【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

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清算②

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「貴方は、呪われているのですね」

 問いではなく、フェリは断定して告げた。

「ああ、そうだっ!忌々しいっ…お前の母が!あの女が……俺を呪ったのだっ!!」

 荒々しく怒鳴るムンデの戦士は、憎しみに目を血走らせる。怒りをあらわにし、全身から殺気を放った。

 フェリの主人だったこの男は、あの時、フェリの母に呪われていたのだ。

 だから、フェリは殺されなかった。いや、この男には、フェリを殺すことができなかった。
 フェリを殺すことが、この男の呪いが発現する条件だから。

 フェリはあの時から……いや、あの時までも、そして両親が死してもなお、ずっと、父と母に守られていたのだ。

「何度、お前を殺そうと思ったか…わからん。
 他の者に、殺させようとしても、俺に、激痛が走るのだっ!」
「………なぜ、呪いのことを、知っていたのですか?」

 この男は、知っていたのだ。“白き人”のことを、呪いの存在を。

 この男は、両親とフェリを見つけたときに、言っていた。
 フェリの父は、『国にとって重要なものを持ちだした。それを追って、長年捜索を続けていた』と。

 フェリは、その何かは、ついぞ見つからなかったのだ、と思っていたが。
 違ったのだ。母こそが、父の持ちだした何か、だったのだから。

「不気味な連中を集めて研究している女がいることは、有名だった。ただ、変人と誰も取り合わなかった。むしろ、避けて、遠ざけた。
 俺は、幸運にも、偶然、あの変人が実験している所を見たのだ」

 そこまで言って、男は何かを回想するようにニヤっと笑った。

「あれは、壮観だった。
 お前とそっくりな奴を、次々に崖の上から突き落とすんだ。泣き叫ぶ者もいれば、悲鳴を上げる者もいた。
 そして、斜面を転がって、国境を越えた途端、切り刻まれたように身体が飛び散るんだからなぁ!」

 何が面白いのか、男はげらげらと腹を抱えて大笑いする。

「親父から、俺では首長にはなれないと言われた。だったら、たくさん殺せばいいと思った。
 その時に、思い出した。あの不気味な連中のことを。俺が使ってやろうと思った。だから探した。
 見つけたと思ったら、さっさと死んで、俺を呪いやがったっ!」

 フェリは無表情で、ただ男の言葉を聞いた。
 男は構わずに、怒りを込めて、言葉を続ける。

「あの女の血には、呪いの効果は無かった。あの女の血を浴びせ、お前を痛めつけさせてみたが、何も起こらなかった。
 絶望すれば、奴らの血には人を殺す力が宿るのだろう?
 あれだけ目の前で、お前を痛めつけたのに、絶望しないとはな」

 早口に捲し立てる。

「ああ……本当の母親では、ないのだったなぁ?」

 あの父の日記には、研究者の研究結果として、子には容姿は受け継がれない、とあった。
 つまり、フェリのこの母とそっくりな容姿は突然変異であって、母から受け継いだものでは無いのだろう。

 両親は、血の繋がった両親ではないのかもしれない。

「今更です」
「冷たいのではないか?お前のせいで死んだといいに。
 お前さえ、人質にとられなければ、少なくとも、かの軍師は死ななかっただろう。鬼神と恐れられた、ムンデの戦士だったのだから」

 だからこそ、今更のだ。

 母は、最期まであきらめなかった。フェリを守ることを。母は、フェリを最期まで想い、守るために、絶望しなかった。

 父は、人質となった自分を逃がすため、命を落とした。

 だから、フェリは今、こうしてここに生きている。

 それが全てだ。

 確かにあの二人は、フェリにとって、父であり、母であった。
 だから、この男の言葉で、新たにわかった事実で、その関係は今更揺るがない。

「国にとって重要……と、貴方は言っていましたよね?
 他に、このことを知っている人がいるのですか?」
「ああ? 誰も知らん。教えてたまるか!ムンデは俺の国だ!国のものは、全て俺の物なのだっ!!」

 つまり、俺にとって重要は、国にとって重要、と同意、という主張らしい。
 呆れて、かける言葉もない。

「あの軍師が、死ぬ間際、いいことを教えてくれた。
『フェリを殺せば、お前は死ぬ。他の誰かがお前の知っている所でフェリを殺しても、お前は死ぬ。
 呪いを知り、お前の呪いを発動させる条件を知る者がいれば、それはつまり、お前の命を握らせることだ。せいぜい、死に怯えて生きろ』とな。
 俺を脅したつもりか。馬鹿な奴だ。誰にも条件を知られなければ、お前を殺さないようにすれば、俺は死なない。
 だから、あの時、一緒にいた連中は、全部処分した」

 フェリは安堵した。この男の愚かさに、感謝した。

 そして、父の機転と、フェリを想う気持ちに感動し、涙が出そうだった。
 父のこの言葉で、呪いの秘密は守られたのだ。フェリは守られたのだ。

 喚く男にかまわず、フェリは淡々と「それで」と続けた。

「どうしますか。貴方に私は殺せないのでしょう?」
「その目付き。死ぬときの、お前の母親と一緒だ。
 死を前にして、死なぬ。グランカリスに引き渡したときも、そうだった。死ぬと分かっていて、決して濁らなかったっ!」

 フェリは、常に生きていた。

 『生きなさい』と言った母に、『幸せに』と願った父に恥じないように。フェリを守り、命が潰えた二人の想いに違えぬよう。

 死ぬ瞬間までは生きる、と父に母に誓ったのだ。

 だから、この愚かな男の為すことで、フェリの瞳は決して濁らない。

「グランカリスに引き渡せば、知らぬところで私が死ぬと思ったのでしょう。私を殺す相手を呪って」

 この男はフェリとわかれる際に、『せめて、最後くらいはムンデの役に立つがいい。貴様の命は、散ってこそ価値がある』と言った。

「ああ、そうだ!けれど、そうはならなかったっ!!つくづく使えない奴だ!!」

 この男は、フェリがグランカリス帝国で戦犯として裁かれ、ジグムントを呪うとでも期待したのだろう。

 もし処刑されるとなっても、フェリは誰も呪わなかったと思う。逃亡は企てただろうが。
 常に逃げる機会を伺っていた。隙が全く無かった。ジグムントには、お見通しだったのだろう。

 いずれにしても、万が一にも、呪うとしたら……それは、この目の前の男だ。
 フェリの両親を殺し、責任を転嫁し、搾取し続けたこの男に違いない。

 なぜ、そうは思わなかったのか。フェリは、心底呆れ果てていた。それも、今更だけど。

「お前は、随分と覇王に気を許しているな。
 あの男も、お前を気に入っているようだ。人質としては使える。あの時のように」

 男はニヤリ、と卑下た笑みを浮かべ、じりじりとフェリとの間合いを詰める。

「お前だって、知られたくないだろう?お前の血が、人を呪い殺すなど」
「そうですね……」

 ジグムントにだけは、知られたくない。隠さねばならない。
 このような血をもつ自分は、ジグムントにふさわしくない。
 ジグムントを想う強い気持ちが、呪いの元になり、彼すらも脅かすかもしれない。
 傍に在るべきではない。絶対に。
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