1 / 43
フェリ・デール①
しおりを挟む
数多あるお話の中で、目に留めていただきありがとうございます。よろしくお願いします。
序盤は読むのも重たいですが、話はさくさくと進みますので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
べあふら
********
「ムンデ国は本当に、そなたを一人で寄こしたのだな」
冷たい地面に跪く、フェリの頭上から、重厚感のある言葉が降ってくる。そこに含まれるのは、明らかな侮蔑だ。
「実に、愚かだな。そう思わないか、フェリ・デール」
自分一人の命で償える程、自分に価値があるとは、フェリは思ってはいない。
愚かなことをしている自覚はあった。しかし、フェリにはただ命に従い、この死地に一人赴く他に、許された選択肢は無かった。
「面を上げよ」
フェリは命に従い、ゆっくりと顔を上げた。
いつもは自身の醜い容姿を隠すため、大きめの外套を深々とかぶり、眼以外は布で隠しているのだが。
今はそれすらも剥ぎ取られ、まるで裸で立っているようで、居心地が悪い。
そんな矮小な自分を、壇上の玉座の前に泰然と佇む赤髪の男が見下ろしている。
軍人らしい屈強な体躯は、自分など比較しようもないほどに、威風堂々とした揺るぎない威厳を醸し出している。まさに、王者の風格であった。
その身に纏う気迫が、さらにその男を、どっしりと重く巨大な存在に思わせた。
ジグムント・ヴァン・グランカリス。
グランカリス帝国の若き覇者。百戦錬磨の軍神と名高い彼は、前宰相の退いた後、この一年で疾風のごとく頭角を現した。
今や、その名を知らぬ者は、この大陸にはいない。
自身が戦火の先陣をきり、彼が率いた戦では、敵は完膚なきまでに制圧され、その姿を見たものは戦意を喪失するという。
燃えるような紅の豊かな長い髪は、炎のようでもあり、血のようでもある。
冷淡にこちらへと向けられた視線は、それでもめらめらと燃え盛る猛火のような熱を内包していた。
この男が一人で戦地に立ったとしても、ムンデ国はきっと勝てないだろう。フェリは、そう思った。
これが、グランカリスの覇王、紅の獅子。
初めて目にするその姿は、その名の通りの雄々しい男だった。
尊大で傲然とした態度は、覇王の名に相応しい。
彼は、あらゆる力をもった……力と、富と、権力と、地位の全てを手中に収める、現在のグランカリス帝国における実質的な最高権力者である。
「この度の戦は、遺憾千万であった」
覇王は、変わらぬ口調で、淡々と告げる。
この度、フェリ・デールが軍師を務めるムンデ国は、愚かにもグランカリス帝国に戦いを挑んだ。そして、必然のように敗北した。
ムンデ国は、複数の派閥の集合体で、その派閥の長の代表が首長となり、国を治めている。身体能力が高く、好戦的な民族性は、周辺各国からも恐れられていた。
フェリは、ムンデ国現首長の属する最大派閥に仕える軍師だ。
いや、軍師だった。
もはや、過去のことだ。
ムンデ国の現首長の息子、それがフェリの主人だった。今回無謀にも、大陸一の国土を誇るグランカリス帝国に戦を仕掛けた、首謀者でもある。
フェリは、この戦の戦犯として、身柄をグランカリス帝国に引き渡されたのだ。
10年近く命を懸けて仕えた国は、あっさりフェリを捨てた。
わかっていたことだ。
純然たる事実として、ムンデ国が勝利する未来など無いことは、開戦前から明白だった。
グランカリス帝国の国力はムンデ国のそれと、比較するに及ばない。
そして、己がとるに足らない存在だということも。
「比して、昨年の、渓谷での一戦は、実に見事であったな」
ジグムントの唸るような重低音が、フェリの身を震わす。
ここにきて、初めてフェリは動揺した。じわり、と嫌な汗が滲み、背筋が冷える。
渓谷での一戦。
昨年、ムンデ国が、グランカリスの兵を後退させることに成功した、国境付近での二国間の衝突のことだ。ムンデ国がグランカリス帝国を出し抜いたのは、後にも、先にもこの時だけ。
約一年前の、あの作戦をフェリが立案したことは公にはされていない。にもかかわらず、この場で、そのことに言及されるということは……この男に、その事実を知られている。
フェリの心中は複雑だった。
「知っての通り、あの渓谷での我が国の被害は甚大だった。……そなたには、誠に感謝している」
そうか。なぜ、こうして何の価値もない自分が、敗戦にあたり、こうしてグランカリス帝国へわざわざ連行されるに至ったか。ようやく腑に落ちた。
あの時、多くのグランカリス兵が命を落とした。その、報復を受けるのだろう。
単に死地が変わっただけ。
でも、無実の罪で殺されるより、自分の死が誰かの慰めになるのなら、その方が幾分価値があるように思える。
