どことなく弱々しく見えて、竜なのに……なんて、思ったりして。
はぁ……まいる。
ルルドがこれだから、俺は結局、流されちまう。
モヤモヤして、振り回されながらも、まぁいいか、なんて思っちまうわけで。
「僕、ヴァルのしてきたことがイヤだなんて、全然思ってないよ。
僕がイヤだったのは……そういうことじゃなくて……」
これまた拗ねた子供みたいに、けれどわずかに怒りがこもった声色で、腹の内を吐き出すようにルルドは言う。
「僕、ヴァルがあの人たちといるときの……あんな姿見るの……どうしてもイヤで。じっとしていられなかったんだもん」
「………あんな、姿ねぇ」
そんなの、俺だって見られたくなかったに決まってんだろ。
あいつらにこき使われるのも、罵倒されるのも、蔑まれるのも、どうでもいい。俺自身は、もはや傷つかねぇから。
でもな。
あんな情けない俺を、ルルドには……ルルドにだけは見られたくなかった。
だから、黙って何も言わずお前を置いて来たんじゃねぇか。
俺はな。
確かにユーリの『物語』にある予言の通りになることを恐れて、お前を置いてきた。
けど、それと同じくらい、いや、それ以上に、あいつらといるときの俺の姿をルルドに見られたくなかった。
普段、お前に色々言っては、あんなに偉そうにしてる俺が。こうしてこき使われる側の、大したことのない人間だって、そういう扱いを受けてきたんだって。
俺だって、お前には見てほしくなかったよ。
なのに、一緒に行くつったのは、お前だろ。なのにいくら惨めな姿だからって、見るのも嫌なんて……。俺に触られんのも嫌になるなんて、さすがに傷つくぞ。
「だって僕、………あんな……あんな細々と気が利く感じで、僕以外の人のこと優しくお世話してるヴァルの姿、見たくなかったんだもん!」
……………んん?
「は?………待て、何だと?」
「だーかーらーっ!僕、ヴァルがあの人たちを優しくお世話するの、見たくなかったんだってば!」
はぁ?いや、何でそうなる。
「お前、俺の言ってたこと、聞いてたか?」
「聞いてたよ。
つまり、僕がヴァルのやってることとか、やり方を勝手に邪魔してぐちゃぐちゃにしちゃったから……だからヴァルは怒ってるってことでしょ?
僕、ヴァルのしてきたやり方がイヤとか、変えようとか、否定しようとか思ったわけじゃ全然なくて──」
「いや、ちげーわ」
んなの、ルルドが色々と手伝ってくれたおかげで、助かったに決まってる。あいつらの稚拙な計画や準備を忘れちまうくらい、ルルドが合流してからは快適だったわ。
「え?………じゃあ、あの人たちとの仲を僕が邪魔したから……?」
「もっとちげーよ!気色悪いこと言うな。なんだ、あいつらとの仲って」
これは………はぁ、俺も悪いか……。
ぐちゃぐちゃのまま一気に捲し立てたから、全部ごちゃ混ぜになっちまって……伝わらなくても、仕方ねぇ。そもそも、何かを伝えようと思って言ったことでもねぇし。
「つーか……あいつらを優しくお世話、なんて俺がいつしたよ」
それ言うなら、お前の方が数日で随分と仲良くなってんじゃねぇか。
「ええー!してるよ!?してる、してる、しまくってるからー!!
隙あらば、すぐお世話やいちゃってるから!!」
「は?あいつらに?お前に対してじゃなくてか?」
「うわっ!!……でた!でたよ!!もうっ!ヴァルはホントに何もわかってない!」
「いや、特に今回は、これまでとは違うからよ。俺は審問官で、あいつらは裁かれる立場だ。努めて手を貸さねぇようにしてたはずで──」
「ウソでしょ。ヴァル、これまで一体、あの人たちに何してあげてたの……?
ウソ。ウソでしょ。ウソだって言って」
ルルドはただでさえ大きな瞳を、落ちるんじゃないかってくらい驚愕に見開いた。
「嘘っつーか……いや、だから普通に──」
「やだやだっ!言わないで!僕、聞きたくなーい!!」
今度は目をぎゅっとつぶって、耳を両手で覆うとぶんぶんと首を横に振る。
聞いてきたのは、お前だろ。別にいいけど。つまんねぇ話だし。
ルルドは黙った俺を、キッといつになく鋭い眼差しで睨んだ。
「ヴァルはそうやって、いつもいつもいつも……無自覚に人のことたらしこんでるんだよ!
