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Ⅱ.体に優しいお野菜編

33.僕、黒い人や臭い人に絡まれてます①

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「ヴァレ…………?」

 誰それ?

「しらばっくれる気?」

 しらばっくれるっていうか、本当に知らない。
 えーっと、なんて人だったっけ?もう、覚えてもない。

 僕、人の名前覚えるのすっごく苦手なんだよね。ほら、僕、200年も生きてるし。


 僕は今、知らない4人組に街中で取り囲まれて、絶賛尋問中です!もちろんこんなの初体験です!

 お買い物に続き、今日二つ目の初体験だ。なんて、貴重な一日だろう。

 真っ黒な人は、僕の後ろにいる青い髪の人に、「孤児院で保護してるって話じゃなかった?」などと、何やら確認している。

 うん。それは僕のことで間違いなさそうだけど。
 だからといって、こんな風に絡まれる意味が分からない。

 僕一人を、僕より大柄の人が複数人で取り囲んだ状態。その異様なさまを、周囲の通行人はちらちらと窺っている。

 この人たちは何がしたいんだろう。何が目的で、僕に話しかけてきたの?

 …………はっ!もしかして、僕が持ってる飴狙いとか!?

 え。何?あのキャンディ屋さん、そんなに人気なの?
 人を盗みへと誑かすほどの魅惑的な味ってこと?

 えーっ!すごい。何それ。めちゃくちゃ期待しちゃうから!

 うーん、そうだとしても。この人たち、お金ありそうなんだから、自分で買ったらいいのに。

 はっはーん……ケチなんだね?ものすっごく、ケチなんだ。

 ずっとなんか僕にぶつぶつ言ってきてるし、もうこれってやっぱり、皆まとめてサクッと消しちゃおう案件なんじゃない?

「君が彼に何か――………」

 一方的に問い詰めてくる言葉が途切れ、黒い瞳の視線が僕の首元で固定された。

「ちょっと、待って。その首飾りって……」

 首飾り。

 その単語に僕の意識がぴりっと研ぎ澄まされた。

 僕の首には、先日ヴァルがくれた黒革に銀製の鎖がついた、首飾りがある。見えないところに紫色の石が揺れる、この世に一つしかない大切な首飾りが。

 それめがけて伸ばされてきた手に、僕はもう我慢できなかった。

 誰にも触れられたくない。

「触らないで」

 その一言で、十分だった。

 僕の発した言葉に、びりびりと空気が震える。
 僕を中心として、おおよそ5m程度。僕と、僕を取り囲む4人はまるで時が止まったように、動かなくなった。

 いや、動けなくなった。

 竜は、この世のすべてを知っている。
 それは、この世の現象のすべてが、竜の意のままであることを意味する。

 僕の黒い竜気が彼らを包囲している。網のように、鎖のように、全身をからめとって、その場に縛り付ける。

 きっと今、彼らはずっしりと重量級のおもりをつけられたごとく、身体が重くなり動けないはずだ。

「なっ……なに、これ……」

 4人が一様に、己の身に何が起こったのか、理解できないでいる。
 焦りと驚き、そして恐怖に彩られた表情が移ろい、こちらへと怒りの眼差しがむく。

 この首飾りは、僕のだ。ヴァルがくれた、僕だけの。
 これに触れることが許されるのは、僕かヴァルだけだ。

 僕は今、なにものも僕の瞳には映っていない、凪いだ顔をしているだろう。

 そうだ。元来、僕にとって人はそのほかの背景と何ら変わりないこの世の一部に過ぎない。
 肌を撫でていく風、ざわざわと揺れる木々、流れては落ちる水、燃え上がる炎に、踏みしめる大地。それらと、動物や……そして、人。

 全部が等しく同じ……目の前を流れていく、僕の前を通り過ぎていく、ただそれだけの存在。

 それが、そうではなくなったのは……いつだっただろう。

「それ……隷属の首輪、だよね?……やっぱり、ヴァレリウスは君を、」

 隷属の首輪?何それ。
 この首飾りは、僕とヴァル、二人でお揃いの大切な首飾りなんだから。他人にとやかく言われるいわれはない。

 もう、さっきから変なことばっかり。何を言っているのか全く理解できない。
 理解できないけれど、ずっと感じる嫌な気持ち。悪意と敵意をびしびしと感じる。

 だって、僕には、目の前の人が真っ黒にしか見えないんだから。
 僕、なぜだかよくわからないけど、この人の近くにいちゃいけない気がする。

「この、どろぼ~~~っっっ!!!」

 だから、僕はそう叫んだ。

 通行人にさざ波のように動揺が広がっていく。
 誰も何もしなかったとはいえ、僕がこんなことを叫べば、あたりがパニックになるのは目に見えている。

 僕はその波瀾に乗じて、4人の合間をすり抜け、瞬時に気配を消す。
 そして、その場を後にした。

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