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Ⅰ.主食編

27.俺は、腹ぺこ竜に救われた①

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 俺が白い毛玉を拾った後も、俺を取り巻く環境に大きな変化もなく、奴らが竜騎士になる旅は続いた。

 神殿を拠点として、長くとも数週間の行程を繰り返す。
 長期間、長距離の遠征を、竜の神子が嫌ったからだ。

 いや、正確には、嫌だろうから、大変だろうから、という周囲の配慮がなされただけ。

 自身が明確に指示するわけじゃない。
 そういう所にこそ、竜の神子ユーリの本質が現れていると、俺は思う。




 一見謙虚な言動のユーリは、小柄なその風体からも、どんどん神官たちを虜にしていった。
  
「ごめんなさい、俺……頑張ってるんだけど、できなくて……でも、今度はちゃんと……」
「大丈夫だよ、ユーリ。他の者がやれることは、君がやらなくてもいいんだから」
  
 いや、神殿の掃除だろ?朝の祈りだろ?どうやったら頑張っても出来ねぇんだよ。祈りの時、舟こいでんの何度も見てんぞ。
  
 あんな祈りなら、あの毛玉の方が、よっぽど上手いんじゃねぇか。
  
 いつも腹をすかした毛玉は、あの腹の音を豪快にたてながらも、食事の前には毎回決まって、前足をそろえぺこりとお辞儀のような動作をした。
 意外にも綺麗な様子で、零すことなく、何でも美味そうに食う。
 そして、食べ終わると、また食前と同じ動作でぺこりと頭を下げて、そして俺の手や頬を舐め回した。まるで、お礼を言うかのように。
  
 妙に人間らしい仕草や表情が、面白くて、可愛い奴だ。
  
  
  
「食欲がないんだ……あちらの食事が、どうしても恋しくて……」
「何が食べたいんだい?なんでも言ってごらん」
  
 そういうことはあるだろうよ。食べ物は単に身体を維持するだけでなく、精神衛生上も重要だ。けどよ。本当に食欲ない奴が、高級肉やらクリームべったりの菓子を、毎日毎日欲しがるか?
  
 あいつなんて、屑野菜のスープでも、まるでご馳走みたいに喜んで食べてんぞ。ああ、今日は、何を食わせっかな。
  


  
「あの服……自分へのご褒美に、ダメかな?皆と一緒にいても、笑われたくないんだ……」
「そのくらい、何でもないさ。もっと、たくさん好きな物を揃えればいい」
  
 今お前が着てる服でさえ、庶民は手にもとれない代物だよ。ご褒美って、何したご褒美だ。
  
 まあ、あいつは……裸だけど。でも、極上の毛並みを持ってる。あの手触りは、病みつきになる滑らかさだ。
 耳の付け根と顎の下、首周りに、背中を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて、最終的には腹を見せる。
  
  
  
 俺はあの犬もどきを拾って以来、毎日、あのふわふわの毛玉を思い出さない日は無かった。
  
 名前を聞けば、地面を前足で掻いて、何やら模様を掘った。

 ……これは、もしかして字か?下手くそな字で、ル○×と書いてあるようだ。汚くて読めねぇ。仕方ない。前足だ。

 だから、ルゥと呼ぶことにした。呼べば返事をしたから、間違ってはいないのだろう。
  
 前に一度、「服を汚すなよ」と俺が注意したことを、腹の音を響かせながら勢い余って飛びつこうとするたびに、「あ、マズい」という顔をしてきっちり守ろうとしてるのも、毎回笑える。

「あの子が来てから、悪い買い物が減ったよ」
  
 孤児院の院長が、苦笑する。
  
 人の良い院長は、情に訴えられると、不要なものを押し売りされてしまう性質があった。
 どうやら、あの犬には後ろ暗い人種を嗅ぎ分ける能力があるらしい。番犬としてあの犬を置いて以来、悪質な押し売りや、孤児を消耗する養父母は漏れなく追い返されるようになった。
  
 あいつは意外に、結構役にも立っている。

 間抜けなんだか、鈍臭いんだか……賢いんだか。

 ルゥは俺を見れば、黒か紫かわからない大きな瞳をくりくり爛々に輝かせて、息を弾ませて、尻尾をこれでもかとぶんぶん振って、がうがうと勢いよく寄って来る。
 その顔はどうみても笑顔にしか見えなくて、真っ直ぐに向けられた好意が擽ったい。
  
 それに引き換え。
  
「ありがとう!俺、この世界のために頑張るから!」
  
 なんで今まで、この胡散臭い笑顔に騙されてきたんだろうな。
 誰も彼も、竜の神子を敬い、信じて疑わなくなった……それは、俺も例外じゃなかったんだよ。
  
 いつの間にか、この少年に支配され、操作されていた。
  
 俺は、ユーリと一緒だと言われるたびに、比較され、そして、劣るのだと貶められた。
 大丈夫、できることがあるのだ、と言われるたびに、今はできていないのだと、突きつけられた。
  
 そうして、皆がそう思うようになった。
  
 自分の手は何も汚さず、守られるばかりなのに。
 血反吐を吐いてもがく俺に、あの竜の神子は何て言った?
  
『そんな……なぜ?
 自分の力をこの世界のために……皆のために役に立てようとは、思わないの?
 力を持つ者が弱い者のためにその力を使うのは、当然じゃないか』

 神殿は、神官はその弱者からすべてを搾取する。
 俺は力を持つ者側なのか?今も、これまでも、俺は常に搾取される側のままなんだが。

 知ってるのか、ユーリ。
 お前の進言で、竜石に報酬を出すことになって、何が起こったか。
 報酬を得るため、自分よりも弱い者を酷使し、時間を労働を財産を、その人の人生を強奪する、より劣悪な現状が各地で発生しているのを。

 まあ、知っていても、お前は「そんなつもりは無かった」なんて、涙ながらにいうんだろうな。

 『俺みたいには出来なくても……君も特別さ。君には、君の役目があるはずだよ。
 ね?一緒に頑張ろう?』
  
 死んでもごめんだ。
 特別でなくていい。
 役目なんて知ったことか。
 これ以上、何をどう頑張るんだ。

 まず、お前が頑張れよ。クソったれ。
  
 幸い、ルゥに会ってからというもの、俺の体調は最低のところで安定した。
 あのふわふわのもこもこの温かな毛玉を抱いて眠れば、翌日は頭痛も痛む胸も引き攣れるような腹痛も、四肢の痺れも軽くなった。
  
 しかもあいつは、俺が調子が悪い時、好んで俺に寄ってきていつも以上に俺を舐めまわした。そして、ぴったりと身体をくっつけて、すぴすぴと鼻を鳴らしながら幸せそうに眠る。
  
 俺も気持ちが良くて、ついつい眠っちまって。そうすると、俺はまたいつもみたいに動けるようになる。
  
 何だ?あの毛玉には、癒しの効果でもあんのか?
  
 それはわからないが、あいつの姿を思い出すと……あの大きな目玉と、いつも何かを嗅いでるピンクの鼻、腹の音と、柔らかな手触りがありありと思い出されて、いつでも自然と顔が綻んだ。

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