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フェリ・デール②

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フェリ・デールは、ムンデ国の南端、グランカリス帝国との国境近くに育った。
 父、母の三人で、人里から離れた山中を転々としながら、ほぼ自給自足の暮らしだった。

 母は、異国の女性で、ムンデ国の民とその容姿はかけ離れていた。
 そして、フェリの醜い容姿は、母とそっくりだった。青白い肌も、白けた藁のような色の髪も、不気味に光る黄色い瞳も。

 肌も髪も瞳も濃い色調のムンデ国では異質だった。

 ムンデ国は独自の伝統を色濃く残す、排他的な風潮の根強い国だ。人目につかない生活を送るのは、母を、そして自分を守る意味もあったのだと思う。

 隠れ住むような生活は豊かとは言えなかったが、フェリにとっては当時が最も幸せな時間だったと言える。

 その貧しいながらも穏やかな日々は、突然に奪われた。

 フェリが8歳の時。
 ムンデ国の使いと名乗る者が家に突然現れた。浅黒い肌と、筋骨隆々とした大きな体。そして、手にする巨大なサーベル。
 その風体は、ムンデ国の戦士。彼らは戦闘と殺戮を何よりも好む好戦的な集団だ。

 フェリはその場で容赦ない暴行を受け、抵抗する間もなく縛り上げられた。人質だった。

 母を無残に殺され、父が拷問を受ける様を見せつけられ、泣き叫ぶフェリに、無情な嘲笑が浴びせられる。

 父と母の最期の抵抗が、フェリに逃げる好機をくれた。

 走って、走って、走った。
 そのまま逃げれるとは思っていない。自分は、体格も小さく、力も弱い。

 フェリは、子供だ。でも、子供だから、できることもある。

 フェリの大きさでやっと通れる、川沿いの断崖を這うように進む。
 ムンデ国の戦士たちは、その怪力で断崖を破壊しながら、フェリに追いつかないように、けれど追い詰める距離を保って、追いかけてくる。

 彼らは逃げ惑う獲物を追い詰め、狩ることを楽しむ、質の悪い狩人だ。

 断崖を抜けると、道が開ける。そこに広がるのはフェリの身のためほどもある草原だ。
 フェリは迷うことなく、そこに飛び込んだ。

 それで隠れたつもりか、と。げらげらと下品な笑い声が、草を薙ぎ払う音と共に、近づいてくる。
 でも、この草原が隠しているのは、フェリではない。

 男の悲鳴が、森の中にこだました。あちらこちらから。

 この草原が隠しているのは、落とし穴と、獣用の罠。そして、この草原自体が、イラという毒草だ。

 獲物ばかりに気をとられ、誘い込まれたことにも気づかない。ここは、フェリの領域だ。

 予想しない反撃に、男たちの怒号が襲い掛かる。

 もっと……もっと、こっちへ来い。

 ボン、と乾いた爆発音とともに、また悲鳴が上がる。

 地中に埋めた爆薬を、戦士が踏んだ。そして、また、爆発音が断続的に響く。

 フェリの体重では、爆破されない仕掛けになっている。
 人を殺す程の威力はない。ただし、戦えない程度の傷を負う。足を吹き飛ばされた男は、苦痛にもがき、のたうち回っている。

