【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

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グランカリス帝国での待遇②

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 あれは、昨年。もうすぐ、雨期がやって来る時分だった。

 フェリが自ら立案した作戦は、具体的に言えば、地の利を活用した陽動作戦だ。

 作戦といっても、フェリのしたことは、そう多くない。
 まず、国境付近のかの渓谷は、険しい地形が天然の壁となっており、通常ムンデ国は戦力を配置していない。その場所で、貴重な鉱石が発掘された、という噂を流布した。

 当時、グランカリス帝国は、宰相が実権を握っていた。今はその地位を追われている。
 強欲であったらしい前宰相は、その噂を聞きつけて、その鉱石を土地ごと略奪するため、グランカリス兵と調査隊を進軍させた。フェリの予想通りに。

 これにより、ムンデ国は公然とグランカリス兵に対し、武力行使可能となった。しかし、単純な武力では、数に勝るグランカリス兵に対して、勝機はない。

 そこで、フェリは渓谷の発掘調査をすすめ、兵が駐屯する中、飲料水として使用していた川に、ある種の毒を流した。

 調査隊も、兵士も多くが毒に侵され、調査が滞り……そもそもありもしない鉱石であるし、兵の進行も停滞した。
 前進も後退も出来ずに、滞る軍の拠点に、追い打ちをかけるように洪水、土石流が発生し、多くの兵が命を失った。

「恨まれることはあっても……感謝されるいわれはありません」

 つまり、フェリがしたことは、嘘でおびき出し、毒で殺した。それだけだ。
 フェリは自分でも、卑劣な戦略だと分かっている。

 あれは戦いなどではない。虐殺だ。

 自身の服の裾を強く握りしめて、フェリは俯いた。

「そなたも知っての通り、当時、帝国内では、内政が荒れていたのだ。さらに原因不明の病が広がったことで、民衆の反乱が多発していた」

 そうだ。だからこそ、周辺各国からの侵略の機運が高まったのだ。
 そして、その先陣を切ったのが、ムンデ国だった。

「そなたの作戦が、当時の我が国の全ての問題が解決した。これを感謝せぬならば、私は愚かな指導者だろうな」

 フェリには信じがたい言葉だったが、ジグムントは確信をもっているようで。

「信じられない、という顔をしているな」

 普段は顔の多くを布で覆っていたため、フェリは表情を取り繕うことに、慣れていない。どうやら顔に出る質のようだ、とフェリは初めて知った。

「疲れているだろう。まぁ、座れ」

 ジグムンドは、硬い表情で床を見つめるフェリに、柔らかな手つきで着席を促した。背中に触れる大きな手は、フェリがこれまで感じたことが無いほどに、温かかく、フェリは促されるまま椅子に座った。

 その椅子もまた、これまで座ったことの無いような、雲のような座り心地だった。

 ジグムントは、前合わせになっている自身の襟元を緩めると、羽織を無造作に放り、どかり、と荒い所作で、フェリの斜め前の椅子へと腰を下ろす。

「まず、皇帝陛下への礼節ある態度に、感謝する」

 先ほどの挨拶のことを言われているのだと思うが……。大袈裟だな、とフェリは思った。

「私に対して、媚びを売る者も多い。私自身は、グランカリスの太陽などと、面倒なものには死んでもなる気はない」

 つまり、ジグムントに対して、『グランカリスの南中』と挨拶をする者が後を絶たないのだろう。そして、それをジグムントは不快に思っているのだ。

 ジグムントの不敵に笑うその姿は、これまでの上質な雰囲気とは異なり、随分と粗野なものだった。けれど、それがジグムントの容姿にかえって似合っており、印象は決して悪くない。親しみやすい空気を纏っている。

 これが、本来の獅子の姿。

「グランカリス帝国では、直系長子が後継となることが、法で定められている。
 先の皇帝陛下が崩御されたとき、ルウェリンが唯一の直系であったゆえ。幼いながらに、ルウェリンは皇帝にならざるを得なかった」

 フェリの記憶が正しければ2年ほど前に先の皇帝が崩御した。つまり、現皇帝は4歳の時に即位したはずだ。

「私利私欲のために利用しようと思う者も多い。粗雑に扱う者もいる。先の宰相がそうであったように。
 かの宰相は、先々帝の弟だ。ルウェリンの叔祖父にあたる。ルウェリンの父である先帝が病に伏したころから、実権を握っていた」

 あれは腐敗を進める毒虫だよ、とジグムントは、言った。

「身分も、地位もある男だったからな。ただでは、引きずり下ろせなかった」

 権力のある者には、必ず同様の欲を抱き、付き従うものが出てくる。一掃するのは、簡単ではない。

「手をこまねいているうちに、内政は荒れ、奇病が広がり、当時のグランカリス帝国内は、混沌としていた」

 大国でありながら、他国から侵略を企てられるほどに、荒れていたのだ。

「問題となっていた奇病、あれは、単なる病では無かった」

 その謎の奇病は、腹痛に、嘔気、嘔吐。さらに脱毛や皮膚炎、体重減少を引き起こす。
 地域性があるようでいて、人から人への伝播はない。感染症とも、風土病とも言われ、原因が中々、特定されなかった。

 フェリはただ静かに、ジグムントの言葉を待った。

「当時、あの渓谷への侵攻に参加していたグランカリス兵の多くは、前宰相の手の内の者だった。
 そのうちの数人が、先んじて帰還し命からがら私に訴えてきた。
 グランカリスの重要な水源の一つに、前宰相の指示で毒を撒いたと。同じ毒を、自分たちも飲まされていると」

 フェリが、グランカリス帝国で広がる病を耳にしたとき、とある重金属による中毒症状であると、すぐに気づいた。

 父の教えにあったから。

 あれほど広範に患者が出ているとすれば、共同の施設……おそらく水源あたりが汚染されているだろうと、フェリは予測した。
 それはつまり、人為的な悪意ある、誰かの策略であることを意味する。

 だから、フェリは、“謎の奇病”の原因となっていると推定されるものと、同じ毒を渓谷で川に撒いた。

 市井で流行している病と、同様の症状を山中で発症したグランカリス兵の一人でも、奇妙に感じてくれたらいい。
 もし、“謎の奇病”の事実を知る者が侵攻軍に含まれていれば、恐れや疑心から告白してくれるかもしれない。

 鉱石の専門家であるはずの、調査団の内の誰かが、重金属による中毒だと気づき、原因を突き止めてくれたらいい。

 そういう不確定な希望的観測をこめ、フェリは毒を撒いた。
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