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光と影①
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グランカリス帝国へと帰還したジグムントは、フェリが制止するのを無視し、真っ先に皇帝ウェルリンの元へと向かった。
ウェルリンは部屋で一人、今回のムンデ国との戦における被害状況の報告書を読んでいた。
「ウェルリン。フェリを、囮にしたな」
ジグムントは、明確な怒気を皇帝ウェルリンへと向け、断定した。
「だって、気になるではないか」
ウェルリンは手元の書物から視線をあげると、ジグムントの怒りを、風のように受け流し、何食わぬ顔で答えた。
「かの聡明な軍師が、全てを捨ててでも守りたかったものの、真実が」
皇帝ウェルリンは、あえてフェリに父の日記を見つけるよう仕向けたのだ。
そして、地図を見せ、かつての研究所の場所を特定させた。
その場所を見つければ、フェリがそこを訪れることを、予想していながら。ムンデ国へと入れば、フェリにあの男が接触し、襲われると分かっていながら。
「もう、ジグ様……私は、いいですから……」
フェリも、そんなウェルリンの意図を承知の上だった。
「ジグの母を殺し、父を産んだ女を殺した力ぞ。
それは、確実にこのグランカリスにとっても、脅威になり得る」
皇帝ウェルリンが恐れたのは、当然フェリの力、ではない。
フェリは死の際まで、今のこの調子で誰も恨みなどしないだろう。それはそれで、愚かなことのようにウェルリンには思えた。
「あの男を、放置するわけにもいくまい」
ウェルリンが憂いていたのは、あのムンデ国の戦士が、他の“白き人”や呪いの血を、所有しているのではないか、ということだった。
「いつ私が放置したというのか」
ジグムントは、ムンデ国の各派閥の現況を調査するという名目で、“白き人”の遺物や痕跡を洗い出していた。
さらに国内にいるかもしれない“白き人”を探している。
フェリの主人であったあの男は特に、厳重に監視していた。
「ジグは正攻法が過ぎる」
「フェリと共に、ムンデから帰国したばかりなのですが」
帝国の最高権力者としては、十分に羽目を外している。
「皇帝代理が、表向きにも法を守らねば、示しが尽きますまい」
「ならば、法を変えるまで。そのために、権力がある」
さもありなん、とジグムントは苦笑した。
「しかし、あの男。策も奥の手も無く、ただ突進してくるとは……信じられぬ。
フェリは良く、あの者の下で10年も忍べたものだ」
繰り返し、解せぬ、と心底呟く齢6歳のグランカリス皇帝。
ウェルリンにも、たとえ間接的にであったとしても、フェリを害そうという気は微塵も無かった。
ましてや、フェリ自身に呪いを使わせようとは、今後も企む未来はない。
しかし、自棄になったムンデの戦士が、フェリを殺害しようと勇み、フェリの母の呪いが発動する、その瞬間を観察できればこれ幸い、程度には考えていた。
それが、ジグムントにはわかっていて、故に許し難かった。
「ウェルリン、そなたはまさに皇帝の器だ……けれど、違えるなよ」
ウェルリンは、皇帝として必要だと判断すれば、個の心情や事情を切り捨てる、帝国を統べる者として必要な残酷さを、既に持ち合わせている。
それは時に、危ういことだと、ジグムントは感じていた。
「オズがいてくれれば、我は間違わぬ。月は太陽を映す鏡だからな」
ウェルリンはそう満足そうに宣言する。
真面目で倫理観の塊であるオズは、確かにウェルリンの抑止力となるだろう。オズの責任は重大だな、とジグムントは改めて感じるのだった。
「そう、怒るでない。
ジグが申していた、フェリのグランカリス帝国の籍。不在中に、皇帝権限で即時発行したぞ。
相殺とせよ」
「………………え?」
二人の会話をぼーっと聞いていたフェリは、自分の名前に辛うじて反応する。そして反芻した。
「え……?…あの、帝国の籍、とは……?」
「これで晴れて、フェリは法の上でも、グランカリスの民だ!」
法の上でも、とは……いつの間に、自分はグランカリスの民になっていたのだろうか。フェリは、言葉の意味を拾うだけで精一杯だ。
「手続きをしたのは、オズでは?」
「我の功はオズの功、オズの功は我の功だ」
「まぁ……ありがとうございます」
フェリの戸惑いも問いも無視して、二人は平然と会話を続ける。
「あのっ!ジグ様、どういうことでしょうか?!」
「なんだ。そなた、そのように大きな声も出るのだな。鈴のようで、実に——」
「もうっ!揶揄わないでください!!」
フェリは声を荒げた。
「揶揄ってなどおらぬが……。
初めに、言ったであろう。これからは、グランカリスがそなたの祖国だ、と」
「え?……ああ、確かに、そのように伺いましたが……」
フェリは、戦犯として、捕虜として、このグランカリス帝国へ連行されたと思っていたのだ。
あれは、言葉の綾、というか口上としての決まり文句だと、そう認識していた。
「つまり、そういうことだ。新たに、そなたの籍をこのグランカリス帝国に作った」
ジグムントは、言葉の通り、フェリの祖国となるよう帝国民籍を作った。諸事情で、生れた時に届を出さず、籍の無い者がいる。そういう者に、遡って誕生時からの籍を作成する処理が存在するのだ。
