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Ⅱ.体に優しいお野菜編

19.俺は、白い竜を餌付けしている④

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 俺のこの感情は、単純に動物を可愛いっていうのとは、明らかに違うもんだよ。

 今の俺には、上目遣いで俺の気を窺いながら顔を摺り寄せてくる毛玉の背後に、人型のルルドが容易に思い浮かんでて、どうしようもなく可愛く見えている。

 俺の頭が狂っちまって見せる幻覚なんだろうか?
 長いこと鎮痛剤を使い過ぎた副作用か何かか?

 でも、こいつにとって俺は、飯係もしくは飯そのものなんだろうなぁ、なんて。

 くだらないことを、繰り返しぐだぐだと考えちまうのも……頭がわいたとしか思えねぇ。

「ヴァル兄……その……手、大丈夫なのか?食われない?」
「はぁ?ビビりすぎだろ、ケビン。食わねぇよ。なぁ?」
『うん!ヴァルの手ってすごく甘くて美味しいから、つい舐めちゃうんだよねぇ。ぺろぺろ。あー美味しい!』
「ヴァル兄知らないのかよ。
 こいつ……犬一匹で、狼の群れを全滅させたっていう話があるんだぞ。全部残らず噛み殺したとか、なんとか……」
「ほう……」

 そんな話もあるのか。

「お前、狼の群れを噛み殺したのか?」

 そろそろ舐めるの止めろよ。手がふやけてしわしわになってんだろ。

『えーっ!?そんなことしてないよ!!』

 竜体なのに、ちゃんとぷんぷん怒っているように見えるから不思議なんだよな。

『僕はただ、狼の群れにたまたま会っただけ!
 あっちが勝手に逃げて行ったんだから。
 噛み殺すなんて……ああ、想像しただけで吐き気がする。僕、生肉なんて食べないんだからね!
 ていうか、やっつけたのはクマだし!それだって噛み殺したりしてないよ。
 前足でこう……一撃ズバッとしただけで』

 言って、ルゥは右の前足をぶんと振り下ろした。

 それは……どっちが、どうなんだ?

 そうか。お前、孤児院だけじゃなくて、この周辺も守ってくれてたのか。
 守るつもりで守っていたのかは謎だけどよ。いや、そんなつもりは微塵も無いだろうが。

 少なくとも結果として、実際に獣害を減らしてくれていたことは事実だろう。
 俺は何かと街を離れることも多かったから、まったく知らなかった。

 ありがとな。助かったぞ。

 お礼も込めて、真っ白な柔らかな極上の毛並みを堪能するように頭を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めてすりすりと甘えてくる。

 はぁ……駄目だ。これ、可愛いだろ。間違いなく、可愛いじゃねぇか。

「お前、もう今日は孤児院に帰っとけよ。この辺は、俺らが見回るから」

 で、頼むから、これ以上余計なことをしでかさないでくれ。

『わかったー。ヴァルも、早く帰って来てね!僕、お家で待ってるからねー』

 そう鳴くルルドに、俺は笑みで返事を返した。

 ルルドは踵を返し、林の中へと入っていく。

 あいつ、孤児院まで一直線に突っ切るつもりだな。
 人が林や森を突っ切ってたらかなり怪しいからな。不審者として通報されない意味でも、犬の方が便利だろうな。

 林を分け入っていく白い後姿を見送っていると、毛玉は不意に足を止めてこちらを振り返った。

『あ!そういえばさっき、おっきな蛇がいたから、リボン結びにしてあっちに放っておいたよー』
「あー……そっか。気を付けて帰れよ」

 そんな物凄い面倒ごとを押し付けて、緑の合間に白い躰はすぐに見えなくなった。

 『あれ、毒が無かったら食べられたのになぁ。残念』という最後の言葉は聞こえなかったことにする。

「ヴァル兄、あいつって首輪してたよな?」
「あー……俺が外したんだよ。いろいろあって」

 人の姿であの首輪を……俺の作った首輪をしている様があまりにも倒錯的っつーか……。
 
 全裸に首輪だぞ。しかも、俺の作った。どんな変態野郎だよ、俺は。

 あんなもん、ルルドが人型になって気を失っている間に速攻で外したわ。

「ふーん。でも、何もつけてないと、害獣として駆除の対象になりかねないよ」

 確かに、あんな姿でうろうろしていれば、危険極まりない。

 俺はルルドがいまだに竜体をとることがあることを知らなかったから、何の対策も講じていなかったが。

「そうだよ。ほら、あいつ毛並みがいいし。万が一捕まって、観賞用とか、はく製とか……」

 竜のはく製。それは随分と希少なアイテムだな。

「ま、早めにどうにかしねぇと、ヤバいだろうな」

 もちろんヤバいのは、ケビンが言うようなことを心配してのことじゃない。

 クマを前足で一撃ザクっと殺れるような奴が、人に捕まったり、皮を剝がれるなんてことはありえない。

 俺が懸念しているのは、あいつに出来心で手を出した奴がこの世から綺麗さっぱりいなくなる、もしくはそれ以上の何かが起こることだ。

 ヤバいのも、危険なのも、あいつを襲った方だ。

 何が起こるかは想像もつかないが、想像を超えたことが起こることは容易に想像ができる。そして、俺は必然的に巻き込まれることになる。

 ルルドが言った方角へケビンと行く。
 確かに大蛇が……体長5mはあるだろうサーペントスネークが、似つかわしくないかわいらしいリボンの形で息絶えていた。

 あんぐりと口を開けたまま固まるケビン。

 ほらな。あいつはいつも想像を超えてくるんだよ。

 はぁ……ったく、こんな人外、面倒みきれねぇだろ。俺くらいしか。


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