 そして、最終的には……フェリは、捕まった。

 わかっている。逃げられるなんて、思っていない。でも、ただで殺されるのが、嫌だった。

 フェリは捕まった後、ひとしきり憂さ晴らしの暴行を受けた。
 そして、朦朧とする意識の中で、母を切り付け、父を嬲った男が言った。

「お前のせいで、8人ほどの戦士が使い物にならなくなった。
 まだ、子供だろうに。中々、面白いことをする。気に入った。ついて来い。
 今日からお前は俺の物だ」

 こうして、両親のかたきが、フェリの主人となった。

 父は、かつてムンデ国の軍師をしていたらしい。突然に、姿をくらましたのだという。

 父は、その際に、国にとって重要な何かを持ちだしたらしい。それを追って、長年捜索を続けていた、とフェリの新しい主は言った。

 これまで逃げおおせたのは、父の才覚によるものだろう。フェリの父は、柔和な笑顔の裏で、いつも何かを考えている、測り知れない人だった。

 結局、『父の持ちだした何か』は何だったのだろうか。フェリにはそれが見つかったのかすら、教えられなかった。



 次期首長を目指す男の欲は、わかりやすかった。
 権力、富、そして、強さ。時に余興としての戦闘があれば、尚よし。

 フェリが、そのいずれかを満たしている内は、殺されない。
 不気味で醜いと罵られる容姿は、外套と布で覆い隠し、極力見せないように努めた。

 父はフェリにあらゆることを教えてくれた。
 読み書きと、計算。そして、地理に歴史。毒薬や爆薬の生成と、使用法。天候の読み方から、戦法まで。

 それを受け継いだことが、フェリの財産だった。それらが、フェリを生かしてくれた。

 残念ながら、ムンド国の戦士が得意とする戦闘の能力は、持ち合わせなかったけれど。

 だからといって、負けるつもりはない。フェリにはフェリの戦い方がある。決して折れない強かさが、フェリの最大の武器だった。



 そんな日々を続け、フェリが17歳になった頃。
 隣国グランカリス帝国内の情勢が慌ただしくなった。グランカリス帝国は、言わずと知れた大陸の覇者だ。
 ムンデ国では、この混乱に乗じ、グランカリス帝国に一矢報いる機運が高まった。

 二国の国境付近の渓谷は、ムンデ国を上流として、唯一グランカリス帝国に対し、脅威となりうる地形となっている。
 国力の差を考慮すれば、無謀としか言えないムンデ国の意思に対し、フェリはその渓谷において、グランカリス軍を迎え撃つ作戦を提案した。

 フェリが行った事といえば、渓谷へとグランカリス軍を誘導し、そこに留め置いたこと。結果、大雨による土石流と共に、多くのグランカリス兵が濁流に飲み込まれた。

 グランカリスの兵を退けた作戦は、フェリの主人のものとされ、その功績もそのまま主のものとなった。

 これは、いつものことであった。

 あの渓谷の一戦から1年程経った頃、主人は、グランカリス帝国を襲撃し、再び戦果を得ようと目論んだ。
 グランカリス兵を幾ばくか後退させたことに、ありもしない幻想を抱いたのだ。

 フェリには勝機など微塵も無いことが、わかっていた。戦いを前に、愚行へと走る主に、戦いは避けるよう進言した。たとえ、腰抜けと、臆病者と罵られようと、弱者の逃走だと、蔑まれようと。

 最終的には、いつものように暴行を受け、反逆者として拘束、牢に繋がれた。そうこうしている間に、ムンデ国は大敗を喫し、ムンデ国は実質、グランカリスの占領下に置かれることとなった。

 多くの戦士が死に、戦場となった国土は荒れた。

 そして、フェリが牢から出た時。

 ムンデ国の敗戦に伴う責は、全てフェリに転嫁されていた。
 フェリが牢の中で、必死に作戦の中止を訴え、鞭で打たれている間に、国に甚大な被害をもたらした大罪人となっていた。

 そして、グランカリス帝国から、フェリ・デールの身柄を、引き渡せと要求があったのだ。

「せめて、最後くらいはムンデの役に立つがいい。貴様の命は、散ってこそ価値がある」

 それが、10年近く仕えた主人にかけられた、最後の言葉だった。

 自国にすら捨てられる、何の価値もない自分を欲する、グランカリス帝国の意図が読めない。

 けれど、明らかなのは、ムンデ国ここにいても、どうせこのまま私刑にされるということだ。

 自由の無い日々であったけれど、死ぬ場所くらいは、選べるらしい。

 そうして、フェリの単身、グランカリス帝国へと移送され、身柄を引き渡された。

 フェリ・デールは、死ぬためにグランカリス帝国にやって来たのだ。
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