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Ⅰ.主食編

25.俺は、その日迷い竜を拾った②

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 ユーリは神殿での生活に慣れる傍ら、度々予言めいたことを言って、竜石の採掘地や、次に発生する事件や場所を言い当てた。

「竜石を一方的に搾取しては良くないと思う。見つけた者には、報酬をあげるんだ。そうすれば、もっとたくさんの竜石が集まってくるはずだよ」

 その言葉の通りにすれば、神殿には各地から竜石を発見したという情報が相次いだ。
 神殿は神官を派遣することなく、収益は上がり、これまで以上に竜石を得ることが可能になった。
  
「皆が俺の言うことを信じてくれるからだよ」
  
 ユーリは驚くほどにすぐにこの世界に順応し、あっという間に神殿という組織の中心的人物になった。
 誰も彼も竜の神子を敬い、信じて疑わなくなった。
  
「ヴァレリウスさん、全ての属性を扱えるなんて、すごいです!俺にも色々と教えてくださいね」
  
 初対面で“澱み”で痛む俺の手を、ぎゅっと握って言う彼は、確かに誰が見ても愛らしい笑顔だった。
  
「あの……大丈夫?このくらいだったら、ヴァレリウスも平気だと思ったんだけど。
 俺の、配慮が足らなくて……ごめんなさい」
  
 ユーリがそう言えば、
  
「そんなことない、ユーリは悪くないさ」
  
 と、誰かが言う。
 そうだ。悪いのはこれくらいで倒れてしまう俺だから。
  
「無属性って、大変なんだね……。
 全ての属性を扱えるって聞いていたから……俺と同じだって、勝手に思い込んで……」
  
 そう言えば、
  
「全属性というのは、竜の神子だけだ。ユーリは、特別なんだよ」
  
 と、誰かが言う。
 そうだ。全ての属性を扱えるからって、竜の神子と俺は全然違う。当たり前だ。
  
「でも、大丈夫だよ!そんな落ち込まないで。ヴァレリウスにだって、できることがきっとあるから!」
  
 俺は、何もできない。できないけれど、もう辛い。この身体も、心も悲鳴をあげている。
 この時俺は、それらを無視して、力なく笑うので精一杯だった。
  
  
  
 ユーリが神殿に現れて、3ヶ月足らずで、ユーリの意向は何よりも優先されるようになった。
  
「竜騎士になる旅に出よう」
  
 ユーリが言った。

 ユーリは、200年前の予言について“異界の者”、は竜の神子である自分であるらしい。
 “竜と共に救済する”、というのは竜に加護をいただいた竜騎士となることを指すのだと説明した。

 やがて、黒き竜という未知の存在がこの世に危機をもたらす。
 自分と、それぞれ赤銅竜、青銀竜、黄金竜の竜気を操る3人の竜騎士がこの世を救うのだ、と強く断言した。

 この解釈は、確かに大半の研究者が指摘してきた解釈でもあった。

 竜騎士は、文献や伝承、昔話でも広く知られた英雄的存在だ。

 竜気を扱う者からすれば、誰もが憧れる知らぬ者はいない。通常は竜石を介さなくては使えない竜気を、人の身でありながら自在に扱えたという、伝説の騎士。
 伝承の中にのみ登場する竜騎士は、人知を超えた力を行使したとされる。

 ユーリはさらに、「竜騎士になるためには、それぞれ赤銅竜、青銀竜、黄金竜の長に会い、その長から直接その竜気を扱う承諾、つまり加護を得ればいいんだよ」、と当たり前のように言う。

 既に竜騎士の候補もユーリが選定していた。

 俺とも長らく共に戦ってきたその神官3人は、選定自体は実力からも頷けるもので、誰からも異論は無かった。

 いや、この時にはユーリの言うことに反対する者はいなかったから、どちらにせよその通りになっただろうが。

 竜そのものが幻の存在であるのに、その長に直接会うなど可能なのか。予言の解釈が正しいのか。

 そんなことを尋ねる者すらいなかった。



 一方、この頃の俺は……とっくに限界を超えていた。
 身体も心もぼろぼろで、もはや生きていることが不思議なほどだった。

 彼らが旅に出るのなら、俺はようやく解放される。そんな思いに密かにほっと小さく息を吐いた。

 ――しかし、そうはならなかった。

「ヴァレリウスも、一緒に行ってくれるよね?」
  
 ユーリの一言が、俺の安堵を一瞬で打ち砕く。
 俺の絶望を知ってか知らずか、さも当然のように、屈託のない期待の眼差しが俺に向けられた。

 チリっと焦げるような敵意が、周囲から俺に注がれるのがわかった。
  
「は?……何で、俺が……」
  
 俺なんてついて行ったところで、役に立たねぇだろう。
  
「え?行ってくれないの?」
  
 周囲の喧騒が大きくなる。「どうしてあいつが」という声と、「なぜ行かないのか」という声……いずれにしても、俺に対する誹謗中傷が大きくなる。
 きりきりと腹の奥が痛んだ。
  
「どうして……?俺と同じ、全ての属性を扱えるじゃない」
「いや、だがよ……」
  
 俺と、ユーリは違う。
  
「そんな……なぜ?
 自分の力をこの世界のために……皆のために役に立てようとは、思わないの?
 力を持つ者が、弱い者のためにその力を使うのは、当然じゃないか」
  
 そんなこと……俺にはわからない。
 ただ、これまで……俺は、必死だっただけで……。
  
「俺みたいには出来なくても……君は特別さ。君には、君の役目があるはずだよ」
  
 俺の……役目?
  
「ね?一緒に頑張ろう?」
  
 竜の神子は、にっこりと綺麗に笑った。
  
  
  
 そこからは、ユーリの指し示す場所をもとに、具体的に今後の旅の計画が話し合われた。

 俺は正直その頃の記憶があまりない。

 神殿を拠点として、ユーリの指定する地へ向かう旅が始まった。
 旅の日程と目的地を告げられて、道程や、必要な物品の準備はすべて俺の仕事で責任だった。

 遠征や討伐の経験が一番多いのが俺だから。

 決めたのはお前だ。
 お前がやったんだろう。
 もっと上手くやれないのか。
 他に方法があったはずだ。
 ああしていれば。
 こうしていれば。
 こうはならなかったはずだ。
 何故、そんなこともわからなかったのか。



 竜の神子の負担を増やすな。
 彼の慈悲で、同行させてもらってる『竜に見放された子』の分際で。



 竜の神子に感謝しろ。



 深い泥濘ぬかるみに嵌まり込み、濃い闇の中でじわじわと俺は蝕まれた。

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