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番外編

太陽と月の行く末② (※)

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 ジグムントの流れるような長髪を手で何度も梳きながら、フェリはしばし考えて、囁くほどに小さな声で、「正直に申しますと」と言って、ジグムントの表情を不安気に伺った。

「その……怒りませんか?」
「何だ?何なりと申せ」

 怒るかどうかは内容を聞かなくては判断しかねる、とジグムントは胸中で呟く。

「実は、私、あのようなことを賭けとして提示しておきながら……これほどまでに、すんなりと会談が進むとは思っておりませんでした」
「何だと?」
「その……決して、ジグ様を侮ったとか、謀ったという事では無く……」
「………では、何だと申すのだ」

 明らかに低くなった不満を孕んだ声に、フェリはその身をさらに小さくする。

「ジャビ地方の鉄鋼に関しても、フェーズ地方の流通網に関しても……可決されるなんて」
「ああ。事前に水面下で交渉していたからな」

 ジグムントはいつも手を抜くことは無かったが、今回はそれにも増して本気を出していた。

 ジグムントはフェリの細い首筋に吸い付いて、赤い花弁を一つ散らす。そして、そのまま下り、鎖骨に胸元に、同様に跡を残していく。

「んっ……ですから……っ……何が、どうあっても、その賭けの対価を果たすつもりであったのです」
「そのようなことは……私の矜持が許さぬ」
「ですから、怒らないで下さいと……そう、申したのです」

 フェリは申し訳なさそうに、そう言って「だって」と言い訳を続ける。

「あまりにも容易い条件では、ジグ様は納得されなかったでしょう?」
「それは……そうであろうな」
「でも……私は……私が、ジグ様の言うことを……聞きたかったのです」

 残念そうに項垂れるフェリの髪にジグムントは優しく触れた。

 フェリの後れ毛をくるくると愛おしそうに弄んで、フェリは擽ったそうに小さく笑った。

 普段はヴェールをかぶっているため、あまり晒されることのないフェリの淡い黄金色の巻き毛を、ジグムントは大変気に入っていた。
 癖のある髪は、伸ばせばうねりが酷く扱えないと主張するフェリをジグムントは押し込めた。すでに背の中程までに伸びているはずだが。今は、美しく編み込まれ、後ろで綺麗にまとめられている。

 髪を降ろした姿は、ルウェリンもオズも見たことが無い。

「では、次は必ず賭けに勝つとしよう」
「期待しております」

 二人は見つめ合うと、どちらからともなく引かれ合うように口づけた。

 ジグムントは器用にフェリの胸元をはだけて、

「は……しかし、ドレーム地方の紡績は、近年特に発展しているようだな」

 その露になった胸元に顔を埋め、頂の果実を柔らかく口に含んだ。

「んっ……あ、ジグ様、そこで、話さないで……あっ」

 刺激により起ち上がったそこを、ころころと舌先で転がすと、フェリの吐息はさらに甘くなり、ジグムントの肩を力なく握りしめる。

「もう……これ以上は、ダメですよ」

 フェリは、ジグムントの耳へと口を寄せて、「我慢できなくなってしまいます」と荒く湿った呼吸のまま、困ったように未練を含んだ声で、囁いた。

「わかっておる」

 そう言うジグムントの言葉にも、名残惜しさが滲んでいて。

 二人は同じ気持ちを共有したまま、再び深い口づけを交わした。



 そんな二人の様子を、息を潜めて盗み見ていたルウェリンとオズは、何とも複雑な心境だった。

「……………ふむ」
「なるほど……確かに、後学のため、ですね」

 あのような体勢で睦み合っているものの、会話の内容はいたって真面目な……非常に重要な、国政を左右する内容であって。

 情事に集中すれば、会話の内容が気にかかり、そうしている内に、己の職務へと思考が分散し、非常にせわしない時間であった。

「オズよ」
「なんですか、陛下」
「あのように抱き合いながらも、あのように国政や地方の情勢について語り合えるものなのか?」
「は?」
「それが、普通なのだろうか」
「いや……それは……」

 オズには、到底普通のことだとは思えなかったが、あまりに真剣な眼差しで問われ、言葉につまった。

「我は自信が無い」

 ルウェリンは、齢4歳で即位を余儀なくされ、このグランカリス帝国の皇帝となった。
 成人するまでは、正式には実権をもたないものの、現状でも既に12歳にして複数の政策を担っている。