最期に、ムンデ国を出て、グランカリス帝国への道中、これまで見たことも無い景色をこの目に焼き付け、音を聞き、匂いに触れたことだけでも、有意義であった。
眼光鋭くこちらを凝視する覇王の視線を感じながら、死を目前にして、奇妙に心が凪いだ。
この男を前にすれば、どんな生物も、怯えを抱き、萎縮するだろう。獰猛な殺気が、じりじりと肌を刺激する。
狙いを定められたら最後。許されるのは、ただ、喰われるのを、怯えながら待つのみ。
生存本能が、この男には逆らってはいけないと告げている。実際、壇上の覇王は、一瞥で自分の命すら、一瞬で奪える。
——……それなのに。
なんと凛々しい男なのだろう。まるで、本物の獅子のようだ。
ただ、そこに在るだけで、悠然とした気高さを感じさせる。
獣のような強い生命力を体現していながら、その自信に満ちた風格は優美な貫禄を兼ね備えていた。
醜い自分と、同種の生物とは、とても思えない。
死ぬ前に、このような人物とまみえる機会を与えられたことだけでも、価値があるように思えた。
そんな魅力が、覇王たる男にはあった。
「今日から、このグランカリスが、そなたの祖国である。死しても、ムンデの地に帰れるなどとは思わぬことだ」
もとよりムンデ国に帰る意志はない。帰る場所もない。
「感謝、申し上げます」
すぐには殺されないのか。
おそらくは短い期間であろうが、敵国であるグランカリス帝国が、自分を迎えてくれることに、驚きを禁じ得ない。
フェリは、自国でも味わったことのない、ほのかな感動を覚えながら、紅の獅子に深々と頭を下げた。
序盤は読むのも重たいですが、話はさくさくと進みますので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
べあふら
********
「ムンデ国は本当に、そなたを一人で寄こしたのだな」
冷たい地面に跪く、フェリの頭上から、重厚感のある言葉が降ってくる。そこに含まれるのは、明らかな侮蔑だ。
「実に、愚かだな。そう思わないか、フェリ・デール」
自分一人の命で償える程、自分に価値があるとは、フェリは思ってはいない。
愚かなことをしている自覚はあった。しかし、フェリにはただ命に従い、この死地に一人赴く他に、許された選択肢は無かった。
「面を上げよ」
フェリは命に従い、ゆっくりと顔を上げた。
いつもは自身の醜い容姿を隠すため、大きめの外套を深々とかぶり、眼以外は布で隠しているのだが。
今はそれすらも剥ぎ取られ、まるで裸で立っているようで、居心地が悪い。
そんな矮小な自分を、壇上の玉座の前に泰然と佇む赤髪の男が見下ろしている。
軍人らしい屈強な体躯は、自分など比較しようもないほどに、威風堂々とした揺るぎない威厳を醸し出している。まさに、王者の風格であった。
その身に纏う気迫が、さらにその男を、どっしりと重く巨大な存在に思わせた。
ジグムント・ヴァン・グランカリス。
グランカリス帝国の若き覇者。百戦錬磨の軍神と名高い彼は、前宰相の退いた後、この一年で疾風のごとく頭角を現した。
今や、その名を知らぬ者は、この大陸にはいない。
自身が戦火の先陣をきり、彼が率いた戦では、敵は完膚なきまでに制圧され、その姿を見たものは戦意を喪失するという。
燃えるような紅の豊かな長い髪は、炎のようでもあり、血のようでもある。
冷淡にこちらへと向けられた視線は、それでもめらめらと燃え盛る猛火のような熱を内包していた。
この男が一人で戦地に立ったとしても、ムンデ国はきっと勝てないだろう。フェリは、そう思った。
これが、グランカリスの覇王、紅の獅子。
初めて目にするその姿は、その名の通りの雄々しい男だった。
尊大で傲然とした態度は、覇王の名に相応しい。
彼は、あらゆる力をもった……力と、富と、権力と、地位の全てを手中に収める、現在のグランカリス帝国における実質的な最高権力者である。
「この度の戦は、遺憾千万であった」
覇王は、変わらぬ口調で、淡々と告げる。
この度、フェリ・デールが軍師を務めるムンデ国は、愚かにもグランカリス帝国に戦いを挑んだ。そして、必然のように敗北した。
ムンデ国は、複数の派閥の集合体で、その派閥の長の代表が首長となり、国を治めている。身体能力が高く、好戦的な民族性は、周辺各国からも恐れられていた。
フェリは、ムンデ国現首長の属する最大派閥に仕える軍師だ。
いや、軍師だった。
もはや、過去のことだ。
ムンデ国の現首長の息子、それがフェリの主人だった。今回無謀にも、大陸一の国土を誇るグランカリス帝国に戦を仕掛けた、首謀者でもある。
フェリは、この戦の戦犯として、身柄をグランカリス帝国に引き渡されたのだ。
10年近く命を懸けて仕えた国は、あっさりフェリを捨てた。
わかっていたことだ。
純然たる事実として、ムンデ国が勝利する未来など無いことは、開戦前から明白だった。
