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Ⅱ.体に優しいお野菜編

3.僕、役に立つ竜です③

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 ああ……なんかものすごくイイ匂いがしてきた。うん、こっちだ……どんどん濃くなってくる。

 ついついいつものようにいい匂いのする方へと自然と足が向く。
 で、僕は当然のようにその人のところへ辿り着いた。

 神殿の裏手にある倉庫のような建物の前で、大量の武器や防具に埋もれるように座り込んでいる。
 黙々と真剣な表情で剣や弓を検めているようだ。
 余程作業に集中しているのか、僕にも全く気付く気配が無い。

 うん。やっぱりあの白くてずるずるした神官服、全然似合ってない。

 僕は後ろに回り込んで、

「ヴァル!」

 その人の名前を呼んで、後ろから背中にのしかかるようにぎゅうっと抱き着いた。


 そして、密かにその美味しい匂いを胸いっぱいに吸い込んで堪能する。

 はぁ……イイ匂い。今日もたまらない香り!

「は?……な、ルルド?お前、なんでこんなとこいんだよ」
「えへへ。驚いた?」

 目を見開いてこちらを振り返るヴァルに、僕は満足して笑顔を返す。

「俺は………神殿には絶対来んなって、そう言ったはずだが?」
「うん!だから、内緒で来ちゃった!」

 驚いた?サプライズ成功した?

 ……あれ?何だかヴァルが驚いてるっていうより……慌ててる?そして、怒ってる。
 うーん……あっ!もしかして、僕に見られちゃまずいものでもあるのかな?

 もう、大丈夫なのに。ヴァルがどんなことしてても、僕はヴァルのこと大好きだよ!

 そんな思いでぎゅっとヴァルを抱きしめた。

 むむ……。ヴァルって背は僕より少し大きいくらいなのに、なんかこう……全体的にがっちりイイ体してるね。

 僕のイメージでは、神官ってひょろひょろしたイメージだったんだけど。

「うーん……ヴァルってエラくないでしょ」

 僕はヴァルに抱き着いたまま、その身体を確かめるようになでなでする。

「お前、ケンカ売ってんのか?いきなり何言い出すんだ」
「え?だって人族のエライ人って、太ってないとなれないんでしょ?」

 僕がこれまで見てきたエライ人は、大体太ってたよ?さっき会った神殿の偉い人も太ってたし。

 ヴァルの身体ってこう……ぎゅっとしてるもんね?ぎゅっと。
 神官服って、ダボっとしてるから分かりにくいけど、ヴァルはしっかりと鍛えられた筋肉ついていて、肩とか胸とか背中とか腕とか、引き締まってるもんね。

「はぁ?お前、何言って………まさか、大神官にあったのか?」

 大神官?

「誰それ?」
「その……いかにも偉そうな……脂ぎって、でっぷりした……」
「ああ、あのものすごく臭い人だよね?」
「くさっ……?……ぶ、はっ」

 一瞬きょとり、と表情を無くしたヴァルは、次の瞬間には大声で笑い出した。
 そして笑いが止まらなくなったようで、そこからしばらくお腹を抱えて息ができないほどにひいひい言って笑い続ける。

 ヴァルのこんな爆笑、初めて見た。ヒィヒィ言って、涙まで出てる。

 うんうん。ヴァル、楽しそうでよかったね。
 何が面白かったのか僕にはわからないけど、ヴァルが楽しいなら、僕もうれしいよ。

 ヴァルは息を整えて、滲んだ涙を手の甲で拭う。そして、僕に説明してくれる。

「大神官は、神殿で一番お偉い人だ。神殿のすべてを取り仕切ってる。
 あの人は……俺のことを良く思ってねぇからな。
 まあ、この前ご機嫌取りしたからしばらくは大丈夫だと思うが。今後は近づくな」

 ヴァルは先ほどの笑いを吐き出すように嘆息して、神妙な面持ちで言う。

「うん。わかった」

 さすが一番偉い人だ。一番臭かった。あれだけ臭い人って中々いない。それに、臭い人のところには、臭い人が集まりがちだから、神殿の人は臭い人が多いってことだ。
 神殿すごい。ご飯がすごく不味くなりそうだ。

 言われなくても、あんな臭い人たちに、好き好んで近づかないから安心してね!
 あー、もう!臭いの思い出しちゃったじゃない。
 お口直しならぬお鼻直しで、ヴァルの匂いを嗅いじゃうから。

 抱き着いたままヴァルの首筋に鼻を埋めて、すんすんと嗅ぐ。

 そうそう、これだよ、これ!
 この美味しそうな焼き立てパンみたいな匂い、僕が大好きないーい匂い。

 神殿の人たち、みんなホントに感謝してよね。ヴァルはこの臭い神殿で、脱臭剤で芳香剤みたいな存在だよ!!

 みんながご飯を美味しく食べられるのは、ヴァルがいるからだから。間違いない。

「他には誰かに会わなかったか?」
「え?うーん……わかんない」

 声はかけられたけど。いちいち覚えてない。

「はぁ………ま、そうなるだろうな」

 言って、ヴァルがまじまじと僕を見る。

 え?僕、何かついてる?ちゃんと顔も洗って、寝癖もついてないはずだけど。
 服はただの白いシャツだし、ズボンも普通の黒いズボンだし。何も変なとこないよね?

「………食いもんで釣られたりしなかったろうな?」
「しないよー。ヴァルだけだよ」

 ヴァルに会ってからは、僕、ヴァルからしかご飯もらってないから。

「ならいいが。
 ……ったく、いい加減離れろ。汚れるだろうが」

 ヴァルはそう言って僕を引きはがし、いつものようにおでこをぴんと指で弾いた。

「いたっ……えー、僕もう人型だから、抱き着いてもヴァルのこと汚さないよ?」

 竜体の時みたいに前足でヴァルの白い服を汚す心配も無いよ。好きなだけ抱き着けちゃうでしょ。いくらでも匂い嗅げちゃうでしょ。

「馬鹿。汚れんのは、お前だよ」
「え?……ああ、ホントだ」

 良く見るとヴァルの神官服には、恐らく武器の錆や汚れた油、泥などの汚れがべったりとついている。
 抱き着いた僕の服にも同じように汚れがうつっていた。

 ヴァルの頬にも黒っぽいススがついていて、手も真っ黒に汚れていて。でもその少し汚れてくたびれた感じが……何だろう。

「ヴァル……なんか、その格好似合ってるね」
「あ゛?汚れた格好が似合うって……お前――」
「一生懸命作業してる職人ぽくて、すごくかっこいいよ!」

 真っ白な神官服が汚れてるのは、神官としては良くないんだろうけど。
 むしろ、こっちの方が断然かっこいいよ!

「は……?あぁ……はぁ?」
「あ。そういえば、僕が前にしてた首輪もヴァルが作ったって言ってたもんね!」
「あ、ああ……まぁな」

 今は無い、竜体のときにしていた黒い革の首輪を思い出し、僕は自分の首を撫でた。

 あれ、シンプルお洒落で結構気に入ってたんだよね。

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