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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』
サンタクロースの贈り物
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もうちょっと、あとちょっとだ。カメラからの映像は、暗い中に街灯りと車のライトばかりでつまんないけど、淳ちゃんがけっこう車飛ばしてるのはわかった。イヴちゃんがいよいよやって来る。降矢さん、そわそわし出した。
「大丈夫だって。もっと堂々としてていーよ」
「え……でも……」
「ま、無理なのはわかるけどさ。でもね、女の子って、男の人には堂々としてて欲しいって思うもんだよ」
「…………あ、そうだ。二階、ちょっと用意してきます」
「あいー」
とか言って。落ち着いてらんないってだけだね、きっと。
あ、そうだ、とあたしも思い立って、温かい飲み物を用意することにした。イブちゃん絶対寒いから。なかなか気が利くよね、あたし。
なんてやってたら、外で車の音がした。そしてドアを閉める音。玄関を開けて覗いてみると、やっぱりイヴちゃんと淳ちゃんだった。イヴちゃん毛布だし、淳ちゃんもクロークなんて行ってる暇なかったもんね、寒そうだ。
「はいはい入って入って! あたしも寒いよ!」
二人を中に招く。ちなみに降矢さんちは、靴のままでオッケーだ。
「由紀奈さん、ですね! あの! 哲ちゃ――哲広さんは、二階ですか?」
「あっ、う、うん、うん……」
初めて見る生イヴちゃん。おおー実物だー、って感動したけど、本人はちょっと興奮ぎみだった。降矢さんこそ一階に降りてくりゃいいのに。イヴちゃん着いたの気づいてるよね? と思ったら、降りてきてた。
「イヴ……」
階段降りて、あたしの後ろ、廊下の奥にいた。目を見開いて、びっくりしたような顔をしてたけど、嬉しい気持ちがそれよりもはっきりと表われて見えたし、その次には泣きそうな顔になるのがわかった。もちろん、嬉し泣きだ。
「哲ちゃん!」
あたしを跳ねのけて、毛布も落として、イヴちゃんが降矢さんに飛びついた。顔は見えないけど、きっと、というか絶対、一番の笑顔なはずだね。まだあたしは見たことないやつ。いいよ、降矢さん。ひとり占めしちゃって。
「こんな狭い廊下で感動の再会しなくてもなー。ね、淳ちゃん?」
がっちり抱き合う二人を見ながら、あたしはこっそり、淳ちゃんに囁く。
「まあ、そう言うな」
淳ちゃんは、あたしの肩に、手を置いた。
「ほらイヴちゃん、寒いよ? 毛布被って。や、気持ちはホットなんだろーけど。あったかいお茶、飲も?」
ちょっとだけ間を置いてから、毛布を拾ってあげて、そう声をかけた。
リビングに戻ると、PCに芳賀さんから着信の通知が出てた。そうだ、しまった。会場はどうなったんだろ。そっちのことをすっかり忘れてた。あたしってば、気が抜けてたみたいだ。
「あーもしもし! あたしです!」
淳ちゃんにお茶は任せて、すぐにかけ直した。ちなみに、芳賀さんにも探偵アプリをインストールしてもらってある。
『あああ、唄野様、そちらのご様子はいかがでしょうか……』
「こっちは大丈夫だよ。感動の再会したよ。みんなのおかげ。ってか、芳賀さんどーしたの? そっちどー?」
『こちらは特に問題無く、雪永章一氏が舞依様のご出奔に気付かれて直ちに会場を出た以外は、混乱などはございません。柏木様と優希絵お嬢様、お二人の魅力にて、会場全体を牛耳っておいでです……』
「んげ。気づかれたか。問題あんじゃん。てかそりゃそーだよね。知ってた。え、芳賀さん、それ何分くらい前? イヴちゃんパパ出たの」
『どれほど前か……と申しますより、そちらに向かっているのであれば、もう間もなく、到着してもおかしくはない頃合いかと……』
