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Ⅱ.体に優しいお野菜編
40.俺は、パンケーキである②
しおりを挟むその場の人々の視線が当然のように大神官に集中し、ざわりと喧騒が広がる。
それもそのはずだ。奴は汚らしい股間を丸出しで、下半身のみさらされているのだから。
「うー……胸とかお尻まさぐってきて……全部、全部ヴァルのなのに!」
今度は俺に視線が集中する。
胸?尻……?何が俺のなんだ……?
ルルドはごそごそと胸元と尻を自分でまさぐり、手の中のものを俺に押し付ける。
「は?……ああ」
飴………だな。
それ以上でも、それ以下でもない。どう見ても、ただの飴。
俺の手の中には、透明な包みにくるまれた飴玉が5つあった。
「僕、ちゃんと守ったからね!全部、ヴァルのなんだからね!!」
潤んだ瞳が必死に訴えてくる。
ああ……もしかして、これを俺にくれんのか?
なるほど…美味しそうな飴だな。なんで、ルルドが飴なんて持ってんだ?さてはこいつ、あれだけ注意したのに、一人で街に出たな。
こいつも後で、説教だ。
…………………って、いやいや。
まさか。まさかだが。
もしかして、もしかしなくても、こいつ大神官にこの飴を取られようとしたと思ってんのか?
馬鹿か、こいつ。
馬鹿だわ、こいつ。
絶対違うだろうが。
誰が飴なんて欲しがるんだよ。んな平和なもんじゃねーわ。
危機にさらされてんのはお前自身だよ!
お前が食われそうになってんだよ!
つーか、知らねぇ奴に触られんの嫌じゃなかったのかよ、この駄竜!!
「あの人、僕に臭いの押し付けてきたんだよー。
あー臭かった。ヴァルので、上書きさせて」
ルルドは俺の気も知らないで、くんくんといつものように思いっきり匂いを嗅いでくる。
ルルドの意図は大きくズレているものの、発言自体はあながち真実からズレてもないから、訂正に困る。
くきゅるるうぅぅ……
どうやら腹も減っているらしい。相変わらず忙しい奴だ。
一通り、俺の匂いとやらを吸引して満足したのか、俺にしがみついたままルルドは、いまだに巨大ワームと格闘する奴隷商人へと目をやった。
「あ、畑のワームくんたちだ。こんなところまで出てきて、何してるの?」
違った。目がいったのは奴隷商人ではなく、巨大ワームの方だった。
「お前の畑ので間違いないんだな?」
やっぱり、そうかよ。
「うん。僕の畑のワームくんたちだよ。え?他にもこんなに大きなワームがいるの?」
「絶対いねーよ」
こんなんが、ウヨウヨいてたまるか。
「このワームくんたちが土を良い土にしてくれるんだ。土が良くなれば、お野菜が美味しくなるでしょ。
だからね、そのお願いを込めて僕が名前を付けたんだけど、そしたら大きくなって。畑を耕すの手伝ってくれるんだ。
えっとね……この子が、ワーイチで、ワージ、ワーサブ、ワーシ、ワーゴ、ワーロク、ワーナ、ワーヤ、ワーク、ワージュ、だよ」
だよ、じゃねぇよ。どうやら全部で10匹いるらしい。
しかも、見分けがつくのかよ。人は全然覚えねぇくせに。すごいな、お前。
「これ……お前、ワームを使役してんじゃねぇのか?」
「ああ。そうかもねぇ」
自我の乏しい生物を名付けて使役する竜気術は、それこそ竜騎士が使ったと言われる伝説の術だ。
ルルドは竜そのものなのだから、使役しても何ら不思議じゃない。
「この子たちのお陰で、いいお野菜がとれてるようになって、みんなに好評なんだよ!」
「ああ……なるほど」
「それに、結構かわいいし」
「………………」
「え?かわいいよね。つるつるテカテカして。あの丸いお口なんてドーナツみたいでしょ」
同意できねーよ。可愛いってのは、もっとこう……。
俺の頭には、自ずと真っ白な毛玉が尻尾をふってる姿が浮かんできて。咳払いしてかき消す。
「はぁ……まったく。お前、そのうち蜂でも使役して、蜂蜜つくったりするんじゃねぇの」
「………へ?蜂?
え。ヴァル、天才?」
「いや、なに乗り気になってんだよ」
「ヴァルは、蜂蜜好き?」
「まぁ……嫌いじゃないが」
ルルドはきらきらと瞳を輝かせながら、何やら思案し「ヴァルの匂いとハチミツ……うん。ベストマッチ。じゃあ、次は養蜂が正解……?」と、意味不明なことをぶつぶつと呟いている。
「けどよ。何もワームを使役しなくても……」
もっとこう……あるだろ。それか、アレか。逆に、自分に無いものを求めて惹かれるってやつか?
「ヴァルがさ。前はよくお野菜のスープ作ってくれてたでしょ?
だから僕、ヴァルはお野菜が一番好きなんだと思ってたんだよねぇ」
「いや……野菜は嫌いじゃねぇけどよ」
前は、体調が悪くて、食欲何て皆無で、流し込むようにスープばかり食べていただけだ。
「ヴァルに美味しいお野菜をあげたくって。僕、頑張って色々工夫したんだけどなぁ」
「は……?」
つまりなんだ。
こいつは俺が野菜好きだから、あんだけ広い土地を開墾して、毎日せっせと熱心に世話して、さらにワームまで使役したってことか……?
俺に、美味い野菜を食わせるために?
「なんというか……力の無駄遣いじゃあ……」
「な!?無駄なわけないじゃん。最重要でしょ!
ヴァルは本当に自分の価値がわかってないんだから!
ヴァルのためなら……ヴァルのつくった美味しいご飯のためなら、僕、手間暇惜しまないからね!」
あー………訂正。俺、改め、美味い飯のためだった。
でも、本来は竜の力っつーのは、そういうことに使うもんじゃないだろ。たぶん。
「もっとこの世の竜気の均衡が、だとか、この世が在るために、とか。そういうもんに力を使うもんなんじゃ……」
なんたって、神官が竜気術を使う際の名分がこれだからな。現実はクソだが。
「えー?おいしいご飯より重要なことある?
ていうかさぁ。むしろ、他に力を使う意味がわかんなくない?」
あー……うん。お前はそうだろうな。
「ヴァルだって、前に『この世の危機より日々の糧だよな』て言ってたじゃない」
「あー………」
言ったな。言った、言った。糞みたいな連中に飽き飽きして、言ったわ。
でも、竜のお前がそれ言うと、マジで洒落になんねぇから。
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