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Ⅱ.体に優しいお野菜編

11.俺は、白い竜の飯係に転職した②

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 満面の笑顔で、俺に手を振るルルドにめまいがする。

「ねぇねぇ見て!ヴァル、いい感じでしょ?」
「……………………」

 ルルドの周りには、バルコニーではしゃぎまくっている見知った孤児院のガキどもが見える。

「なかなか上手くできたと思うんだけど、どう?どう?」
「…………………………」

 いや、院長。なんであんたまで混ざって浮かれてんだ。

「あれ?聞こえないのかな??」

 なんて言いながら、ルルドは平然とバルコニーの柵を跨ごうとするので、

「おい、待て」

 俺は掌を向けて、それを制した。

 お前今、二階から普通に飛び降りる気だったな?
 いや、お前が身軽で、それくらいなんでも無いことは知っているが。それが普通じゃないと、なぜわからない。やめてくれ。

「まぁ………こんな人外なことしでかしといて、二階から飛ぶなんて今更か……?」

 そんな考えがよぎる。

 いやいや。駄目だ。俺がしっかりしなくてどうする。

 ふぅー………………。

 俺は、長く……長く、長く息を吐いた。そして、気持ちを落ち着ける。

「俺がそっちに行くから、そこでじっとしてろ」

 玄関を開けて滑らかに音もなく開く扉に、むしろ違和感しかない。木目が美しい廊下も軋まない。軽い足音がコツコツと小気味よく響く。
 1階はホールと、調理場、浴室に、トイレ、そして院長室。二階へと階段を上がれば、そこは子供たちの寝室だった。年齢と性別を考慮し、4つに区切られていた。
 そして年長者の寝室から続いてバルコニーがあった。

 これはこれは。素敵で立派な孤児院だな。

「――っじゃねぇよ!!!
 馬鹿がっ!ルルド、お前自分が何したかわかってんのか!?」
「え?ここ古かったでしょ。だから、ちょっと作り直してみたんだけど」

 どこか気に入らないところがあった?とばかりに大きな瞳を輝かせて首を傾げる表情には、憎めない何かが詰まっている。

 俺が言葉を失っていると、ルルドがはっとした。

「あっ!………そうか。そうだよね。こんなことしちゃ、ダメだったよね……」
「あぁ……やっと、わかったか……」

 あれだけの構造物を跡形もなく廃棄するだけでも異常だ。さらに新しい物を作り出すなんてことは、通常の人が行使する竜気術では不可能なのだ。

 というか、何をもってしても人には無理だ。

 こんな人智を超えた天変地異とも言える現象を易々と起こしては、自分は竜です!と主張しているようなものであって……。
 しかも、孤児院のガキどもと、院長の前で、堂々と。もしかしたら、通行人にも見られてる可能性だってある。

 もし、ルルドが強欲な神殿に目をつけられれば、どうなるかわかったもんじゃない。
 俺でさえ、これまで嫌というほど……それこそ、死ぬほどこき使われてきたっていうのに。

「ヴァル、ごめんなさい」
「はぁ……どうするつもりだよ、これ」
「僕、ヴァルの思い出いっぱいの場所を、勝手に壊しちゃったんだよね!ヴァル、ごめんね!」
「ちげぇよ!目立つなっつってんだよ!」

 駄目だ。この駄竜、全然分かってねぇ!

 俺とルルドのやり取りを、ガキどもと院長が心配そうに見つめている。

 あ?これじゃあ、俺が水差した悪者みたいじゃねーか。

 俺は頭を抱えて溜息をついた。

「はぁ………まあ……。もう、やっちまったもんは仕方ねぇ」
「やっぱり……思い出、」
「いや、だから違うっつーの」
「隣に復元しようか?」
「絶対すんな」

 復元てなんだ、復元って。そんなことができるのかよ、恐ろしい奴だな、おい。

 以前の孤児院だって、当然ながら懐かしさや思い出重視で、おんぼろが維持されていたわけではもちろん無い。単に建て替える予算が無かっただけだ。

 何もすべが無かっただけだ。

 俺だっていつ崩れるかわからないこの場所は、常に憂いの対象だった。

 新しいベッドで、底が抜けるなんて心配する必要もなく、楽しそうに飛び跳ねている子供たちと、それを嬉しそうに眺める院長を見れば、俺だって自ずと温かい気持ちが込み上げてくる。