やっぱここの住所バレてるよね。ま、それも想定内だ。それに、どっちにしたってちゃんと向き合わなきゃなんだし。イヴちゃんのお父さんと。
「ん、わかった。なんとかする。てか、あの二人ならなんとかなるよ。切り札だってあるし。芳賀さんありがとー。車、返しに行くまで待ってて」
『宜しくお願いいたします……』
「そっちもお願いねー」
『かしこまりました……』
芳賀さん、デバイス着けてんのかな、て思って試しにカメラ映像のウィンドウ開いてみたら映った。会場では、なんかマスゲームやってるっぽかった。
「よし。二階行こっか! 降矢さん、やることあるんだよね? イヴちゃんが来たら完成って」
「左様です……」
芳賀さんかって。
「待て由紀奈。紅茶は……」
「二階に持ってこいって」
イヴちゃんと降矢さんを二階へ促す。その時、外で車の音がした。
「やべー! 淳ちゃんも早くー!」
あたしも二階へ上がった。玄関ドアがバゴンと開く音がした。
「この不良娘め、私を出し抜き、またも不祥事を起こしおった。誰と一緒なのか、私は知っているぞ!」
イヴちゃんのお父さんだ! ちょっと驚くどころじゃないんですけど!
「こりゃたまげた。何て剣幕だ」
淳ちゃん呑気すぎだって。お父さんは階段を上がってくる。
「抵抗しても無駄だ、出て来い、我が娘よ。褒美をくれてやるぞ、お前の貞節には!」
「わー! お父さん、落ち着いてって! イヴちゃんはね! イヴちゃんはね!」
「だめだ、だめだ、望んでも!」
普段は外交官やるくらいだから紳士なんだろうけど、すごい怒ってて怖かった。
「たくらみは暴かれた! 我が娘は反省が足りないようだ」
「お父さん、まあお茶でもどうだ。降矢はな、ああ見えても……」
「だめだ、だめだ、許さん!」
淳ちゃんがお盆を持って上がってきた。けどお父さんは聞く耳を持たない。
「お義父さん、お許しを!」
「だめだ、だめだ、だめだ!」
降矢さんがお父さんに歩み出て言うけど、聞かない。
「お父さん! この絵……この絵を見てください!」
そこで、イヴちゃんがお父さんに降矢さんの絵を指差した。降矢さんの描いたイヴちゃんの肖像画は、イーゼルに架かってアトリエの真ん中に置いてあった。
「この絵を見て……少しだけ、考えていただけませんか?」
イヴちゃんがそうお願いする。お父さんは絵に目を向けた。淳ちゃんもあたしも、そっちを見た。淳ちゃんが声を洩らす。
「何なんだ、どういうことなんだ! これはすごい。この前に見たのと、まるで別物じゃないか! 夢みたいだな。信じられんぞ?」
そう、イヴちゃんの肖像画、こないだのと全然違ってた。あたしもびっくりした。そんで、誰よりもびっくりしてたの、お父さんだったんだと思う。お父さん、降矢さんのこの絵に、ほんと文字通り、衝撃を受けてた。
「おおお! 舞依! 私を許してくれ!」
いきなりそう叫ぶくらいに。
イヴちゃんの肖像は、こないだ見た時と同じくやっぱり写実的で、うん、やっぱりイヴちゃんなんだげど、そう! 目は開けてて、すごいいい顔してた! ああー、イヴちゃんって、こんなふうに笑うんだ! って思った! えと、描かれてるのは笑ってる顔じゃないんだけど、すごく笑ってる感じがしたんだ。まるで見違えたよね。宗教画って、ちょっと暗いイメージな気がするんだけど、これは全然違ってた。てか宗教画じゃないし。あと、背景も明るくなってた。すごい魅力的なイヴちゃんがいた。というか、イヴちゃんの魅力が、詰まってた。うん、これを描けるのは、降矢さんしかいないね。
「お父さん……ね、これ……哲広さんが描いてくれた……。私を、私がいなくても、こんなに……。ね、お父さん、これ、なんだかお母さんにも見えるの。私、あんまり覚えてないけど……そんな感じがする。お父さんのほうが、きっとわかるよね? この感じ……」