僕にするみたいに!!」
は?何だ、お前。俺にたらしこまれてる自覚はあったのか。それこそ、嘘だろ。
俺の表情を見て、「何驚いてんの!僕の方がびっくりだよ!」なんてルルドが息巻く。
いや、俺が驚いてんのは、お前が「俺がお前をたらしこもうとしてた」ことに、気づいてたことだよ。で、気づいてて、アレかよってとこだよ。
「いい!?ヴァルが、あそこまでしてあげる必要は、全然無いんだよ!
みんな、いい大人なんだから。自分のことは、自分でするの!これ、当たり前でしょ。
ご飯を作るのはいいよ……いや、嫌なんだけど!
……うーん、だって……ヴァルのご飯は美味しいからね。
自分がするより美味しいの食べたいっていうのはわかるよ。
……うう、嫌だけど、わかるけど! わかるけども!!けど!けど、けど、けど!
だったらせめて、自分のご飯は、自分で運べよって感じだし!
準備手伝えよって感じだし!さらに片付けるのなんて、当然のことでしょ!
こんなの、孤児院の子供だってできることだよ!」
俺は、鬼気迫る形相できゃんきゃんと喚くルルドに圧倒されて、
「ああ……そうだな」
とだけ、返す。
なんか、あいつら説教されてんな。
あ……それともこれは、俺が説教されてんのか?
「そうだよ!もう、僕見ててホントにイライラして……もう、わけわかんないくらいイライラしちゃって……イライラのもやもやで……。
ヴァルが僕のお世話だけしてくれて、僕のご飯だけ作ってくれたらいいのにって思っちゃって……」
ルルドは、「へんなんだよ。僕……最近、むんむんもやもやしっぱなしで……」とぶつぶつと続ける。
拗ねてる、というか……へそ曲げてるというか。
わずかに寄った眉根に、しかめた目元。視線が少し左に泳ぎ、頬がむすっと膨らんでいて。
とにかく、一瞬で不快な気持ちが吹き飛ぶ可愛さだ。
自分で自分を抱きしめるみたいに腕をつかむ両手が、どことなく弱々しく見えて、竜なのに……なんて、思ったりして。
はぁ……まいる。
ルルドがこれだから、俺は結局、流されちまう。
モヤモヤして、振り回されながらも、まぁいいか、なんて思っちまうわけで。
「僕、ヴァルのしてきたことがイヤだなんて、全然思ってないよ。
僕がイヤだったのは……そういうことじゃなくて……」
これまた拗ねた子供みたいに、けれどわずかに怒りがこもった声色で、腹の内を吐き出すようにルルドは言う。
「僕、ヴァルがあの人たちといるときの……あんな姿見るの……どうしてもイヤで。じっとしていられなかったんだもん」
「………あんな、姿ねぇ」
そんなの、俺だって見られたくなかったに決まってんだろ。
あいつらにこき使われるのも、罵倒されるのも、蔑まれるのも、どうでもいい。俺自身は、もはや傷つかねぇから。
でもな。
あんな情けない俺を、ルルドには……ルルドにだけは見られたくなかった。
だから、黙って何も言わずお前を置いて来たんじゃねぇか。
俺はな。
確かにユーリの『物語』にある予言の通りになることを恐れて、お前を置いてきた。
けど、それと同じくらい、いや、それ以上に、あいつらといるときの俺の姿をルルドに見られたくなかった。
普段、お前に色々言っては、あんなに偉そうにしてる俺が。こうしてこき使われる側の、大したことのない人間だって、そういう扱いを受けてきたんだって。
俺だって、お前には見てほしくなかったよ。
なのに、一緒に行くつったのは、お前だろ。なのにいくら惨めな姿だからって、見るのも嫌なんて……。俺に触られんのも嫌になるなんて、さすがに傷つくぞ。
「だって僕、………あんな……あんな細々と気が利く感じで、僕以外の人のこと優しくお世話してるヴァルの姿、見たくなかったんだもん!」
……………んん?