 方法にこそ苦言を呈さざるを得ないが、ルルドのやったこと自体には感謝しかない。

 ふっと頬が緩んだ。

「あ!あとね。院長の許可もらって、孤児院の裏手の荒れ野原を、全部畑にしてみましたー!!」

 ルルドは、「じゃじゃーん」と自身で効果音を口にしながら、裏の窓からの景色を両手で示す。

 ああ、確かに孤児院の裏手は、手入れする人も無くて、荒れ放題だったな。
 …………けどよ。あの原っぱ、神殿の敷地くらいの広さはあったはずだけど。

 土地だけは持っている院長保有の土地だけど、切り株やら岩がゴロゴロあって、とてもじゃないが開墾できる土地じゃなかった。
 だから、売ることもできず、金にもならないのに、管理費だけは取られるという、どうしようもない場所。

 あれを全部、畑にねぇ……。

 緩んだ頬が速効でひきつる。

 院長が「これで、食料の心配がなくなればなぁ」なんて言って、「えへへ。僕がしっかり育てるから大丈夫だよ。もう芽が出てるはずだし!」なんてルルドが答える。

 あー……一体、どうやってあの広さを一人で管理するつもりだ?
 しかも、もう芽が出てるだと?何をどうやって育てたら、んなことになるんだ。

 駄目だ、これは。
 院長にルルドを任せてたら、この二人で何しでかすかわかったもんじゃねぇ。絶対、悪いようにしかならない。

 俺がしっかり監視してねぇと。

 俺はその場で神殿の宿舎を出て、ルルドと住むことを決めた。





 俺はどこでだって生きていく自信はある。無断で神殿を出奔することだってできた。

 もし、ユーリとの衝突の後、ルルドが現れず、かつ生き残れたら、間違いなく神殿には戻らなかっただろう。

 俺が神殿にとどまったのは、ひとえにルルドを……あの暢気な腹ぺこの竜を、可及的速やかに一人前の竜にするためだ。

 俺は何かと便利だから。ああして……特に金になることを見せつけておけば、神殿の方からは俺を手放さないのはわかっていた。

 だから俺は、俺の意志で、神殿に留まった。
 俺は自分で自分の価値を理解しているつもりだ。使い勝手が良くて、いつでもどこでも捨て置ける、金になる奴。
 そう思われている方が動きやすいし、情報も集まってくる。

 竜の情報が自ずと集まってくる神殿を離れるのは、悪手だ。

 そして、ルルドの飯が不要になるまで飯を確保するにも、神殿にいる必要がある。
 人間的な食事のことじゃない。俺らが言うところの、“澱み”。青銀竜の長が言っていた、黒い竜気の方の話だ。

 これは俺か俺の周囲の奴が竜石を使って、竜気術を使わないと溜まりづらい。
 竜石は神殿がほぼ独占しているし、普通に買うには高価過ぎる上、竜気術なんてものはその辺でポンポン使えるような気安いもんじゃない。
 神官という身分があるから、行使が許容される。

 つまり、神殿を離れれば、竜石も手に入らず、竜気術を使う場もない。そう言う意味でも今はまだ、神官でいる方がいい。

 まったく……腹ぺこの食い扶持を確保するのも、楽じゃねぇ。

 そして……。

 やはり、ユーリはこの世界の竜について、この世界の誰も知らない事実を知っている。
 竜の長の名前など、どの文献にも記載はない。

 何を知っているかはわからないが、その知識を利用させてもらわない理由は無い。


 俺は、あいつにとって“澱み”を……黒い竜気を求められるだけの食糧庫的役割に、いつまでも甘んじているつもりはねぇんだよ。

 さっさとルルドを成熟させて、あとは俺の好きにやらせてもらう。
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