「ああ、そうだ。これは舞依を描いた絵だが、お前のお母さんも、そう、まさしく、これだった。こうだった。それは私が一番よく知っている……そうだ、舞依、お前を一番よく知っているこの青年が、これを描いたということだ。そうなのだ。やっと今、それがわかった。今になるまでわからずに、私はお前にひどい事をした。舞依、私を許してくれ!」
「お父さんに許してもらわないといけないのは私のほう……だけど、お父さん、お父さんがそう言うのでしたら、私はお父さんを許します……」
イヴちゃんは、ずっと、嬉しそうにして涙を流してた。降矢さんも、泣きそうな顔しながら、嬉しそうにしてた。あたしもすごいうるっと来てたし、淳ちゃんは作業机の上にあったティッシュを何枚も何枚も取り出して鼻をかんでた。――っと! そこであたしの目に入ったのが、忘れちゃいけない、あのあれだ!
「ふ、降矢さん! あれ! あれあれ!」
焦ってそれの名前が出てこなくて指だけ差した。降矢さんは察してくれて、こっち来て作業机の上のそれを手に取り、イヴちゃんに示してみせる。
「イヴ、これ、憶えてる?」
「…………アドベントカレンダー?」
そうそうそれそれ!
「一年前に開けられなかった、『24』」
「うん……」
「開けてみて」
「うん……」
あたしが見守る中、イヴちゃんは、一年越しの『24』の窓を開けた。
「…………これって?」
「ずっと渡せないままでいたんだ。イヴ、着けてくれないか?」
中に入ってたのは、ちっさい銀色の、クロスの形のピアスだった。
「この絵は、イヴがそれを着けたら、完成なんだ」
あたしはすかさず、ポッケから手鏡を出した。気が利くよね。んで、イヴちゃんはピアスを着けた。絵を見る。絵の中のイヴちゃんも、それと同じピアスをしてた。
「……やっと、完成した」
なるほどねー。あたしはにやにやが止まらない。
「哲ちゃん、ありがと…………嬉しい!」
笑顔のイヴちゃん。あたしも見ちゃった。さいっこーに、かわいかった!
「メリークリスマス、イヴ」
あー、言うんだ、それ! わー! わー!
「うん……メリー、クリスマス」
また涙がこぼれるイヴちゃん。うん、これは泣く。
ああー、本当に、よかった。これで降矢さんもイヴちゃんもお父さんもみんな、幸せになれるね。なんか色々あったけど、イヴちゃん捜しだけじゃなくて、お父さんと和解するとこまで持ってったんだからすごいよね。
お父さんはさっそく、降矢さんをパーティーに連れていきたいらしい。絵も持ってって、会場の人たちみんなに見せたいらしい。
「でも、こんな格好では……」
降矢さんは、自分のガチ画家スタイルを気にしてる。
「あー、大丈夫だよ、降矢さん。それね、ちゃんと用意してる」
芳賀さんに頼んで、椒家から適当なタキシードを一着、リンカーンに積んできてもらってた。まー、無かったら無かったで、淳ちゃんをひん剥くだけだったけど。
そんで、降矢さんとイヴちゃんは、お父さんのハマーで会場に戻ることにした。なりそこないだったサンタクロースが、今度は絵という大っきな贈り物を持って、イヴちゃんちに向かってる。あたしも淳ちゃんの運転で戻って、制服だけどパーティーにちょっとだけお邪魔した。でも、家に帰んないといけなかったから(センパイもそう)、みんなですぐに出てきた。淳ちゃんはPCを戻さなきゃってのもあったから、事務所で降りた。彰子さんも、一緒に降りた。あたしは家まで送ってもらった。そうやって、今日の作戦メンバーは解散した。今夜はクリスマスイヴだもんね。良い子は家に帰んないとだもんね。
「大丈夫だって。もっと堂々としてていーよ」
「え……でも……」
「ま、無理なのはわかるけどさ。でもね、女の子って、男の人には堂々としてて欲しいって思うもんだよ」
「…………あ、そうだ。二階、ちょっと用意してきます」
「あいー」
とか言って。落ち着いてらんないってだけだね、きっと。
あ、そうだ、とあたしも思い立って、温かい飲み物を用意することにした。イブちゃん絶対寒いから。なかなか気が利くよね、あたし。
