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Ⅱ.体に優しいお野菜編

59.僕、知ってしまいました②

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「俺とケビンとデュランは……、ああ、デュランってのはさっきの青髪の奴なんだがな。
 一緒に路上で生活してた、まあ、昔馴染みなんだよ」

 あ、さっきの青い人のことか。ヴァルが察しが良くて、助かった。ていうか、誰のことかわかってないの、バレバレだった。

「ある日、ケビンがな。神官の持ち物に手を出したんだ。
 ケビンは目ざとくてな。運悪くどんくさい神官がいたんだよ。ガキに荷物をすられるような、鈍いのがな。
 これは当時の俺らには最大のご法度で……捕まれば、ただじゃすまないからな。
 で、これまた運悪くケビンが盗んできた荷物の中に竜石があったんだ。デュランがそれに触れて……青銀竜の竜石が勝手に反応して、暴走した。
 俺らはみんな吹き飛ばされて、何人か死んで、そして残りは孤児院に保護された。
 デュランはすぐに、貴族の……神官の家系に引き取られて。神官になった。
 1年も経つと、デュランの才能が、ずば抜けていることが知れた。元々、運動神経もいい奴だったし。
 そこから孤児に対して、竜気の属性や、竜気術を使える能力なんかを神殿が積極的に調べに来るようになったんだよ。
 俺もそれで、自分の特性を知られて、神官になった。
 デュランや俺は、運よく生き残ってこれたけど……実際、神殿に召集されたものの……すぐに使い捨てされた奴らもたくさんいる。……本当に、覚えきれないほど、たくさんな」

 ヴァルは淡々と語っているけど、その裏にある激情が僕には痛いほど伝わってきた。ちりちりと焦げるような匂いに満ちているから。

 ヴァルは「覚えきれないほど」なんて言ってるけど、きっと、一人残らず覚えてるんだよね。

「まぁ、だからケビンは、自分のせいで……デュランや俺が、他の奴らが神官になった……って思ってんだよ。
 だから、デュランを止めたかったんだろうな。俺に罪を擦り付けることも、わかってたのかもしれねぇ。
 俺が他でもないデュランにそんなことされれば、それを知れば、傷つくとでも思ったんだろうよ」

 ヴァルは、小さく「ホント、馬鹿な奴」と悪態をついた。
 それがとても優しい声色で……でも、とても悲しい匂いがした。

「神殿の奴らからすれば、誰が手足になろうが、手足がどうなろうが、新しいのと取り替えればいいだけで、痛くも痒くもないんだよ。
 俺が、ああなってれば……デュランはならなくて良かったし、ならなかったんじゃねぇかと……」

 ふーん。

 だからあの青い人はヴァルだって。ヴァルはそう言うんだね。

 はぁ……まったく、もう。ヴァルは、優しすぎるよ。

「ヴァル」
「あー……すまん。くだらんこと話して。いまさら言っても──」
「ヴァルは、ヴァルだよ」

 全然、くだらなくなんかないよ。いまさらでもない。

「ヴァルはヴァルで、思いたいように思って、したいようにしたらいいじゃない。
 あの人が何だろうと、どう思おうと、どんな悪事を働こうとも。
 ヴァルはヴァルなんだから」
「………は?」

 何、そのきょとん顔。かわいいんだけど。ヴァル、かわいいな。

 だって、僕は思ってるんだよ。
 ヴァルは、もっと自分を大切にしてほしいな、て。

「僕は、さっきの青い人のこと嫌いだけど。嫌いって言うか、大大大大大大ーー……っ嫌いだけど。
 ヴァルにとってはあの人と一緒に過ごした大切なときがあって……うーん、しんどい時を一緒に乗り越えた、昔の仲間?ってことなんでしょ?」
「あ……ああ、そうだな……仲間、か。
 確かに、あの時は……仲間、だった……。俺は、そう思ってる。
 だけど、あいつは──」
「あの人と一緒に笑ったり、泣いたり……ヴァルにとって大切な思い出があるんだよね?」
「……ああ、そうだ。そうだよ。その通りだ。
 はぁ……俺、馬鹿みたいだろ?あいつは、間違いなく許されないことをした。俺も、あんなことされて、なのにぐだぐだと──」
「それでいいじゃない。大切な気持ちは、大切なままで。何がダメなの?
 だって、それはヴァルのもので。ヴァルの自由なのに」

