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Ⅱ.体に優しいお野菜編

65.俺は、白い竜に教えられる②

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 ルルドは、おれとは比較のしようも無いほどの奇跡の力で、俺の苦悩を取っ払って、願いを容易に叶えてしまう。

 ルルドはその竜の力をもってして、俺の苦痛も憂悶もまるで何でもないことのように、すべてをきれいさっぱりひっくり返してし、もはや飲み込んでいることすら意識できなくなっている悪意も、侮蔑も、爽快に蹴散らしてくれる。

 わかってる。ルルドは、竜なのに……。
 竜だからこそ、俺はあいつに救われている。

「ルルドが言うにはな……」

『あの人がやったことが、ヴァルのせいだなんて、そんなことは絶対に無いよ。
 悪いことだとわかっていて、やるって選んだのは、あの人だよ。
 たとえ、そうせざるを得なかったとしても』

「俺がやったことが、お前のせいなんてことは絶対に無いらしい」
「………っ」
「選んだのは、俺だよ。そして、デュランだ。ほかの奴も同じだよ」
「!!!」

 ケビンはずっと、苦しんできたんだろう。
 でも、それは本来ケビンが一人で抱える必要などない苦悩だ。

 確かに、ケビンが神官の荷物に手を出さなければ、孤児を竜気術の使い捨てにするような、そんな悪習は生まれなかったかもしれないが。

 でもな、それはお前の罪じゃないだろう?

 悪いのはどう考えたって神殿で、竜の名を傘に、予言を盾にして蛮行を繰り返す神官共だよ。

「俺や、デュランが何か悪さをしたらそれは俺たちの罪だよ。
 ……俺たちに悪いことが起こってそれが不幸なのだとしたら、俺たちの不幸だ。
 お前は何も悪くない」
「……っでも!」
「でも、じゃねぇ。人の背負うべきものを、勝手に背負うな。お前が一緒に不幸になる必要はない」
「……っ!」

 言って、その言葉がそのまま俺自身に返ってくる。
 デュランの背負うものを、俺が背負わなくていいんだ。

「そんなことしても、キリがないんだよ。わかるだろうが。
 それで……お前が死んだら誰が……誰が、喜ぶって言うんだ。爺さんや婆さんはどうなる。
 俺だって……お前には、お前の場所で、笑っててほしい」

 こんなことを言ってる、俺だって一緒だ。

『でも僕は、ヴァルが嬉しい方が、嬉しいから。
 ヴァルの好きなものも、楽しいことも、嬉しいことも……ヴァルが、当たり前に受け取ってほしい。
 全部ヴァルの……ヴァルだけのものなんだからら』

 まったくだよ。
 まさか、お前に……犬だと思ってた奴に、心底疎ましかった竜に、教えられるなんて。

『だからね。喜びを、奪われるのを……幸せを、傷つけられるのを……当たり前にしないでよ』

 泣きそうな顔で、訴えてくるルルドの声が俺の心にこだまして、ぎゅっと心臓が引きつる。そして、歓喜する心が、勝手に泣きたい気持ちにさせる。

 わかってる。わかってるんだよ。

 俺はたとえルルドが竜じゃなくても、間違いなくあいつに救われているってことは。
 もう、とっくの昔に、わかってる。

 ああ、そうだな。俺は、何も与えられずに、なのにさらに奪われて、それが当たり前だと思って諦めてた。
 糞みたいな状況だろうと、自分が耐えれば、我慢すれば、どうにかなるし、どうにもならないと思ってた。

 でも、それじゃあ駄目なんだよな。

「ケビン……お前だって、幸せになっていいんだ」

 そして、俺も。そうだろ。ルルド。

 ケビンの瞳からぼろり、と涙がこぼれた。次から次に溢れた涙が、そばかすのある頬を伝っていく。嗚咽をこらえきれなくなって、ケビンはおいおいと子供のように泣いた。

 俺はただ、ケビンが泣き止むまでその姿を無言で見守った。
 それだけしか、俺にはできなかった。
 でも、それだけで十分なことも、俺は知っていた。

 きっとケビンは、もう前を向いていける。俺と一緒で。

 どれほど時間が過ぎただろう。
 ケビンは赤く染まった泣き腫らした瞳と目元をぬぐって、数回深呼吸をした。

「はぁ……ルルド君って、ただものじゃないな。ヴァル兄にこんなこと言わせるなんて。
 威力が強力すぎるだろ」
「ああ、そうだな」
「あの容姿だろ。
 これまで色々と……色々と、遠ざけてきたヴァル兄も、いよいよたぶらかされたのかと思ったんだけどな」

