【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

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静かな変化③

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「ムンデ国の街並みとは、違うか?」

 尋ねられ、フェリは困った。

「ムンデの街を、こうして歩いたことが無いので……わかりません」

 そして、正直に答える。
 フェリは、基本的には自室に監禁されていた。主が望むときだけ、部屋を出され、要求を叶えてきた。
 
「けれど……ムンデ国は、派閥ごとに独立した大きな家族のような生活をしていますから。このように人々が行きかい、賑わうことはないでしょうね」
「そうか。
 ……では、そなたはどのようにして、情報を得ていたのだ?」
「情報は、取捨選択されずに、あらゆるものが与えられましたから」

 彼らが略奪した、あらゆる文献や、書物、そして情報は、無尽蔵に積み上げられた。それを整理し、彼らが使えるようにすることこそ、フェリの最大の仕事だった。

 そのように説明すれば、ジグムントはフェリにこれまでで一番の憐憫の眼差しを向けた。

「ああ。かの国は、話が通じぬ者が多いからな。そなたの苦労は計り知れないな」
「まぁ……そうですね」

 フェリは苦笑した。
 ムンデ国の民は、考えるよりまず行動に移す、そして、攻撃的な性質の者が多く、それを良しとする風潮が根強い。危険性を考慮し、安全策を講じるなど、臆病者のすることだと考えられている。

「そなたの父は、その中にいて随分と変わり者だったな」
「え?……ジグ様は、父をご存じなのですか?」
「そなたの父は、当時、ムンデ国の智と言われるほど、有名な軍師だった」

 そして、「あの国にいて、唯一会話が成立した人物、と言っても過言ではない」と言った。

 フェリは、“フェリの父”である姿しか、知らない。ムンデ国内では、父のことを口にするのは、禁忌のような扱いであったから。父に関する物も、全て処分されていた。

「あの方は、ウェルリンの父である先帝と懇意にしていて、時折単身で、グランカリス帝国を訪れていた。
 私が最後に会った時も、先帝に会いに来たようだった。
 私が10の頃だったか。つまり……今からもう、18年も前になる」

 18年前。つまり、フェリが生まれた頃と一致する。

「そして、その直後……そなたの父は、行方知れずとなった」
「そう……ですか」

 フェリは常々、疑問に思っていたことがあった。

 父はなぜ国から逃げるように、行方をくらましたのか。そして、追われているのを知りながら、なぜムンデ国を出なかったのか。

 きっと、母が何かしら関与しているのだと思う。なぜなら、母は常々、「私は国を出ることができないから」と言っていたから。
 当時は「そうなんだな」くらいにしか、考えていなかったが、よく考えれば、不可解な話であって……。

 一体、何故、ムンデ国を出ることができなかったのか。

「父は、何か言っていましたか?」

 ジグムントは、しばし考えて、少し寂しそうに表情を曇らせる。

「私には、特に変わった様子は、感じられなかった。すまない」
「いえ……そんなつもりで聞いたのではありませんっ!
 ……その、父がどんな人だったのか、知りたかっただけで……。謝らないでください」

 むしろ、18年も前の、10歳の頃の記憶を鮮明に覚えているらしいジグムントに脅威を感じる。

 ジグムントは「ああ、それならば」と、穏やかな表情になると、

「そなたの父は、私の恩人だ」

 と言った。

 そして、まだ、飴も食べ終わらぬうちに、ジグムントはフェリに揚げパンを押し付けてくる。
 有無も言わさぬ圧に、フェリはそのまま受け取った。ふわりと甘い芳香が香る。

「恩人……ですか?」
「ああ。幼かった私は、傲慢にもこの世の全てが自分であれば、思うままにできると、そう考えていた時があった。
 そして、それが最もこの国の益になるのだと、信じていた」

 ジグムントほどの才覚があれば、なるほど当然の不満だ、と思えた。
 明晰であるが故に、自己と他者を適切に判断すれば、そう思うだろう。フェリは、そう思った。

 そして、彼には、望むと望まざると、確かに上に立つ者の資質がある。誰しもが、そう信じて疑わないだろう。

「生まれを理由に、権利を与えられないことに、理不尽に奪われることに、不満を募らせ、学ぶ理由を失っていたのが、10の頃だ。
 周囲の全てが疎ましく、そしてそんな己が嫌いだった。
 そなたの父に、言われたのだ。
『他人に与えられる地位が、貴方の何を高めてくれるのか。他人の評価が、貴方の何を損なうのか』とな」

 フェリの知る父も、同じことを言いそうだ、と思った。

「どんな環境にあろうと、他者にどんな評価を受けようと、己の信じる価値ある道を進むというのは、存外難しく、そして苦しいことだ」

 ジグムントは、自身のこれまでを振り返っているようだった。

「きっと……そなたの父は、己の信じる道を進んだのだろう。それが、苦難の道であっても」

 そうなのだろうか。きっと、そうなのだろう。
 父の目的は、いつも明らかにどこかに定まっていて、決してぶれることは無かった。

 父の真意を知る術は、もはやない。けれど、はっきりと言えることは、父は常に家族を愛し、母を気遣い、そして、フェリのことを憂いていた、ということだ。

「そなたは、父とよく似ているな」

 初めて言われる言葉だった。
 それが、殊の外、嬉しかった。フェリは思わず、ふふっと小さく笑う。

「そうして、笑っていろ。あの方も良く笑う男だった。
 そなたには、笑顔が似合う」

 急にそんなことを言われ、フェリは固まった。
 じわじわと熱くなる頬に手を当てて、

「もう……そのようなことを、言われては……笑えないではありませんか」

 ジグムントに抗議した。

 それを、楽しそうに笑うジグムントにつられ、フェリもまた、笑顔になる。

 不思議な男だ。
 人を寄せ付けぬ威圧感を含有する瞳は気高く、それなのに悠然とした姿は全てを包み込むように温かい。

「さて、フェリ。今日は、存分に食べ歩こう。そなたは、もっと太った方がよい」

 太らせて、食べるつもりだろうか。フェリの脳裏を、そんな馬鹿みたいな考えがよぎる。
 けれど今、フェリの命は、間違いなくジグムントに握られている。この男の言葉に一つで、身振り一つで、フェリの命は容易く奪われるだろう。

 紅の獅子は正しく権力者だった。

 同じ命を握られているにしても、全く違う。フェリは違えようもなく、今、このグランカリス帝国で、この覇王たる獅子に守られている。

 自然と心から想いが湧き起ってくる。
 フェリは、この男の役に立ちたいと思った。

 この時、フェリの中で、命を繋ぐためだった行為は、崇高な何かへと昇華したような気がした。
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