ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

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Vol.2『裸のボディガード』

ボディガード、赤面す

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 今この場における、俺の唯一の弱点。それは、由紀奈だ。そこに付け入ったミスターホワイトの卑劣な手口により、俺は大ピンチに陥った。しかし、どんな危機が訪れようとも、ハードボイルドは切り抜ける。昔からそう決まってるんだ。
 くそったれホワイトと由紀奈が階段を下り切ったようだ。足音がコンクリ上のそれに変わった。俺はすぐさま、図に乗るオレンジをブッ飛ばし、階段を降りる。が、ここはゆっくりとだ。ホワイトを下手に刺激しないためだ。
「ホワイト」
 階段を降りきると、一階の吹き抜け部に出た。奴は由紀奈の肘を掴んで、二十メートルほど先を歩いていた。俺は名前を呼んだつもりだったが、よくよく考えたらこいつはホワイトという名じゃあなかった。
「動くなっつったろうがッ!」
 すぐさま由紀奈にナイフを突きつけ、ホワイトはこっちを振り向いた。由紀奈に害の及ばないギリギリのラインだった。俺はというと、オレンジに殴られたダメージが思ったよりいた。体の芯を絞って打撃から外して、クリーンヒットを避けてはいたが、やはり蓄積していた。若干フラつく。ここはひとまず機を待つしか無いか。
「淳ちゃん……」
 目を見開いて、眉を歪めて、怯えきった表情をして、由紀奈が微かに声を洩らした。ああ、そんな顔をさせて俺の名を呼ばせやがって。拳で鼻を拭った。鼻血が出ていた。頬の内側も切っていた。鉄の味がした。
 ホワイトは俺のほうを向いたまま、後ずさりながら通用口を目指していた。俺がさっき上った階段の下まで来ると、床でのびていたミスターブロンドを足で小突いた。ブロンドは目を覚ましたが、それとほぼ同時に、彰子の機動隊が通用口から突入してきた。ホワイトは弾かれたように向きを変え、吹き抜け部の閉ざされたでかいシャッターのほうへ向かった。ブロンドはすぐに、機動隊に身柄を確保された。
 ホワイトはシャッターを開けたいのだろう。その操作盤は、階段と反対側の壁にあった。が、奴がそこに到達するより早く、ゴンゴンゴンと音を立てて鉄の幕が上がり始めた。外から機動隊が操作したのだろう。ずらりと並んだ黒の安全靴が見えた。
「クソッ!」
 出口を失い、今度は俺のほうへ近づいてきた。機動隊は突入し、横並びになって完全に退路を断った。奴は由紀奈を盾にナイフを突きつけ、それ以上は寄ってこない。俺とホワイトの間は五メートル、そして十メートルの弧を描いて、機動隊が取り囲んだ。二階も一時いっとき騒然としたが、すぐに制圧され、静かになった。一階は膠着状態に見えた。しかし、形勢は明らかにこっち側にあった。
「進退きわまったな」
 俺はホワイトにそんな言葉を掛けた。
「さあどうする。由紀奈を盾に突破するか」
「…………」
 ホワイトは俺を睨んできたが、その目には既に力は無かった。
「俺はお勧めしないな。お前だってわかってるだろう」
 歪めた口元から、諦念が滲み出ていた。
「ボスが誰だか知らないが……足を洗え。俺よりも若いんだろ。まだ間に合う」
 説教する趣味は無いんだが。こいつがあまりにも哀れに見えた。逆ギレするだけの度胸も無い、並みの男だ。こっちの世界にゃ向いてない。
「…………クソっ」
 弱々しく言葉を吐き出し、ナイフを下げた。由紀奈の首を抱えていた腕も下ろした。そして膝を折り、ナイフを放り、うなだれた。それでいい。若ハゲが加速しやしないかと、少し心配した。
 かかっていたテンションが無くなり、由紀奈がよろめく。もちろん、俺が抱き止める。残った力を絞り出し、五メートルの距離を一瞬で詰めた。力無く俺に身を預ける由紀奈だったが――軽い。こいつ、こんなに細かったか。しかし、俺ももうそれで限界だった。
「お前はもっと肉つけような」
「うるせーうるせー」
「遅くなって悪かった。無事で良かった」
「…………無理すんなっての………………ありがと」
 堰を切ったように機動隊員たちが押し寄せ、ホワイトを拘束した。二階から一階から、人が行き来し、騒がしくなった。気づけば、由紀奈が嗚咽していた。安堵ゆえか。俺は慌てた。女の泣き顔は苦手なんだ。決してこいつを汚すまいと、必死で右手で顔の鼻血その他を拭い、しかし何も着ていなかったから、仕方なしにパンツで手を拭き、震える由紀奈の頭をそっと包み、胸に抱き寄せた。
 機動隊員の波の中、ふいにファサッと毛布を掛けられた。顔を上げると、幹彦と彰子が傍に立っていた。
「目の毒だわあ」
 俺は、ひどく赤面した。



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