なんてやってたら、外で車の音がした。そしてドアを閉める音。玄関を開けて覗いてみると、やっぱりイヴちゃんと淳ちゃんだった。イヴちゃん毛布だし、淳ちゃんもクロークなんて行ってる暇なかったもんね、寒そうだ。
「はいはい入って入って! あたしも寒いよ!」
二人を中に招く。ちなみに降矢さんちは、靴のままでオッケーだ。
「由紀奈さん、ですね! あの! 哲ちゃ――哲広さんは、二階ですか?」
「あっ、う、うん、うん……」
初めて見る生イヴちゃん。おおー実物だー、って感動したけど、本人はちょっと興奮ぎみだった。降矢さんこそ一階に降りてくりゃいいのに。イヴちゃん着いたの気づいてるよね? と思ったら、降りてきてた。
「イヴ……」
階段降りて、あたしの後ろ、廊下の奥にいた。目を見開いて、びっくりしたような顔をしてたけど、嬉しい気持ちがそれよりもはっきりと表われて見えたし、その次には泣きそうな顔になるのがわかった。もちろん、嬉し泣きだ。
「哲ちゃん!」
あたしを跳ねのけて、毛布も落として、イヴちゃんが降矢さんに飛びついた。顔は見えないけど、きっと、というか絶対、一番の笑顔なはずだね。まだあたしは見たことないやつ。いいよ、降矢さん。ひとり占めしちゃって。
「こんな狭い廊下で感動の再会しなくてもなー。ね、淳ちゃん?」
がっちり抱き合う二人を見ながら、あたしはこっそり、淳ちゃんに囁く。
「まあ、そう言うな」
淳ちゃんは、あたしの肩に、手を置いた。
「ほらイヴちゃん、寒いよ? 毛布被って。や、気持ちはホットなんだろーけど。あったかいお茶、飲も?」
ちょっとだけ間を置いてから、毛布を拾ってあげて、そう声をかけた。
リビングに戻ると、PCに芳賀さんから着信の通知が出てた。そうだ、しまった。会場はどうなったんだろ。そっちのことをすっかり忘れてた。あたしってば、気が抜けてたみたいだ。
「あーもしもし! あたしです!」
淳ちゃんにお茶は任せて、すぐにかけ直した。ちなみに、芳賀さんにも探偵アプリをインストールしてもらってある。
『あああ、唄野様、そちらのご様子はいかがでしょうか……』
「こっちは大丈夫だよ。感動の再会したよ。みんなのおかげ。ってか、芳賀さんどーしたの? そっちどー?」
『こちらは特に問題無く、雪永章一氏が舞依様のご出奔に気付かれて直ちに会場を出た以外は、混乱などはございません。柏木様と優希絵お嬢様、お二人の魅力にて、会場全体を牛耳っておいでです……』
「んげ。気づかれたか。問題あんじゃん。てかそりゃそーだよね。知ってた。え、芳賀さん、それ何分くらい前? イヴちゃんパパ出たの」
『どれほど前か……と申しますより、そちらに向かっているのであれば、もう間もなく、到着してもおかしくはない頃合いかと……』
やっぱここの住所バレてるよね。ま、それも想定内だ。それに、どっちにしたってちゃんと向き合わなきゃなんだし。イヴちゃんのお父さんと。
「ん、わかった。なんとかする。てか、あの二人ならなんとかなるよ。切り札だってあるし。芳賀さんありがとー。車、返しに行くまで待ってて」
『宜しくお願いいたします……』
「そっちもお願いねー」
『かしこまりました……』
芳賀さん、デバイス着けてんのかな、て思って試しにカメラ映像のウィンドウ開いてみたら映った。会場では、なんかマスゲームやってるっぽかった。
「よし。二階行こっか! 降矢さん、やることあるんだよね? イヴちゃんが来たら完成って」
「左様です……」
芳賀さんかって。
「待て由紀奈。紅茶は……」
「二階に持ってこいって」
イヴちゃんと降矢さんを二階へ促す。その時、外で車の音がした。
「やべー! 淳ちゃんも早くー!」
あたしも二階へ上がった。玄関ドアがバゴンと開く音がした。
「この不良娘め、私を出し抜き、またも不祥事を起こしおった。誰と一緒なのか、私は知っているぞ!」
イヴちゃんのお父さんだ! ちょっと驚くどころじゃないんですけど!