「は?………待て、何だと?」
「だーかーらーっ!僕、ヴァルがあの人たちを優しくお世話するの、見たくなかったんだってば!」
はぁ?いや、何でそうなる。
「お前、俺の言ってたこと、聞いてたか?」
「聞いてたよ。
つまり、僕がヴァルのやってることとか、やり方を勝手に邪魔してぐちゃぐちゃにしちゃったから……だからヴァルは怒ってるってことでしょ?
僕、ヴァルのしてきたやり方がイヤとか、変えようとか、否定しようとか思ったわけじゃ全然なくて──」
「いや、ちげーわ」
んなの、ルルドが色々と手伝ってくれたおかげで、助かったに決まってる。あいつらの稚拙な計画や準備を忘れちまうくらい、ルルドが合流してからは快適だったわ。
「え?………じゃあ、あの人たちとの仲を僕が邪魔したから……?」
「もっとちげーよ!気色悪いこと言うな。なんだ、あいつらとの仲って」
これは………はぁ、俺も悪いか……。
ぐちゃぐちゃのまま一気に捲し立てたから、全部ごちゃ混ぜになっちまって……伝わらなくても、仕方ねぇ。そもそも、何かを伝えようと思って言ったことでもねぇし。
「つーか……あいつらを優しくお世話、なんて俺がいつしたよ」
それ言うなら、お前の方が数日で随分と仲良くなってんじゃねぇか。
「ええー!してるよ!?してる、してる、しまくってるからー!!
隙あらば、すぐお世話やいちゃってるから!!」
「は?あいつらに?お前に対してじゃなくてか?」
「うわっ!!……でた!でたよ!!もうっ!ヴァルはホントに何もわかってない!」
「いや、特に今回は、これまでとは違うからよ。俺は審問官で、あいつらは裁かれる立場だ。努めて手を貸さねぇようにしてたはずで──」
「ウソでしょ。ヴァル、これまで一体、あの人たちに何してあげてたの……?
ウソ。ウソでしょ。ウソだって言って」
ルルドはただでさえ大きな瞳を、落ちるんじゃないかってくらい驚愕に見開いた。
「嘘っつーか……いや、だから普通に──」
「やだやだっ!言わないで!僕、聞きたくなーい!!」
今度は目をぎゅっとつぶって、耳を両手で覆うとぶんぶんと首を横に振る。
聞いてきたのは、お前だろ。別にいいけど。つまんねぇ話だし。
ルルドは黙った俺を、キッといつになく鋭い眼差しで睨んだ。
「ヴァルはそうやって、いつもいつもいつも……無自覚に人のことたらしこんでるんだよ!
僕にするみたいに!!」
は?何だ、お前。俺にたらしこまれてる自覚はあったのか。それこそ、嘘だろ。
俺の表情を見て、「何驚いてんの!僕の方がびっくりだよ!」なんてルルドが息巻く。
いや、俺が驚いてんのは、お前が「俺がお前をたらしこもうとしてた」ことに、気づいてたことだよ。で、気づいてて、アレかよってとこだよ。
「いい!?ヴァルが、あそこまでしてあげる必要は、全然無いんだよ!
みんな、いい大人なんだから。自分のことは、自分でするの!これ、当たり前でしょ。
ご飯を作るのはいいよ……いや、嫌なんだけど!
……うーん、だって……ヴァルのご飯は美味しいからね。
自分がするより美味しいの食べたいっていうのはわかるよ。
……うう、嫌だけど、わかるけど! わかるけども!!けど!けど、けど、けど!
だったらせめて、自分のご飯は、自分で運べよって感じだし!
準備手伝えよって感じだし!さらに片付けるのなんて、当然のことでしょ!
こんなの、孤児院の子供だってできることだよ!」
俺は、鬼気迫る形相できゃんきゃんと喚くルルドに圧倒されて、
「ああ……そうだな」
とだけ、返す。
なんか、あいつら説教されてんな。
あ……それともこれは、俺が説教されてんのか?
「そうだよ!もう、僕見ててホントにイライラして……もう、わけわかんないくらいイライラしちゃって……イライラのもやもやで……。
ヴァルが僕のお世話だけしてくれて、僕のご飯だけ作ってくれたらいいのにって思っちゃって……」
ルルドは、「へんなんだよ。僕……最近、むんむんもやもやしっぱなしで……」とぶつぶつと続ける。
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