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Ⅰ.主食編

29.俺は、腹ぺこ竜に救われた③

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 ユーの瞳は狂気に染まっている。

『君が、全部悪いんだから』

 言葉の意味が分からず、俺は返事ができなかった。

「………は?」
  
 俺が、悪い?
  
「そもそも、これは君の役目だよ。
 今頃、君はとっくに黒い神官として覚醒して、黒い竜を隷属させて……この世を危機に陥れているはずなんだから」

 俺の役目?黒い神官って何だ?竜を隷属……だと?そんなこと、何のために……いや、不可能だろう。
 いや、それ以前に、俺はそんなことする気は微塵もない。

「……お前、何を言って――」
「ヴァレリウスは『竜に見放された子』。憎いでしょう?嫌いでしょう?この世界も竜も、君を利用する神官たちも、神殿も。
 それなのに、何にしがみついてるのさ。君がさっさと堕ちないから、こうして俺が苦労する羽目になる。
 知ってるよ。君が黒い竜気を溜め込むことが出来るってこと……ああ、この世界では“澱み”て言うんだっけ」
「なっ……」

 誰にも話したことのない俺の体質について言及され、たじろいだ。

「ここのクラーケンは、本来なら君が黒い竜気を与えて暴走させるはずだったんだ。
 それを俺たちが退治して、青銀竜の長に加護をもらう。そういう話のはずなのに」
  
 まるで、規定事実のようにユーリは言う。

 これまでも、こういうことはあった。ユーリがそう言うと、それは予言のように現実になった。
 けれど、今回は……ユーリが何を言っているのか、理解できない。
  
「そうしないと、俺がこの世を救えないでしょう?」
  
 笑みさえ浮かべているように見える、目の前の少年が未知の人物に見えて。俺はひっそりと息を飲んだ。
  
「ユーリ……お前、一体……何なんだ……?」
「俺は竜の神子だよ。皆が、そう言ったじゃないか。
 安心して。俺がちゃんと話を正しい道筋に、戻してあげるから」
  
 そう言って、ユーリはまたあの顔で笑った。

 そして、何のためらいもなくひっくり返された革袋から、ぼとん、ぼとん、と鈍い水音をたてて、大粒の竜石が湖の中に吸い込まれていく。
  
「なっ……やめろっ!」
  
 俺は一気に間を詰めて、ユーリの握った袋ごと、その手を強く掴みそれ以上の投石を防ぐ。
  
「なっ……離せよ!」
「誰が、離すかっ!」
  
 竜気術に関しては、俺はユーリの足元にも及ばないが、単純な身体能力で言えば場数が違う。こんな細腕に力負けするはずがない。腕を捻り上げ動きを封じたところで、ユーリが叫んだ。
  
「悪役は悪役らしく、ちゃんと自分の役目を果たせよっ!!」
  
 ユーリの手に赤い竜石が光るのが視界の端に映る。
  
 まさかここで……こんな森の中で炎を使うつもりか!?
  
 俺はとっさにユーリの持つ竜石の入った袋を握りしめ、渾身の力を奮う。
 ユーリの放った炎と、俺の放った大量の水。赤と青が一瞬だけ混じり合い竜巻のように渦巻いて―――……突如爆発した。
  
 高温の水蒸気が熱風となって、俺を襲う。気づいたときには、俺は大木を背に地面にへたり込んでいた。
 背中が酷く痛む。
 どうやら爆発の衝撃で吹き飛ばされて、背中から木に打ち付けられたらしい。
  
「っ!どうしたんだ!!」
「何だ、今の爆発は?!」
「ユーリ!大丈夫か!!」
  
 ようやく騎士様たちのお出ましかよ。おせえっつーの。ちゃんと見張っとけよ。
 ……ああ、もしかして、何か盛られてたのかもな。まぁ、それすらも俺のせいにされるんだろうけど。
  
「ヴァレリウスが……竜石を……」
  
 ああ、そうだよ。
 竜石を、お前が湖に投げ込もうとしたのを、防ごうとしたんだよ。
 いつもそうだなぁ、おい。皆まで言わず、人を良いように勘違いさせて、俺を悪者にしやがって。マジで悪魔かよ。
  
 しかし、どんな威力だよ。畜生が。性根は腐ってても、竜の神子ってことか。相殺しただけ、マシだった。直撃してたら焼き殺されてた。
  
「ユーリ、怪我してるじゃないか」
「ここは一旦、退却しよう」
「クラーケンはまた改めて、討伐しにくればいい」

「でも、貴重な竜石が全て……」
  
 俺の手の中に有る、ユーリから奪い取るように引っ掴んだ革袋に視線が注がれる。

 ああ、クソっ……息がつまって、声も出せねぇ……。
 これが、無属性と全属性の違いだよ。こっちはしっかり“澱み”が溜まって、頭はズキズキ痛むわ、全身ぎりぎりと軋むわ。
 俺はいちいち命を削ってんだよ。

 俺を一瞥する冷淡な複数の瞳も、もはや見慣れたものだ。それなりに長い間共に戦ってきたはずの神官3人も、俺の言葉なんてとっくの昔に届かなくなっている。

 気が狂った俺が、ユーリの持っていた竜石を盗んでクラーケンを狂暴化させ、この世を混乱に陥れようとした。そういう創作物語だろうか。

 まあ、こいつらにすれば、それが真実なんだろう。ちっとも面白くねぇ物語だな。

 ユーリ。お前が湖に放った分でも、クラーケンを化け物に育てるには、充分だぞ。それを放って、お前はいくのかよ。

 俺の心の中の訴えなど、聞こえるはずもなく、4人は、一度も振り返ることも無く……諸悪の根源とも言える竜の神子を守るようにして、足早に去っていった。
  
  
  
 でも。ああ、今度こそ……俺は、解放されるんじゃないのか。

 苦痛の中で俺を支配したのは、いつかも感じたことがある暗い期待だった。


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