 そんなに色々は遠ざけてねぇよ。

「あいつはああ見えて、かなり世話のかかる奴だぞ」

 あの容姿に安易にたぶらかされて近づけば、サクッと消されんのが落ちだぞ。

 ………いや、ホントに“竜隠し”がルルドの仕業じゃなくて良かったよ。
 それどころか、妨害してくれてたなんてな。疑って悪かったよ。

「そういうの、絆されるっていうんだよ」
「んな、単純なもんでもねぇよ」

 あいつは竜だ。俺がこの世で最も忌み嫌っていた。
 絆される、なんて一言で片づけられるほど、すんなりと受け入れられたほど、単純なもんじゃない。

「ふーん。
 ……あの人が自分の見た目含めて、他のことへの興味関心が無さ過ぎるのって、本当に記憶喪失だからなのか?」

 ドキリとした。
 が、それは表に出ないよう、淡々と日報の残りを記載する。俺の反応を観察しつつも、ケビンは続ける。

「初め俺が畑に行った時だって、俺のことなんて、完全無視だったしな。
 ヴァル兄の名前出して、初めて俺を意識したっていうか、視界に入ってるのに気づいたっていうかさ。
 ヴァル兄の名前ださなきゃ、きっと見向きもされなかったよ、あれ。
 畑のことは自分で色々考えて積極的にやってるみたいだったし、ヴァル兄に関することについては、異常に一生懸命そうだったから一安心かなぁ、なんて思ったけど」
「そうか」
「でもさ。あの人、やっぱりちょっとおかしいよ。変。ヤバい」
「あー……まぁ、変わってはいるな」
「俺が死にかけてて寝てた時も……多分、あの時、死にかけてたんだと思うけど。ものすごく体がきつかったから。
 俺の重篤感を完全無視して、何度も何度もキャンディ屋の名前を聞かれたときは、何この頭おかしい人、って思ったよね。
 いやさ。助けてもらったみたいだし、こう言っちゃなんだけど。
 でも、瀕死の人間に、何よりまずキャンディ屋の名前聞くってどうなんだ?」

 ルルド、お前って奴は……。
 でも、そのキャンディ屋のお陰で、ルルドはケビンを探して、さらに怪我を治したんだったか。

 その事実を知っている分、なまじ叱ることもできない。

 俺は、ルルドが『人』では無いとわかっているから、あの行動にまだ納得できるが。
 知らないならば、確かに『人』としては異常だな。いろいろと。

「あんな人に、一体何をもってあんなに懐かれてんだよ」

 懐かれてる。そうか、他人から見てもそう見えるのか。

「ヴァル兄。ニヤついる」
「は?」
「え?無自覚?最近のヴァル兄、結構な頻度でめっちゃニヤニヤしてんよ。
 こういう時って、ルルド君のこと思い浮かべてんだよな?」

 ケビンは呆れたような、けれどどこか納得したような、それでいて嬉しそうに言う。

「はぁ、そっかそっか。
 俺の生死<<<<……<<<ヴァル兄にあげる飴、てくらい盲目的な重ーい愛が、ヴァル兄にはちょうどいいってことか。
 そりゃあ、これまでの人じゃ、軽すぎるよな。
 はぁ……なるほどな。そっか、そっか」

 なんだ、その憐れむような眼差しは。納得いかねぇ。

「もう、なんでもいいよ。ヴァル兄が幸せならさ。
 ルルド君にもお礼言っといてよ。まぁ、俺からのお礼なんて気にもされないだろうけど。
 これ以上関わると俺、馬どころか竜に蹴られて死にそうな気がするし」

 いきなり核心を突くなよ。これだから、ケビンの観察眼は馬鹿にできないんだ。
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