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Ⅱ.体に優しいお野菜編
36.俺は、謀略に巻き込まれる①
しおりを挟むケビンが消えた。
ケビンが俺たちの家で夕食を共にした直後の出来事だ。
あの日、ケビンは自宅に帰らなかった。そしてそのまま、忽然と姿を消した。
翌朝には、俺は神殿直轄の騎士団に呼び出され、その事実を知った。そして、最後に会った者として事情を聴かれた。
不自然極まりない。
普段は市民一人の動向など興味もなく、杜撰な捜索しか行わない神殿直轄の騎士団が、たった一人、一晩行方が分からなくなった程度で、翌日には調査に乗り出すなんて。
いつものように、早朝に気持ちよく起こされた俺は、ひとしきり朝の運動に励んで、欠伸をしながら自警団の詰め所へと向かっていた。
その途中の大通り、わざわざ人目に付くところで、まるで連行されるように騎士団へと連れていかれたことも気に入らない。
取り調べは淡々と進み、俺もただ真実のみを述べた。そして、すぐに帰された。これもまた、奇妙な話だった。
何かが起こっている。
神殿が関係している、俺を巻き込む、良くない何かが。ケビンも巻き込んで。
そしてそれは、おそらく俺が自警団へ派遣されたことと何か関係がある。
神殿と直接関係のないケビンが、何かしら火の粉を浴びたのだとしたら、その原因は確実に俺だ。
だから、ずっと言ってたんだろうが。俺にあんまり関わるなって。
ケビンは皆に可愛がられる気のいい奴だ。何も俺に関わらなくともよかったのに。
こんな事態が起こることを、俺は最も恐れてたんだよ。
口の中で転がしていた飴をガリっと嚙み砕く。焦燥と憤怒と後悔が胸中で入り乱れ、くしゃくしゃと乱暴に頭をかいた。
自警団に派遣されて以来、俺はこれまで派遣されていた神官たちの動向を探っていた。
真面目に職務に当たっていた神官がいなかったということは、すぐにわかった。まあ、想定内だ。
そして、時に横暴な態度で、規律を破っていることも。
取り締まられるべき暴力や窃盗事件を、もみ消したり。
街の出入りについて、人や物の検閲を省略したり。
もちろん、すべては金や権力で解決だ。
マジで、ろくでもねぇ。
俺が自警団に派遣されて、すぐにわかったんだ。
ずっと自警団にいたケビンが気づかないはずが無い。
あれは、暢気そうにしていてよく周囲を観察している。抜かりなく、鼻がいい。
気づいていて……なぜ俺が派遣されたときに、あいつはすぐに言わなかった。
絶対に、俺にあえて黙っていて、余計なことに一人で首を突っ込んでるに決まってる。
あの馬鹿!無事でいろよ。見つけたら、即説教だ。
自警団は総出で街やその周囲を緊急捜索した。
“竜隠し”だ。と、誰かが言った。
ヒヤリと冷たいものが、背筋を伝う。これまで“竜隠し”にあったもので、無事に発見されたものは一人としていない。
いや、馬鹿げてる。竜が人なんぞ、隠すわけがねぇ。
体中に充満する強烈な焦燥を無理矢理に押し込め、ただ時間だけが過ぎていく。なんの痕跡も見つからぬまま昼が過ぎ、夕になり、夜がきて、明けた。
そして今日も、同様に捜索を続ける。
害されるには十分な時間だ。もしも、遠くへ連れて行ったのならば、もはやここで捜索する意味もない。
昨夜は家に帰れなかったが。連絡する暇もなかった。ルルドはちゃんと家に帰って、飯を食っただろうか。
時間だけが過ぎて、あっという間に日が傾いた。焦りだけが募る。久々にきりきりと鳩尾が痛む。
絶望が落ちつつある緊迫した自警団に、通報が入った。
――『街に隣接する森で巨大な生物が人々を襲っている』
俺は苛立ちから、思わず舌打ちする。
ったく!なんで今なんだよっ!なんでよりによって今、こんな騒動が起こるんだ!!
心情としてはそれどころじゃない。刻一刻と、ケビンは危うい状況に至っているに違いない。もしかしたら、もう……。
わかってる。放置するわけにもいかない。ケビン捜索の手を一時中断し、現場へと急ぐ。
現場は孤児院からさらに郊外に進み、街の東門をくぐった先にある隣接する森。
駆けつけた俺は、目の前の光景を眺めて……そして、予想外の奇想天外な光景に息を飲んだ。
――なんだ。この生き物は。
それらは巨大な蛇のような長くうねる生物だった。
赤褐色の細長い躰には、節のような縞のような模様があり、全体としてじっとりと粘液に覆われ湿っている。闇夜にテカテカと不気味な輝きを放っていた。
絡まり合い、個体が判別できないが、少なくとも複数いると思われる。
数匹は頭……と思われる側をもたげているが、目も鼻もない。ただ丸い穴だけがそこにはあって、ぎざぎざとした細かい棘が並んでいる。おそらくあれが口なのだろう。
こいつら……もしかして、ワームか?
これまで俺は、さまざまな生物が竜気にあてられて巨大化した怪物を見てきたが。
ワームが巨大化したものなんて、記録ですら見たことも聞いたこともない。
なぜなら基本的には竜石を偶発的に取り込ん動物が、狂暴化、巨大化することが常だからだ。ワームなんて小さい生物が竜石を取り込むことなど、普通はあり得ない。
この未曽有の事態に、白い毛玉が俺の脳裏をよぎる。
まさか、あいつか……?この怪物にはもしや、あいつが関わってんのか?
「助けてくれ……っ!この化け物共が……!!ヒィっ!!」
んで、誰なんだよ、このおっさんたちは。はた迷惑な連中だな。
謎の巨大ワームと思われる怪物に、男たちが10数人、巻きつかれて捕らえられている。
巨大ワームはうねうねと緩慢に動きながら個体の身体同士を絡め合い、その男たちを逃がさないとばかりに拘束していた。
後から追いついてきた自警団の団員たちは息を切らしながら、けれど巨大ワームの存在に俺よりもずっと遠くから、こちらへ近づくのを躊躇っている。
まあ、気持ちはわかる。
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