ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』

サンタクロースのカレンダー

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 あたしは降矢ふるやさんの横で、彼が牛めしを食べるのを見てた。淳ちゃんの今日のサイドメニューのチョイスは、普通に生野菜だった。淳ちゃんはいまだにカレーを封印してる。いいことだと思う。降矢さんの足元にはクタクタ紙袋が置いてあって、それを見てあたしは、自分の買ってきた物、そういや何とかしないと、って思い出した。
「……いただきました、ごちそうさまでした」
 紙袋やらビニール袋やらをガサガサやってるうちに、降矢さんが食べ終わった。
「あーはいはい、んじゃ、コーヒー淹れる。あ、ココアがいっかな?」
「コーヒーが……というか、その……すみません……」
「いーよいーよ、あたしも飲みたかったし。待っててー」
 ソファのとこからこっち向いてる彼の顔は、ちょっとだけだけど元気になったように見えた。でも目はやっぱり悲しそうなままだった。そりゃあね。それだけでものすごい元気になっちゃったら、むしろ引く。というわけで、あたしはキッチンに行った。
「えーっと、あたしのマグと、来客用のカップと……わーっ!」
 コーヒー派か紅茶派か、って言われたら、あたしはちょっと迷うかも。ココアは賞味期限切れてたから危なかった。もったいないけど捨てなきゃだ。淳ちゃんもあたしも、あんまっていうか全然飲まないんだよね、ココア。
「んで、降矢さん、なんでそんな薄着で歩いてたの? どっか行くとこってふうには見えなかったけど?」
 ちょっと訊きにくい直球質問だったから、顔見えないとこから声張って訊いてみた。だってやっぱ訊きにくいじゃん。あんな目しててさ? でもやっぱ気になるから。
 …………返事は無かった。
 あれ? って思ってキッチンから顔出してみたら、降矢さん、消えてた。
「あーっ! なんでだよ!」
 トイレに行った、とかでもない。トイレ行くにはこっち通らなきゃだから。

 しゃーなしに松屋の容器を洗ってたら、がちゃりと事務所入り口のドアが開いた。
「んん? さっきの男はどうした? ……おっ、なんだ、振られたのか」
「うざ」
 淳ちゃんだった。キッチンに入ってきて言う。正直うざい。
「うざ。コーヒー飲む?」
「二回言われた……」
「ほらどーぞ!」
「…………ぬるいんだが」
「知らん!」
 まー、淳ちゃんに当たっても仕方ないんだけど。うん。仕方ない。仕方ないから、買ってきた物、捌くことにした。
「ほらほら、淳ちゃん。じゃーん」
「なんだそりゃ」
 あたしは一番大きい紙袋から、24個の窓がある家みたいな形した、通学鞄くらいの大きさのボール紙でできた模型っぽいのを出して見せた。
「アドベントカレンダーって言うんだよ」
「なんだそりゃ」
「知ってるわけないよねー、淳ちゃんだもんねー。これさ、十二月一日から、毎日一個ずつ窓開けてって、中に入ってるお菓子食べながら、クリスマスまでカウントダウンするんだよ」
「一日からだと? 今日はもう十四日だぞ」
「知ってるし。そう、だから、安くなってた。安売り。三割引」
「ほーん」
「よっし。十四日だから、一気に十四個開けていーよね」
「俺は菓子は食わんぞ」
「あたしが食うからいーんだよ。てか、こーいうので、クリスマスだぞって気分を盛り上げんだよ。それが大事なんだって。理解しろよ」
「ほーん」
「腹立つ。まーいーや、開けるぞー…………って、なんだこりゃ」
 窓を一個、ゴスッと開けてみたら、中に入ってたのは、ミニパック包装の柿の種だった。二個目開けたら、さきいか。次は、落花生。その次は、あたりめ。
「なんだこりゃ」
「渋いな。ウケる」
「笑えねーし」
 後ろ側の品質表示のとこ見て、商品名なんて書いてあるか確認してみる。
「『こっそり乾杯! アドベントおつまみカレンダー』……は?」
「そりゃいい。ウケる」
「笑えねーし。なんだよ、酒飲めねーくせに」
「俺は酒が飲めないんじゃない。ただ、ちょっと弱いだけだ……」
「ちょっとじゃなくて、だいぶな。ってか、どーだっていい。まーいっか、見た目はちゃんとクリスマスっぽいからさ。どこ飾っとく? あとほら、他にも色々買ってきたから、淳ちゃんも飾り付け手伝って。ね?」
「え」
「返事」
「はい……」
 こうして淳ちゃんとあたしは、事務所中を、クリスマスっぽさでいい感じに演出していったのだった。

「……うん? これは何だ、由紀奈」
「えーなに?」
 淳ちゃんが応接スペースでテーブルの上をガン見してた。
「降矢、哲広……? さっきの男か?」
 テーブルの上にそのままにしてあった、降矢さんが名前書いたメモだな。
「あ、そーそー、それなんだけど……」
「あと、これもだぞ? 何だこれは?」
 淳ちゃんがそう言ってガサッと持ち上げたそれは、なんと、降矢さんのクタクタ紙袋だった!
「うわ! それも降矢さんの! 気づかなかった!」
 あたしは思わず走り寄る。
「そんなの忘れてくなんて、どんだけ逃げたかったんだよー!」
「中身は、――これは?」
 淳ちゃんが袋の中を覗く。あたしも覗く。よくわかんない。引っ張り出してみた。
「これって……これも、アドベントカレンダーだね」
 あたしの買ってきたのよりもひと回り大きな、しかも軽い木でできた、ちょっと立派なアドベントカレンダーだった。
「えーこれどーしよ」
「あの男はいったい、何だったんだ?」
「……うん、なんかね、商店街で買い物してたら死にそーな顔して歩いてたんだよ。だからさ、放っとけなくてさ。あ、言っとくけど、惚れたとか一目惚れとかそーいうんじゃないから」
「ん? 誰もそこまでは訊いてないが?」
「……っ! あーうっさ! うっざ!」
 あたしはメモ帖を引っつかんで、事務所PCの前に座った。アドベントカレンダー、返しに行かないと。あれからけっこう、時間経っちゃってた。とりあえず降矢さんの名前で検索をかける。
「あれっ。なんか普通に出てきた」
 いつもだったら個人情報探るのに、何かしらいじったり潜り込んだりするんだけど、降矢さんは普通に自分のウェブサイト持ってて、それが普通に出てきた。
降矢ふるや哲広てつひろさん。画家だって。へー!」
「ほーん」
「住所はー、えーっと……」
 さすがに住所は載ってなかったけど、そんなの、あたしの由紀奈ちゃん情報網ネットワークにかかれば一発だ。やっぱりっていうかなんていうか、事務所から徒歩圏内だった。しかも、野方女学院ノガジョのすぐ近くだった。
「ねー淳ちゃん。あたし明日さ、学校終わったらそのままこれ返しに行く」
「ん? 俺が行ってもいいが?」
「いーえ、あたしが行く」
「な、なぜそんなこと言い出すんですか! やっぱり惚れちゃったんですか!」
「だから違うっての。言ってんじゃん。うるさいよ。大人しくしてなー」
 なんか、ちょっとだけだけど、腹が立ってた。あんな何も言わないで消えるなんてさ。あんなどうしようもない顔してさ。放っとけないっての。ほんとそれだけ。言っとくけど、こうなったらあたしはもう、誰にも止められないからね。



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