 僕も200年生きてきたから、それくらいのことはわかるよ。

 ヴァルは、あの人がどんなに悪いことをしても、酷いことをしても、嫌いになれないから、憎めないから、許したくなっちゃうんだよね。

 だけど、絶対にどうしても許せない、許しちゃいけないとも、同時に思ってる。

 だから、あの人を好きだと思う自分が間違ってる、ってそう言うんでしょ。
 それを、バカみたいだって言ってるんでしょ。

「ヴァルがヴァルの思いを大切にすることに、他の人なんて関係ないよ。
 それには、あの人がヴァルをどう思ってるか、だとか、あの人がどれだけ悪いことをしたかなんてこと、関係ない」

 ヴァルがどう感じて、どういう気持ちを抱えるかは、ヴァルだけの自由で、とっても大切なことだよ。

「ましてや、あの人がやったことが、ヴァルのせいだなんて、そんなことは絶対に無いよ。
 悪いことだとわかっていて、やるって選んだのは、あの人だよ。
 たとえ、そうせざるを得なかったとしても」

 ヴァルとの関係の中で、あの人が何か負を抱えたとしても、それはあの人が勝手に自分で処理しなくてはいけなかったことだ。

「あの人の罪は、あの人のものだよ」

 自分の感情にも、選択にも……自分で責任を持たなくてはいけない。
 自分で、悪しき方を選択しておいて、その選択を他人のせいにするなんて、そんなのはただの甘えだ。

「ヴァルだって、辛いのや苦しいのは、全部ヴァルのものだったでしょ。
 誰も欲しがらなかったよね?もらってくれななかったよね?
 それは全部、ヴァルが一人で受け止めて、一人で乗り越えてきたことだよ。
 それどころかヴァルは、人の分まで押し付けられてきたんじゃないの。
 誰も、何もしてくれないのに」

 ヴァルはただ、一人で……辛いことに孤独に耐えなくてはいけないのに。耐えてきたのに。

「それなのに、ヴァルが自分で得た……当たり前に受け取っていい良いことは、ズルいだなんて。
 そんなの無いよ。絶対にない」

 横取り、ダメ、絶対。

「許せなくても、あの人が好きなら、好きでいいんだよ。
 あの人にされたことが、悲しかったら、悲しんでいいんだよ。
 それが、バカみたいなんてこと、絶対にないよ。
 全部、そのままで大事にしたらいいじゃない」

 まぁ、僕は、あの人が嫌いだし、嫌いだけど。嫌いしかないけど。
 でも、それはヴァルの気持ちとは関係ない。

「そう……なのか………?」
「そうだよ。悲しいのも、悩むのも、嬉しいのも、喜ぶのも。ヴァルの心は、全部、全部、ヴァルの大切な一部なんだから」
 
 ちゃんと、全部、大切にしてほしい。

 僕は、ヴァルの手を取って、ぎゅっと握った。
 ヴァルは、全然わかってない。この手でどれだけの人を助けてきたのか。
 どれだけの自分の大切なものを、掴まずに諦めてきたか。

「でも僕は、ヴァルが嬉しい方が、嬉しいから。
 ヴァルの好きなものも、楽しいことも、嬉しいことも……ヴァルが、当たり前に受け取ってほしい。
 全部ヴァルの……ヴァルだけのものなんだから」

 僕、知ってるんだから。
 ヴァルは、嬉しいことを楽しいことを、素直に喜べないって。

 自分の為した良いことを奪られることに慣れ過ぎて、ヴァルは正当な評価を受け取ることにも、自分が不当に人のものを奪ったみたいな罪悪感を抱いている。

「だからね。喜びを、奪われるのを……幸せを、傷つけられるのを……当たり前にしないでよ」

 もっと、自分を大切にしてよ。
 ヴァルはちゃんと価値のある人だよ。

「まあ、僕にとってはあの人はヴァルを悲しませた嫌なヤツだから、絶対に許さないけど」

 ヴァルの気持ちは、ヴァルの気持ちだ。それと、同じように僕の気持ちは、僕の気持ちだ。
 ヴァルにこんなに思われておいて、ヴァルをこんなに悲しませてるのが、何よりも許せない。

 これだけは断言しておく。僕は、絶対にあの人を許せない。許さない。

「………お前は──」

 ぐきゅるるうるぅぅぅ~……

 そんな、僕の心情を吐露する、感動の場面?で、お腹が盛大に鳴った。

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