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Ⅱ.体に優しいお野菜編

66.俺は、二人の家に帰る①

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 自警団の詰所を出て、家へ帰る。
 明かりの灯っている、それが当たり前になった玄関の扉を開けた。

 開けた瞬間に香しい匂いがふわりかおる。

 あー……腹が減ったな。そういえば、今日は朝も昼も、携帯食をかじっただけだった。あとは、あの飴。

 台所をみると、そこにはやはり鍋に野菜のスープが置いてあって、まだ湯気が立っている。

 まさか、あの後ルルドが何か作ったのか?眠そうに欠伸してたくせに。
 ったく、寝てしまえばよかったのに。

 そう思いつつも、じわりと込み上げてくる温かな思いは止められない。

 怒涛のような昨日と今日。
 今回は……いや、今回も大切なものをあっさりと失いかけた。

 それなの、ただこうやって家に……俺たちの家に帰ってきただけで、ほっとしてる。

 後処理、問題は山積みで、現実は変わっていないのに。

 灯りのついた家。食事の香りが漂う家。帰りを待つ人がいる家。自分以外の気配がある。それが、こんなにも良いものだとは。

 部屋を見渡せば、食事を食べる丸テーブルにルルドが突っ伏しているのが見えた。
 すぴすぴとお馴染みの寝息とともに規則的に上下する胸。

 俺を待ってるうちに、寝ちまったのか。

 まな板に包丁は汚れたままで、食器が二つ用意されている。
 ルルドもまだ、食べてないらしい。起こしたものか、このまま寝室に運ぶべきか……。

 そう悩んでいると、もぞりとルルドが動いて、俺は顔を覗き込んで、ぎょっとした。

 なんだ、この表情は。

 こいつに不似合いな……見たことのない表情。眉間にしわを刻むその表情は明らかに、苦悩と恐怖の表情であって。

 ……まさか、こいつ、うなされてんのか?

「おい……ル――」
「やだっ……やめて、やめてよ……」

 俺の言葉を遮って、桃色の唇が震えるようにか細い声をこぼした。

「いやだ……ダメだよ、優利……っ」

 ユーリ!?

「あ、……や……さむい……さむい……」
「おい、ルルド!」

 俺はルルドの体を揺さぶった。

「あっ……あ、え?……ヴァル?」

 ぼんやりとした寝ぼけ眼が俺を見る。とっさに上着を脱いで、ルルドにかぶせる。触れた肩がかすかに震えていて、俺の鼓動が激しくなる。

「ルルド、……どうした?」
「どうしたって………どうしたの?ヴァル……怖い顔してる、何かあったの?」

 うっせーよ。顔が怖いのはもともとだ。
 で、何かあったのは、俺じゃねぇ。お前だ。

「お前、今……何か……夢でも見てたのか?」

 お前、今、確かにユーリって言っただろう。

「え?………夢……どうかな。全然、覚えてないけど……。
 あれ……?なんでだろう。手が……体が、震えてる、ねぇ?」
「ルルド……」
「なんだろう、これ。えー……?なんで?」

 ルルドの顔色は蒼白で、唇が細かくわなないている。冷たい汗がじっとりと肌を濡らし、絹糸のような白い髪がぺったりと張り付いていた。
 小刻みに震えるルルドに合わせ、椅子がカタカタとなる。
 俺から見れば、至極わかりやすい見慣れた感情だった。

 なんだよ、お前。そんな強烈な気持ちが、自分でわかんねぇのかよ。

「お前、それ」
「あー……うん。僕……なんだか……」

 きゅっと紅い唇が結ばれて、感情ごと飲み込んだ。

 ルルドが今、体感している感情は、恐怖だ。
 ルルドは、何かに怯えている。脅かされている。そして、初めての情動に戸惑っている。



 黄金竜の長、グノの言葉が思い出される。

『ボクが竜気を与えると、ルルドの竜としての性質、強くなる。“迷い星”との乖離、混濁、同化、どうなるかわからない』

 新たな竜気と混じり合い、竜として成熟する過程で、ルルドの中の“迷い星”の記憶が表在化したっつーことか?

 ルルドの言った、ユーリが……あのユーリなのか、わからねぇけど……。
 逆に別人だなんて偶然がねぇだろ。
 だとすれば、あっちの世界で、互いに知り合いだったってことか?

『異界の者、ルルド、君に、引かれ合う魂』

 竜には魂なんてねぇだろうから……“迷い星”とユーリ、なんか因縁のある者同士なのか?

『引かれ合う宿命。魂の相性。どうあっても、何度でも引かれ合う。
 良いものばかりじゃない。執着、依存、未練、嫉妬生む、悪しき相性もある』

 はぁ………こんなん、どうすんだよ。
 どう考えても、いい宿命じゃねぇだろう、これ。

「変なのー。これ、変だよね。だって、竜はこんな風に何かに怖がったりしないよね」

 ルルドは、戦慄の止まらない体を自分でぎゅっと抱きしめて、無理矢理に笑顔を作って、その恐怖を逃がすようにつぶやく。だけど、その笑顔は引き攣って、声は震えていて。

「こんなの、僕……おかしい。イヤだ。イヤだよ……この気持ちは、すごくイヤだ」

 うわごとのように、「イヤだ、イヤだ」とただ繰り返す。

 その姿に、言葉に、ぞわりと背筋に寒気が這って、
 
「変じゃねぇよ。おかしくもねぇ」

 俺は何かを考える間もなく、椅子に座ったまま震えているルルドを抱きしめていた。
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