「こりゃたまげた。何て剣幕だ」
淳ちゃん呑気すぎだって。お父さんは階段を上がってくる。
「抵抗しても無駄だ、出て来い、我が娘よ。褒美をくれてやるぞ、お前の貞節には!」
「わー! お父さん、落ち着いてって! イヴちゃんはね! イヴちゃんはね!」
「だめだ、だめだ、望んでも!」
普段は外交官やるくらいだから紳士なんだろうけど、すごい怒ってて怖かった。
「たくらみは暴かれた! 我が娘は反省が足りないようだ」
「お父さん、まあお茶でもどうだ。降矢はな、ああ見えても……」
「だめだ、だめだ、許さん!」
淳ちゃんがお盆を持って上がってきた。けどお父さんは聞く耳を持たない。
「お義父さん、お許しを!」
「だめだ、だめだ、だめだ!」
降矢さんがお父さんに歩み出て言うけど、聞かない。
「お父さん! この絵……この絵を見てください!」
そこで、イヴちゃんがお父さんに降矢さんの絵を指差した。降矢さんの描いたイヴちゃんの肖像画は、イーゼルに架かってアトリエの真ん中に置いてあった。
「この絵を見て……少しだけ、考えていただけませんか?」
イヴちゃんがそうお願いする。お父さんは絵に目を向けた。淳ちゃんもあたしも、そっちを見た。淳ちゃんが声を洩らす。
「何なんだ、どういうことなんだ! これはすごい。この前に見たのと、まるで別物じゃないか! 夢みたいだな。信じられんぞ?」
そう、イヴちゃんの肖像画、こないだのと全然違ってた。あたしもびっくりした。そんで、誰よりもびっくりしてたの、お父さんだったんだと思う。お父さん、降矢さんのこの絵に、ほんと文字通り、衝撃を受けてた。
「おおお! 舞依! 私を許してくれ!」
いきなりそう叫ぶくらいに。
イヴちゃんの肖像は、こないだ見た時と同じくやっぱり写実的で、うん、やっぱりイヴちゃんなんだげど、そう! 目は開けてて、すごいいい顔してた! ああー、イヴちゃんって、こんなふうに笑うんだ! って思った! えと、描かれてるのは笑ってる顔じゃないんだけど、すごく笑ってる感じがしたんだ。まるで見違えたよね。宗教画って、ちょっと暗いイメージな気がするんだけど、これは全然違ってた。てか宗教画じゃないし。あと、背景も明るくなってた。すごい魅力的なイヴちゃんがいた。というか、イヴちゃんの魅力が、詰まってた。うん、これを描けるのは、降矢さんしかいないね。
「お父さん……ね、これ……哲広さんが描いてくれた……。私を、私がいなくても、こんなに……。ね、お父さん、これ、なんだかお母さんにも見えるの。私、あんまり覚えてないけど……そんな感じがする。お父さんのほうが、きっとわかるよね? この感じ……」
「ああ、そうだ。これは舞依を描いた絵だが、お前のお母さんも、そう、まさしく、これだった。こうだった。それは私が一番よく知っている……そうだ、舞依、お前を一番よく知っているこの青年が、これを描いたということだ。そうなのだ。やっと今、それがわかった。今になるまでわからずに、私はお前にひどい事をした。舞依、私を許してくれ!」
「お父さんに許してもらわないといけないのは私のほう……だけど、お父さん、お父さんがそう言うのでしたら、私はお父さんを許します……」
イヴちゃんは、ずっと、嬉しそうにして涙を流してた。降矢さんも、泣きそうな顔しながら、嬉しそうにしてた。あたしもすごいうるっと来てたし、淳ちゃんは作業机の上にあったティッシュを何枚も何枚も取り出して鼻をかんでた。――っと! そこであたしの目に入ったのが、忘れちゃいけない、あのあれだ!
