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Ⅱ.体に優しいお野菜編

57.俺は、改めて自己紹介する⑤

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 いまだに身体を内側から侵食しようとうねる黒い竜気をいなしながら、呆然とするデュランに向き合う。

「ユーリに何を言われたんだ?なんといって、あの石を渡された?」
「………突然、何を、」
「ユーリに、青銀竜の長に俺が一人で抜け駆けして会ったから、俺がいればデュランは竜騎士になれない、とでも言われたんだろう?」
「……っ!」

 だって、お前ずっと俺のこと避けてたじゃねぇか。関わるのも、視界に入れることすら不快だと言わんばかりに、無視してたくせに。

 そんなお前が、わざわざ俺を脅かすために、いきなりこんなこと考えつくかよ。
 こんな、万が一にでも失敗すれば、自らも没落するようなリスクを、俺のために負うなんてありえねぇだろうが。

 唆されたんだろうな。
 俺が青銀竜の長に会ったことを知っているのは、ルルドと、そしてテティの名と素性を知っているらしいユーリだけだから。

 ユーリはデュランの切実さにつけこんだんだ。
 他の二人は、元々裕福な神官の家柄だから。神殿や神官という職務への献身はあっても、デュランほど切羽詰まった事情は無い。

 常に、崖っぷちに立たされて、突き落とされても文句も言えないような、惨めったらしい体験はきっとしたこともない。

「今回の全部を俺のせいにすればいいと、そうすれば、俺はただじゃすまないから。まぁ、神官の身分を使っての、人身売買。罪状的には問答無用で死刑か?
 だったらここで、殺されようと……どうなろうと、同じだもんな?」

 行方が分からなくなっても、逃亡したことにすればいいだけだ。

「デュラン、あれは“澱み”の結晶だよ。ある意味、黒い竜石と言っていいだろうな」
「何だと……?」

 竜石を取り込んだ生物がどうなるか、デュランだって知ってるはずだ。

「あれを取り込んだ俺が、どうなるはずだったかわかってんのか?ただ、俺が死ぬだけじゃ済まないんだぞ。
 俺は自我も何もかも失って、ただ暴れ回る怪物にでもなっただろうよ。
 そうなれば、真っ先に死んだのはデュラン、お前だ」
「──っ!!!」

 “澱み”は体も心も蝕んで、俺を殺す。けれど、それは本当の意味で“死”の訪れを許してはくれない。荒れ狂う苦痛の中で、狂気の怪物となって、まずはデュランを殺したに違いない。

 もし、俺がルルドの竜騎士になっていなければ、ルルドが成長していなければ。絶対にそうなっていたはずだ。

「お前、馬鹿だよ、デュラン。なんで自分も俺と同じことをされるって、そう考えねぇんだよ」

 ユーリはお前に俺を殺させようとして。
 俺にお前を殺させようとしたんだ。

 お前だって、ホントは分かってんだろ?ただ、いいように利用されてるってことが。
 わざわざ人の弱いところを抉っては揺さぶるような奴の、どこがいいんだよ。

 俺は、お前に俺を殺させようとしたユーリを、絶対に許せそうにない。

「いつもっ……いつも!お前はそうやって……スカしやがってっ!!
 俺が利用されてるなんて、百も承知なんだよ!その上で、俺が竜の神子ユーリを利用してんだっ!!」

 そんな器用じゃないくせに。俺やケビンと一緒で。

 俺の制止を聞き入れず、デュランは右手の剣を握り直し、そして俺へとまっすぐに突っ込んでくる。
 俺はそれが、まるでスローモーションのようにゆっくりに見えて。怒りと絶望に顔をゆがめたデュランの表情が全部、はっきりと見えた。

 きっと、俺も同じ顔をしている。

 込み上げてくる怒りが誰の、何に対するものなのか、もはや俺にはわからない。きっと、これも同じだ。そうだろう、デュラン?

「もう、やめようぜ」

 俺は低くはっきりとそう告げる。

「俺は、お前とは戦わない。これまでも、今も、これからも、ずっと」

 俺とお前が傷つけあうくらいなら、関わらない方がいい。お互いにとって、絶対に。

 渦巻く黒い竜気を右手から放った。

 俺の意思を得て、黒い竜気が形を成す。地下室のかび臭い闇が、そのまま具現化したように黒い影がぶわりと溢れて、そしてデュランに襲い掛かった。

「な、なんだ……、おいっヴァレリウス──」

 デュランの姿が影に覆いつくされ、漆黒の闇に飲み込まれていく。俺に延ばされた腕が最後、真っ黒な中に取り込まれると、その闇は急速に収束した。

 黒い闇が消えたとき、そこには何もなかった。
 デュランの声も、姿も、何も。

 ただ、静寂が耳に痛い。長い溜息をついて、俺はルルドが抱えていた院長を担いだ。

「行こう」

 いつまでも、ここにいても意味が無い。
 院長を安全な所へ寝かせなくてはいけないし、自警団の仕事として、奴隷商人たちの処理も残っている。

「よかったの?」
「………ああ」

 ルルドは、わかってんだろうな。
 俺が、デュランを逃がしたことを。

 俺はここから距離のある場所へデュランを移動させた。ちょっとやそっとじゃ、見つからない距離の、遠い場所だ。

 二度と会わないなら、何だって同じだろう。

「僕は、何でもいいよ。ヴァルがそれでいいなら」

 デュランの罪でない罪も、きっとデュランの罪になる。

 処罰は免れない。身分の剥奪のみならず、家への影響も直接的、間接的に十分にあり得る。
 デュランはその命をもって、ことを納めなくてはならなくなる。

 デュランがしたことは、許しがたい。当然の報いだ。

 孤児や、市民をさらい、売るなどという蛮行。それに加担し、主導しただろう罪。
 さらに、恩人であるはずの院長に罪を着せ、ケビンを拷問、命を奪おうとした。
 そして、その全てを俺に着せようとした。

「どうして、こうなっちまったんだろうな……」

 それなのに俺は、この期に及んで、あいつの敵にもなれないなんて。
 
 あー……こういうところがきっと、デュランを苛立たせてきたんだろうな。

 もう、どうでもいいことだけど。どうにもならないことだから。


 気づかぬ間に差し出した俺の手を、ルルドがすかさずぎゅっと握ってくる。
 そして、嬉しそうに屈託ない笑顔で「えへへ」と笑った。

「帰ろっか。僕たちの家に。ね?」

 ぐいぐいと、見ためよりもずっと強い力が、俺を引いて前を行く。

 繋いだ手の触れたところから軽くなっていく気がしたのは、黒い竜気が抜けていくからだけでは絶対になかった。


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