この制度を利用して、この度、ジグムントはフェリの籍を作った。
「ええ……はぁ?」
なぜ、そうなるのか。フェリは急な展開についていけない。
ウェルリンは部屋で一人、今回のムンデ国との戦における被害状況の報告書を読んでいた。
「ウェルリン。フェリを、囮にしたな」
ジグムントは、明確な怒気を皇帝ウェルリンへと向け、断定した。
「だって、気になるではないか」
ウェルリンは手元の書物から視線をあげると、ジグムントの怒りを、風のように受け流し、何食わぬ顔で答えた。
「かの聡明な軍師が、全てを捨ててでも守りたかったものの、真実が」
皇帝ウェルリンは、あえてフェリに父の日記を見つけるよう仕向けたのだ。
そして、地図を見せ、かつての研究所の場所を特定させた。
その場所を見つければ、フェリがそこを訪れることを、予想していながら。ムンデ国へと入れば、フェリにあの男が接触し、襲われると分かっていながら。
「もう、ジグ様……私は、いいですから……」
フェリも、そんなウェルリンの意図を承知の上だった。
「ジグの母を殺し、父を産んだ女を殺した力ぞ。
それは、確実にこのグランカリスにとっても、脅威になり得る」
皇帝ウェルリンが恐れたのは、当然フェリの力、ではない。
フェリは死の際まで、今のこの調子で誰も恨みなどしないだろう。それはそれで、愚かなことのようにウェルリンには思えた。
「あの男を、放置するわけにもいくまい」
ウェルリンが憂いていたのは、あのムンデ国の戦士が、他の“白き人”や呪いの血を、所有しているのではないか、ということだった。
「いつ私が放置したというのか」
ジグムントは、ムンデ国の各派閥の現況を調査するという名目で、“白き人”の遺物や痕跡を洗い出していた。
さらに国内にいるかもしれない“白き人”を探している。
フェリの主人であったあの男は特に、厳重に監視していた。
「ジグは正攻法が過ぎる」
「フェリと共に、ムンデから帰国したばかりなのですが」
帝国の最高権力者としては、十分に羽目を外している。
「皇帝代理が、表向きにも法を守らねば、示しが尽きますまい」
「ならば、法を変えるまで。そのために、権力がある」
さもありなん、とジグムントは苦笑した。
「しかし、あの男。策も奥の手も無く、ただ突進してくるとは……信じられぬ。
フェリは良く、あの者の下で10年も忍べたものだ」
繰り返し、解せぬ、と心底呟く齢6歳のグランカリス皇帝。
ウェルリンにも、たとえ間接的にであったとしても、フェリを害そうという気は微塵も無かった。
ましてや、フェリ自身に呪いを使わせようとは、今後も企む未来はない。
しかし、自棄になったムンデの戦士が、フェリを殺害しようと勇み、フェリの母の呪いが発動する、その瞬間を観察できればこれ幸い、程度には考えていた。
それが、ジグムントにはわかっていて、故に許し難かった。
「ウェルリン、そなたはまさに皇帝の器だ……けれど、違えるなよ」
ウェルリンは、皇帝として必要だと判断すれば、個の心情や事情を切り捨てる、帝国を統べる者として必要な残酷さを、既に持ち合わせている。
それは時に、危ういことだと、ジグムントは感じていた。
「オズがいてくれれば、我は間違わぬ。月は太陽を映す鏡だからな」
ウェルリンはそう満足そうに宣言する。
真面目で倫理観の塊であるオズは、確かにウェルリンの抑止力となるだろう。オズの責任は重大だな、とジグムントは改めて感じるのだった。
「そう、怒るでない。
ジグが申していた、フェリのグランカリス帝国の籍。不在中に、皇帝権限で即時発行したぞ。
相殺とせよ」
「………………え?」
二人の会話をぼーっと聞いていたフェリは、自分の名前に辛うじて反応する。そして反芻した。
「え……?…あの、帝国の籍、とは……?」
「これで晴れて、フェリは法の上でも、グランカリスの民だ!」
法の上でも、とは……いつの間に、自分はグランカリスの民になっていたのだろうか。フェリは、言葉の意味を拾うだけで精一杯だ。
「手続きをしたのは、オズでは?」
「我の功はオズの功、オズの功は我の功だ」
「まぁ……ありがとうございます」
フェリの戸惑いも問いも無視して、二人は平然と会話を続ける。
「あのっ!ジグ様、どういうことでしょうか?!」
「なんだ。そなた、そのように大きな声も出るのだな。鈴のようで、実に——」
「もうっ!揶揄わないでください!!」
フェリは声を荒げた。
「揶揄ってなどおらぬが……。
初めに、言ったであろう。これからは、グランカリスがそなたの祖国だ、と」
「え?……ああ、確かに、そのように伺いましたが……」
フェリは、戦犯として、捕虜として、このグランカリス帝国へ連行されたと思っていたのだ。
あれは、言葉の綾、というか口上としての決まり文句だと、そう認識していた。
「つまり、そういうことだ。新たに、そなたの籍をこのグランカリス帝国に作った」
ジグムントは、言葉の通り、フェリの祖国となるよう帝国民籍を作った。諸事情で、生れた時に届を出さず、籍の無い者がいる。そういう者に、遡って誕生時からの籍を作成する処理が存在するのだ。
この制度を利用して、この度、ジグムントはフェリの籍を作った。
「ええ……はぁ?」
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