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Ⅰ.主食編

28.俺は、腹ぺこ竜に救われた②

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「ヴァレリウス……君、このままで大丈夫なの?」
「は?」
「だって……この程度の竜気術で、息を切らすなんて……これじゃあ、今後、旅に同行させられないよ」
  
 この程度?この神子は、山でも吹っ飛ばすつもりか?

 第一、俺がいつ、旅に同行したいって言ったよ。
  
「ま、俺は竜の神子とは違うからよ。できねぇで当たり前だろ。邪魔になったら、いつでも外してくれて構わない」
  
 俺はそれでいい。
  
 そういう風に言い返されたのが予想外だったのか、ユーリは一瞬たじろいで、
  
「そんな……怒らないで。俺、君が心配なだけで……」
  
 すぐに、弱々しい被害者に転じた。
  
 俺は怒ってねぇし、こいつが俺の心配なんてしてないことはわかってる。
  
 案の定、周りはユーリを庇い、俺を責め立てる。これがいつものこの神子の常套手段だ。
  
 ああ、面倒くせぇ。
  
 歪みそうになる心に、ふわりと温かなものが満ちる。
 俺の具合が悪いときこそ、煩わしいくらいに俺に纏わりついては、ぺろぺろと俺をだ液まみれにしてくる毛玉を思い出す。
 あの不安そうな顔を……本気で俺を心配する顔を思い出せば、不思議と自分を損なうことが馬鹿らしく思えた。



 竜のありがたい予言が現実になろうが、救世主と皆が信じて疑わない竜の神子が現れようが、俺の神殿での苦痛は変わらなかったが。

 ルゥとの出会いは、確実に俺を変えた。

 俺は毎日、息をするのが、楽になった。
 

  
 そんな日々が続き、焦げるような苛立ちが燻ってくる。

 これまで、ほぼ間違いなく予言を的中させてきたユーリの言葉が、現実にならなくなってきたからだ。
  
 ユーリの言う竜の長のいる場所に、ことごとく目的とする属性の長は現れなかった。
 ユーリが、「竜騎士になる旅に出よう」と言って、何の成果もなく、ただ1年と3ヶ月が過ぎた。
  
「なんで……っ!なんでなんだ?!どうして、誰もいないんだ!」
「ユーリ、大丈夫だ。きっと、すぐに――」
「何も知らないくせに、適当なことを言うな!!」
  
 あーあぁ……。すっげぇ形相。被った猫が逃げてんぞ。
  
 これまで様々なことを的中させてきたユーリへの信頼は、これくらいでは揺るがない。

 それに、ユーリが赴いた場所は、文献上でもそれぞれの竜の長が降臨したとされている有名な場所だったため、それほど見当違いとも言えなかった。

 ただ、結果として、何の手がかりも進歩もなかった。
  
「あっ……ごめん。もし、このまま皆が竜騎士になれなかったらって……僕、不安で……」
「ああ、ユーリは優しいな」
「そんなに、俺たちのこと心配してくれてるんだな」
「一人で、背負わなくてもいい。俺たちがいる」
  
 そもそも、何故、今、竜騎士が必要なんだ。
 今が予言のようにこの世の危機だとでもいうのか?竜気による被害だって、むしろ減ってる。
 最近、一番人々をにぎわしてる話題は、ここ数年近年まれにみる豊作だってことだぞ。
  
「やっぱり……やっぱり、ダメなんだ……。このままじゃ、きっと……」
  
 ユーリは、ぶつぶつと独り言のように囁いて、この世界と解離した深刻さを、一人匂わせた。
  
「ここ。次は、ここへ調査に行こう」
  
 ユーリが指し示した場所は、以前からクラーケンが出るという噂のある場所だった。大した被害は報告されていないため、経過を見られていた場所だ。
  
「ヴァレリウスも絶対に来て」
「は?……ああ」
  
 んなこと、わざわざ確認されなくとも、俺はいつも強制的に荷物持ちだろうに。
  
「絶対だよ」
  
 黒い瞳は深淵へと俺を引きずり込む。
 
 

 
 
 クラーケンの目撃情報がある湖へは、何事もなく着いた。
 至って平穏な自然に満ちた森の中。夕日が凪いだ静かな水面を照らし、きらきらと輝いている。
  
 はぁ……ま、予想通り、大したことはなさそうだな。
  
 日も暮れたため、本格的な調査は翌日にすることになる。俺が、夕食を準備していると、
  
「クラーケンに竜石を与えるんだ。狂暴化して、暴走すればこの辺り一帯の竜気が大きく乱れる。そうすれば、竜の長は確実に姿を現すはずだ」
  
 耳を疑うような、神子の言葉が聞こえてくる。
  
 誰が救世主だって?こんなの狂ってる。
  
「そんなことして、もし制御不能になったら……?」
  
 騎士候補の三人も、さすがに狼狽えているけれど。
  
「もし、暴走しても、俺がどうにかするよ」
  
 どうにかって、どうするんだよ。
  
「大丈夫だから、俺を信じて。
 それに、ヴァレリウスもいるじゃない」
  
 ………は?
  
「彼だって、全ての属性を使えるんだから、ね。彼は彼の役目を果たすだけだよ」
  
 ユーリはそんなことを付け足したけれど。
  
 ああ、そう言うことか。
 どうやら俺は、失敗した時の押し付け要因として同行させられたらしい。その時は、そう理解した。
  
  
  
 夜の見張りも俺の仕事だ。
 テントから抜け出す人の気配に、俺は静かに後をつける。

 人影が一つ、湖のほとりにしゃがみ込み、水面を見つめている。その手には、見覚えのある小さな革袋が一つ握られていた。

「それ、全部クラーケンの餌にするつもりか?」

 革袋には、ぎっしりと竜石が詰まっている。
 あのすべてがクラーケンに取り込まれれば狂暴化するなんて、可愛らしいものじゃ済まないのは確実だ。
  
「ユーリ……お前、何がしたいんだよ」

 あえて竜気を乱し、竜の長をおびき出すなどという、不確かで常軌を逸した作戦は、明日の朝に決行予定のはずだ。

 こいつはクラーケンを……この世界をどうしようと思ってるんだ?
 この辺り一帯を荒れ地にでもするつもりか?近くに、集落だってあるのに。
  
「やだな。ヴァレリウス。何を言ってるんだよ」
  
 ゆらりと起ち上がったユーリの黒い瞳が、ゆらりと月夜に怪しく光った。
  
「君が、全部悪いんだから」

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