 そのルウェリンが、自信が無い、と項垂れる様に、オズは何とも言えない切なさと、己の無力感を感じた。

「やはり……何事も、訓練が必要なのだな」
「…………は?」
「ジグは、ああいったことに慣れているのだろう?
 我には経験が無いから……我も、経験を積めば――」
「なりません!」

 オズは、反射的に大声をあげて、また、ルウェリンから口を塞がれた。

 ジグムントはフェリと相愛になる以前、それなりに盛んであったことは、誰しもが知っている。身分上、選別された玄人がほとんどであったが。

 ジグムントのそういった事情について、進行形で間近で見てきたオズは、きっと誰よりその事実を知っている。それについて、感情を動かされたことは無かったのだけど。

 ルウェリンが同様のことをすることには、抵抗があるらしかった。

「ジグは……ジグですから……。陛下が、同じことをなさることは、賛同いたしかねます」

 これは、親心からなのか。
 国政に携わる者としての、皇帝への苦言なのか。

 それとも、もっと別の……。

「では、オズが相手をいたせ」
「は………?」

 オズは、耳を疑った。

「オズが、我が経験を積む相手を務めればよいでは無いか」
「ルウェリン、ちょっと待ちなさい」

 あまりの事態に、オズは混乱を極めた。ついつい言葉遣いが幼い頃、皇帝の躾をしていた時のものに戻ってしまうほどに。

「なぜ、そうなるのですか……そうであれば、それ相応の手解きのできる者を手配して――」
「オズは、我が謀られることを、憂いてくれておるのだろう?」
「……それは、……」

 その通りでもある。

 ルウェリンは賢い。過ちなど犯さぬと、そう信じている。しかし、多感な年頃でもある。
 皇帝に擦り寄る者は多い。特に、性的なことで多感な皇帝を誘惑されては困るし、ましては万が一世継ぎを身ごもった……などということを主張する者があっては、今後の治世に差し支える。

「それならば、オズが相手をしてくれれば、万事解決するではないか」

 そもそも、ルウェリンはオズ以外に反応する兆しも無いのだから、他の者とは何事も起こらない自信があった。
 もし、薬を盛られたとしても、オズ以外を抱くくらいならば、相手をあっさりと屠るだろう、とも。

「………けれど……私は、男ですよ」
「何が問題なのだ?」
「………今年、34になりますが」
「知っておる」

 この展開は、オズには覚えがあった。

「我が精通した際には、オズが慰め方を教えてくれたでは無いか。あれと同じであろう?」

 何の問題が?とばかりに首をかしげる皇帝には見覚えがあった。

 そう。ルウェリンが精通したときと、同じ流れだ。

 ルウェリンは、10歳の頃に無事に精通した。
 しばらくして、「日々籠る熱がいかんともし難く、集中力にかける」とルウェリンに相談されたオズは、その発散の一手段として、自慰を指導することになったのだ。

 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。
 自分の手の中で果てたルウェリンに、感動だか困惑だか、複雑な感情を強く抱いたからだ。

「このようなこと、他の者には相談できぬ。オズにだから、申しておるのだ」
「………陛下」
「安全な発散の場を提供することも、有能な側近には必要なことではないのか?」

 今回もまた、真摯な熱い眼差しで、真っ直ぐに自分を見上げるルウェリンに、オズは押し黙るしかなかった。

 立場上、有無を言わさずに命令することも可能なはずであるのに。あの時も、今もルウェリンは必ず、こうしてオズの承諾を望む。
 それが、オズにはどこかむず痒く、そして愛おしくもあった。

「………わかりました」
「っ!」

 だから、ついつい、ルウェリンの提案を受け入れてしまう。
 そして、オズが受け入れるだけで、このグランカリスの象徴である皇帝は、こんなにも嬉しそうに華やいだ顔を見せる。だから、オズはまた次も、受け入れてしまうのだ。

「では、早速今晩からよろしく頼む。我の寝所で待っておる故、支度して参れよ」

 しっかりと約束を結び、ルウェリンは足取りも軽く、自室へと戻っていった。

 一方のオズは……ジグムントの執務室の前で、部屋に入ることもできず、去ることもできず。ただしばし呆然と立ち尽くした。
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