グランカリス帝国の国力はムンデ国のそれと、比較するに及ばない。
そして、己がとるに足らない存在だということも。
「比して、昨年の、渓谷での一戦は、実に見事であったな」
ジグムントの唸るような重低音が、フェリの身を震わす。
ここにきて、初めてフェリは動揺した。じわり、と嫌な汗が滲み、背筋が冷える。
渓谷での一戦。
昨年、ムンデ国が、グランカリスの兵を後退させることに成功した、国境付近での二国間の衝突のことだ。ムンデ国がグランカリス帝国を出し抜いたのは、後にも、先にもこの時だけ。
約一年前の、あの作戦をフェリが立案したことは公にはされていない。にもかかわらず、この場で、そのことに言及されるということは……この男に、その事実を知られている。
フェリの心中は複雑だった。
「知っての通り、あの渓谷での我が国の被害は甚大だった。……そなたには、誠に感謝している」
そうか。なぜ、こうして何の価値もない自分が、敗戦にあたり、こうしてグランカリス帝国へわざわざ連行されるに至ったか。ようやく腑に落ちた。
あの時、多くのグランカリス兵が命を落とした。その、報復を受けるのだろう。
単に死地が変わっただけ。
でも、無実の罪で殺されるより、自分の死が誰かの慰めになるのなら、その方が幾分価値があるように思える。
最期に、ムンデ国を出て、グランカリス帝国への道中、これまで見たことも無い景色をこの目に焼き付け、音を聞き、匂いに触れたことだけでも、有意義であった。
眼光鋭くこちらを凝視する覇王の視線を感じながら、死を目前にして、奇妙に心が凪いだ。
この男を前にすれば、どんな生物も、怯えを抱き、萎縮するだろう。獰猛な殺気が、じりじりと肌を刺激する。
狙いを定められたら最後。許されるのは、ただ、喰われるのを、怯えながら待つのみ。
生存本能が、この男には逆らってはいけないと告げている。実際、壇上の覇王は、一瞥で自分の命すら、一瞬で奪える。
——……それなのに。
なんと凛々しい男なのだろう。まるで、本物の獅子のようだ。
ただ、そこに在るだけで、悠然とした気高さを感じさせる。
獣のような強い生命力を体現していながら、その自信に満ちた風格は優美な貫禄を兼ね備えていた。
醜い自分と、同種の生物とは、とても思えない。
死ぬ前に、このような人物とまみえる機会を与えられたことだけでも、価値があるように思えた。
そんな魅力が、覇王たる男にはあった。
「今日から、このグランカリスが、そなたの祖国である。死しても、ムンデの地に帰れるなどとは思わぬことだ」
もとよりムンデ国に帰る意志はない。帰る場所もない。
「感謝、申し上げます」
すぐには殺されないのか。
おそらくは短い期間であろうが、敵国であるグランカリス帝国が、自分を迎えてくれることに、驚きを禁じ得ない。
フェリは、自国でも味わったことのない、ほのかな感動を覚えながら、紅の獅子に深々と頭を下げた。
45
お気に入りに追加
878
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?しませんよ、そんなもの
おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。
アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。
けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり……
「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」
それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。
<嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
「その想いは愛だった」騎士×元貴族騎士
倉くらの
BL
知らなかったんだ、君に嫌われていたなんて―――。
フェリクスは自分の屋敷に仕えていたシドの背中を追いかけて黒狼騎士団までやって来た。シドは幼い頃魔獣から助けてもらった時よりずっと憧れ続けていた相手。絶対に離れたくないと思ったからだ。
しかしそれと引き換えにフェリクスは家から勘当されて追い出されてしまう。
そんな最中にシドの口から「もうこれ以上俺に関わるな」という言葉を聞かされ、ずっと嫌われていたということを知る。
ショックを受けるフェリクスだったが、そのまま黒狼騎士団に残る決意をする。
夢とシドを想うことを諦められないフェリクスが奮闘し、シドに愛されて正式な騎士団員になるまでの物語。
一人称。
完結しました!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる