【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

文字の大きさ
上 下
7 / 43

平穏で波乱な日々① ※

しおりを挟む
 グランカリス帝国へ渡り、部屋へ通された直後から、フェリは三日三晩、高熱で寝込むこととなった。

 これまで、ずっと張りつめていたものが、ここにきて緩んだ。
 敵国に連行され、おかしな話ではあるが。でも、不思議と、不思議だとは思わなかった。



 4日目となる深夜。フェリは、ふと目を覚ました。

 この3日間、飽きる程に寝た。
 両親と離れて以来の、熟睡だった。もう、眠れる気がしない。
 熱が下がり、体調が落ち着けば、当然のことだった。

 高い天井。広い部屋。立派な家具。そして、清潔な寝具。一瞬、ここがどこだかわからなくて。

「気分は、どうだ?」

 隣に在る温もりが、フェリを現実に引き戻す。

「え……あ、………身体が痛い…、です。寝すぎて……」

 当然のように、寄り添う紅の獅子がいた。
 あまりの近さと、不可解な状況に、フェリは言葉を失う。
 
 そんなフェリに、ジグムントは何の躊躇いもなく、当然のように触れる。

「もう、熱は下がったようだな」

 額に額を重ね、温度を共有し、ジグムントは安堵した。

「その……ご面倒を、おかけしました」

 フェリは、かの過酷な環境を、長年生き抜いてきたのだ。儚げでいて、意外と丈夫だった。

 この数日のことを、フェリは必死で振り返る。

 熱と、悪夢にうなされる中、フェリの元を幾度となくジグムントは訪れていた。

 この3日間、ジグムントはこの部屋に、比較的長い時間……いたような気がする。
 それどころか、フェリの看病をしてくれていた女性と一緒に、交代で世話をしてくれたように、思う。

 朦朧とする意識の中でも、優しく触れられるこの温もりは、違えようがない。

 夜に至っては、ずっと。寄り添うようにその温もりと共に眠った。その間は、あのおぞましい悪夢は見なかった。

 なぜ、グランカリス帝国の、最高権力者であるはずの、この男が。

 と、覚醒した頭では疑問に思うのに。フェリの心はこの状況を拒絶していない。同じ寝台に寝ていることすら、今更のことのように感じられる。

 つまるところ、フェリはジグムントに対し、妙な親しみのようなものを、感じるようになっていた。

 敵国の、このような立派な人物に、図々しいにも程がある。しかも、出会って数日だ。

 この状況が何を意味するのか、何か対応を必要とするものなのか、フェリには理解できない。

 これまで、これほどフェリの至近距離に入ってくる人は、心理的にせよ、物理的にせよ、両親の他はいなかった。
 自分の中にある、新たに芽生えたこの男に対する感情が、一体どういったものなのか、把握できないでいた。

 初めてのことに、フェリは戸惑うばかりだった。

「面倒など……私がしたくて、していることだ」

 ジグムントは頬を緩め、目を細める。フェリの頭を優しく撫でた。

 そんなジグムントの様子に、フェリはこの男のせいだ、と思った。

 ジグムントがフェリに対して、まるで大切な人に対するような、そんな眼差しを向けるから。そして、そのように触れるから。

 それにつられて、この男の為すことを拒否する気持ちがわいてこない。まるで昔から知っているような、親しい人のように感じるのだ。きっと。フェリはそう思うことにした。

 熱に朦朧とする中で、変なことを言わなかったか。しなかったか。フェリは必死に思い出し、そして思い出したことを、すぐに後悔した。

 なんだか、「傍にいて欲しい」だとか、「いかないで」と言って引き留めたりだとか。添い寝するジグムントに「温かくて気持ちがいい」だとか、そんなことを言ったような気がするが……いや、有り得ない。気がするだけだ、と思うことにする。

