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Ⅲ.大好きな卵編

12.異界の者①

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ここから数話、胸くそ注意です!


******

 ある日、気づけば俺はこの世界にいた。 

 荘厳な白い建物の中で、祭壇と思われる場所の真ん中に、俺は立っていた。唐突に、何の前触れも無く。

 は……?ここ、どこだよ?意味わかんないんだけど。
 俺は……今日ムカつくことがあって……。むしゃくしゃして、さっきまで一人で部屋で……。

 それがなんだって、いきなりこんなところにいるんだ。

 祭壇を囲む沢山の人々の視線が俺に注がれている。ざわざわと落ち着きない声が、高い天井にこだまし響いた。

 ここは外国でも、もちろん日本でもない。赤や青、緑の毛髪の人は、まずにはいない。

 動揺しながらも、なんとか平静に努めて周りを観察すれば、突然の出来事に慌てふためいているのは俺だけじゃない。
 ここにいるすべての人間の様々な会話、感情が入り乱れている。
 中でも「予言」という言葉が多く聞こえた。

 俺、なんで言葉がわかるんだ?いや、今はそんなこと、どうでもいいよ。今の状況を把握する方が先だ。

 みんな一様に慄いているものの、俺へ向けられているのは敵意ではないみたいだ。中には拝んでる人もいる。
  
 これまでもそれなりにモテたし、ファンクラブなんてあったりもしたけど、さすがに面と向かって拝まれたことは無い。

 俺は丁重に扱われ、自身の身の上を尋ねられ、この世界についての説明を受けた。

 そして、気づく。
 
 ここは、小説『救済の予言、竜と共にある者』の世界だ。

 つまり……信じられないことに、ここはあいつが最期に読んでた本の世界みたいだ。

 俺から取り返そうとあいつが無駄に足掻いて、無駄に死ぬ原因になった小説の世界。



 俺、流依が死ぬ程大切だった小説の主人公になったみたいだよ。

 流依、喜んでくれるよな? 




  
 俺の名前は、神林かんばやし 優利ゆうりだ。
 この世界の人には発音しにくいらしく、みんな『ユーリ』と呼んだ。

 俺には双子の兄がいた。兄の名は流依るい。活発で物怖じしない俺とは対照的におっとりした大人しいヤツだった。

 俺たちが4歳のころだったと思う。
 両親は忙しく、裕福だった我が家は、俺と流依、そして家政婦のおばさんで過ごすことが多かった。

 その日は俺も流依も大好きなハンバーグだった。
 流依が、ほとんど空になったお皿を前にもじもじとごちそうさまをしないでいる。
 つけ合わせのミニトマトがお皿に残ってた。

「たべてあげよっか」

 深く考えず、流依のお皿のミニトマトを食べた。俺がミニトマトが好きだったから。ただ、それだけの理由だった。

 このことを両親が知り、俺が叱られるなんて、考えもしなかった。

 家政婦が話したんだ。ほかに考えられない。双子で嫌いなものを交換して食べ合うなんて、と微笑ましいエピソードとでも思ったんだろうけど。

 両親は子供にかまうことはあまり無かったが、躾にはとことん厳しかった。

 本当に、余計なことしてくれる家政婦だな。

 両親に問いつめられた俺は、とっさに「るいがぼくにたべてっていったから、たべたくなかったけどたべた」と泣きながら噓をついた。

 結果、俺が好物のミニトマトを勝手に食べたことで、流依は「ミニトマトを食べなかったこと」、そして「ミニトマトを優利に食べさせたこと」で怒られた。
 俺も「流依が苦手だからって、代わりに食べてはダメだ」と注意された。

 たかだかミニトマトくらいで、ムキになってバカみたい。

 なんて、子供ながらに冷めた目で見ていた俺と違って、流依は本当に素直だった。愚かなほどに。

「ごめんね……ゆうり。ぼくのせいで、ゆうりがおこられちゃった。ごめんね、ごめんね。ぼく、こんどからは、ちゃんとみにとまともたべるから」

 ぽろぽろと泣く流依を見て。

 俺の中に何かが芽生えた。

 別に、流依は悪くないのに。俺が勝手にしたことで、俺に謝ってる。しかも、俺がいいことをしてくれたのに、俺が怒られたんだって思って、心から俺に悪いと思って、罪悪感から泣いている。

 仄暗い心がぞくぞくと疼いた。

 4歳の時には言語化できなかったそれは、征服欲だとか、優越感だとか、そういう感情だったんだと思う。

 それから俺は、同じようなことを繰り返した。

 とりあえず、口が軽い家政婦には母のブローチをあげるふりをして、盗むのを見たと両親に告げ口し、やめてさせた。だって、あんなバカなのがいると、面倒だから。

 お菓子をこぼせば、「るいがたべたいっていったから、ぼくはいやだったけど……ごめんなさい」と言った。
 流依が怒られて、だけど流依はやっぱり何も言わなかった。ホントはただ、俺が食べたくて、勝手にとっただけだったのに。

 流依も俺も、反論すれば「言い訳するな」とさらに怒られるのがわかっていた。 
  
 流依の大切にしていたおもちゃを壊したときも、「るいがあたらしいのがほしいから、こわしてもいいっていった」と話した。
 次の誕生日は、プレゼントは俺にだけだった。流依はやっぱり何も言わなかった。

 ただ、悲しそうな顔で涙をこらえる流依の姿がたまらなくて。
 俺は誕生日プレゼントなんてどうでもいいくらいに、興奮して満足した。
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