「ふ、降矢さん! あれ! あれあれ!」
焦ってそれの名前が出てこなくて指だけ差した。降矢さんは察してくれて、こっち来て作業机の上のそれを手に取り、イヴちゃんに示してみせる。
「イヴ、これ、憶えてる?」
「…………アドベントカレンダー?」
そうそうそれそれ!
「一年前に開けられなかった、『24』」
「うん……」
「開けてみて」
「うん……」
あたしが見守る中、イヴちゃんは、一年越しの『24』の窓を開けた。
「…………これって?」
「ずっと渡せないままでいたんだ。イヴ、着けてくれないか?」
中に入ってたのは、ちっさい銀色の、クロスの形のピアスだった。
「この絵は、イヴがそれを着けたら、完成なんだ」
あたしはすかさず、ポッケから手鏡を出した。気が利くよね。んで、イヴちゃんはピアスを着けた。絵を見る。絵の中のイヴちゃんも、それと同じピアスをしてた。
「……やっと、完成した」
なるほどねー。あたしはにやにやが止まらない。
「哲ちゃん、ありがと…………嬉しい!」
笑顔のイヴちゃん。あたしも見ちゃった。さいっこーに、かわいかった!
「メリークリスマス、イヴ」
あー、言うんだ、それ! わー! わー!
「うん……メリー、クリスマス」
また涙がこぼれるイヴちゃん。うん、これは泣く。
ああー、本当に、よかった。これで降矢さんもイヴちゃんもお父さんもみんな、幸せになれるね。なんか色々あったけど、イヴちゃん捜しだけじゃなくて、お父さんと和解するとこまで持ってったんだからすごいよね。
お父さんはさっそく、降矢さんをパーティーに連れていきたいらしい。絵も持ってって、会場の人たちみんなに見せたいらしい。
「でも、こんな格好では……」
降矢さんは、自分のガチ画家スタイルを気にしてる。
「あー、大丈夫だよ、降矢さん。それね、ちゃんと用意してる」
芳賀さんに頼んで、椒家から適当なタキシードを一着、リンカーンに積んできてもらってた。まー、無かったら無かったで、淳ちゃんをひん剥くだけだったけど。
そんで、降矢さんとイヴちゃんは、お父さんのハマーで会場に戻ることにした。なりそこないだったサンタクロースが、今度は絵という大っきな贈り物を持って、イヴちゃんちに向かってる。あたしも淳ちゃんの運転で戻って、制服だけどパーティーにちょっとだけお邪魔した。でも、家に帰んないといけなかったから(センパイもそう)、みんなですぐに出てきた。淳ちゃんはPCを戻さなきゃってのもあったから、事務所で降りた。彰子さんも、一緒に降りた。あたしは家まで送ってもらった。そうやって、今日の作戦メンバーは解散した。今夜はクリスマスイヴだもんね。良い子は家に帰んないとだもんね。
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