「ふっ……存外、甘えた、なのだな」

 気のせいにはしてもらえない現実に、フェリはひどく狼狽えた。

 ぼっと、一気に顔に火照る。また、熱が出たのでは、と思うほどに、顔が、全身が熱くなる。

「申し訳、ありませんっ……このようなこと、…これまで……っ」

 フェリには、絶対に、有り得なかったことだった。
 苦痛に喘いでも、病に苦しんでも、助けを求めることなど、無かったのだから。
 そんな相手が、いなかったのだから。

 寝台から這い出ようと、真っ赤になって必死にもがくフェリを、ジグムントはくすくすと笑った。

「フェリ、落ち着け」

 静かな声と共に、優しく名を呼ばれ、さらに、ぴったりと寄り添われ、フェリは固まった。

 それを、実に愉快そうに笑うジグムントの心境を測りかね、フェリの思考はせわしなく彷徨った。
 でも、この落ち着かない感じも、嫌ではない。嫌ではないことが、わからない。

「汗をかいただろう。拭いてやろう」

 フェリの意志も関係なく、同意も必要とせず、ジグムントはすぐさま行動に移す。
 湯の入った桶に、布を浸し、ぎゅっと固く絞り、そして、フェリの服を脱がそうとするものだから。フェリは「自分で脱げます」と丁重に断り、自身で上衣を脱いだ。

 自分で拭けると主張するフェリを、ジグムントは「まあ、まあ」と無意味な言葉で制した。

 覇王は、権力者らしく、強引な性格のようだ。

 フェリの貧相な身体を、慣れた手つきでジグムントが拭っていく。
 細い身体の白い肌に浮き彫りになる数多の傷跡は、フェリがこれまで生きてきた証だった。その一つ一つが、ジグムントを切なく、哀しく、そして愛おしくさせる。

 この身体で一人、受け止めてきたのだと、その想いのままに、ジグムントはフェリに、触れた。
 
 信じられないほどの、心地よさに、フェリは思わず吐息を零す。

「フェリ……そなた、今、自分がどんな顔をしているか、わかっているのか……?」

 フェリは、人に触れられることが、こんなにも恋しいことだとは、知らなかった。身体が自ずと熱くなり、未知の高まりがフェリを襲う。

「あ、……申し訳、ありません。見ないで……くださいませ……っ」

 きっと、不相応にも、その思いのままに、もっと触れて欲しいと、熱望する顔をしているのだろう。

「無理を申すな」

 熱い吐息がフェリの首筋を擽る。

「私に触れられて、昂ったのだろう?ここは、欲している……違うか?」
「なっ……あ、これは……っ」

 じんじんと熱を持ち、布を押し上げるフェリの陰部をジグムントは何のためらいも無く、撫で上げた。

「あっ……何を…んぅっ」

 ムンデ国では、醜い容姿と忌諱され、触れることすら嫌悪されていたため、それが嫌がらせだとしても、フェリを性的に辱める者はいなかった。
 8歳で両親と離れたフェリは、性的な接触に対する知識も経験も皆無だった。

 何をされているのか、自分の感じる感覚が何なのか、理解できずに混乱する。

「や、…は…あ、あぁ……」
「恐ろしいか?」

 ジグムントはそう言って、フェリの肌を直接なぞる。
 わき腹から胸へと、大きな手が這い、そして、何度も確かめるように往復する。

 恐ろしい?……何が、だろうか。
 この行為のことか、ジグムント自身のことか。初めての感覚に、どうとらえていいのか、わからない。けれど、拒みたくない。もっと欲しい。

 この人が与えてくれる、全てを、一つも逃したくない。何故か、そんな欲求が沸々と湧いてくる。

 フェリは、自分でも理解できない感情に囚われて、ふるふると首を横に振った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

「その想いは愛だった」騎士×元貴族騎士

倉くらの
BL
知らなかったんだ、君に嫌われていたなんて―――。 フェリクスは自分の屋敷に仕えていたシドの背中を追いかけて黒狼騎士団までやって来た。シドは幼い頃魔獣から助けてもらった時よりずっと憧れ続けていた相手。絶対に離れたくないと思ったからだ。 しかしそれと引き換えにフェリクスは家から勘当されて追い出されてしまう。 そんな最中にシドの口から「もうこれ以上俺に関わるな」という言葉を聞かされ、ずっと嫌われていたということを知る。 ショックを受けるフェリクスだったが、そのまま黒狼騎士団に残る決意をする。 夢とシドを想うことを諦められないフェリクスが奮闘し、シドに愛されて正式な騎士団員になるまでの物語。 一人称。 完結しました!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...