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Vol.2『裸のボディガード』
ボディガード、ピンチです
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いつもなら、探偵だフォンで由紀奈と喋りながら潜入してるはずが、今回は俺ひとりで黙々と狩っている。気合いの発声を控えているのは、勘づかれないうちに数を減らしておきたいという気持ちの現れだ。ここまですこぶる順調だ。殴ってみたら、思ったよりも雑魚ぞろいだった、というのもある。二分とかからず四匹倒した。
だが、ここからが勝負だ。今から、正面切って事務所に乗り込む。俺の存在が、もうバレてるか、まだバレてないか。どっちだ。
俺は考えを巡らせた。安易に壁やドアに耳を寄せて中の様子を伺うのは、曲者よろしく槍で突かれる恐れがある。普通にドアを開けてこんにちはするのは、普通に殴って下さいと言ってるようなもんだ。二対一の構図になることは目に見えている。
ならどうするか。俺はできる限り身を低くし、頭を下げ、腕だけを伸ばして、ドアノブをそっと静かに回した。これだ。
槍のリスクは回避できるし、殴りかかってこようとするなら、その的が見当たらずに面食らうだろう。その出かたを見て、こっちから攻勢をかけられる。バレてなかったらバレてなかったで、意表を突くことができる。かんぺきじゃん。
ドアノブを回し切ったところで押してみたが、逆だった。こっち側に開くドアだった。顔を上げて様子を伺うが、人が待ち構えてたり飛び出してくるような気配は無かった。俺はそのままドアをスッと開け、堂々と立って中へ入った。バレてなかった。なんだ、結局ただの取り越し苦労だったな。
「淳ちゃん!」
名前を呼ばれた。やっと聴けたその声。良かった。由紀奈だ。無事だった。見ると、両腕を背中で縛られて、硬そうなベンチソファに座らされていた。
「待たせたな、由紀奈」
「何だ貴様!」
「どっから入ってきやがった!」
由紀奈のそばに座っていたミスターホワイトとミスターオレンジが、芸人よろしくテンプレなセリフを吐いて立ち上がった。
「何も気づいてないんだな。お前らのお仲間をブチのめしながら上がってきたんだが。四人倒したぞ。あとはお前ら二人だけでいいのか?」
「な、なんだって?」
「いつの間にィ!?」
「そーだよ淳ちゃん、こいつら全部で六人だった」
「そうか。よし、じゃあお前ら選べ。俺に殴られるか、大人しく降参するかだ」
降参しても俺は殴るけどな。俺の由紀奈に手を出した罰だ。
「野郎ォ!」
「ふざけた格好しやがって!」
どう見ても、ロールズとは不釣り合いなただのチンピラだ。つまり、雇われだ。雇い主は他にいる。
「お前らこそ、ふざけた真似をしやがって、だ。そもそも、ターゲットを間違えてる。そいつは由紀奈だ。椒優希絵じゃあない。唄野由紀奈だ」
衝撃の事実を告げながら、俺は悠然と間を詰める。
「何ィ!?」
「な、なんだって?」
「だからずーっと言ってんじゃん。人違いだぞー、って。ばかじゃん」
「どうして間違えたんだろうな。まあ優希絵と由紀奈じゃ紛らわしいか」
「あたし名乗りながら歩かねーし」
「顔も髪型も違うしな。じゃあ何だ」
ホワイトとオレンジを交互に睨みつけながら訊いた。
「美術部だって聞いてたから……」
「スケッチブック持ってたし……それと、体型が……」
「貧乳か」
「おい」
「そうだ、貧乳だって話だった……」
「だから俺たち間違えた……」
「淳ちゃん、こいつらぼっこぼこにしていーよ」
「よしわかった」
「淳ちゃんも後でお仕置きな」
「まじですか」
「くっ、この野郎!」
「ふざけてんじゃねえ!」
来たぞ、二人同時に殴りかかってきやがった。しかし、いかんせん動きにキレが無い。コクも無い。つまり、芯が無い。
「んがっ」
俺から見て右手側、ミスターオレンジの右パンチを左へかわし、その流れで左拳を左手側のミスターホワイトへカウンターで決めた。鼻の潰れる感触がした。不快だ。
「おごっ」
すかさず、ガラ空きのオレンジの脇腹へ前蹴りを入れた。一瞬で両氏とも吹っ飛んだ。話にならんな。どっちも浅く入れたくらいでこのザマだ。まあいい。さっさと決めるか――
「んの野郎! 動くな!」
ホワイトだ。どこから出したか、刀身の厚いサバイバルナイフを手にしていた。左手で由紀奈の後ろ襟を掴んで無理やり立たせ、そして――
「動いたらわかるな? 動くなよ……」
由紀奈の小ぶりで尖った顎先にナイフを突きつけ……この野郎! この腐れ外道! ふざけるな! たちまち、由紀奈の顔が恐怖に引きつった。あの由紀奈が、声も上げられないでいた。ああ、そんな顔をさせやがって。ああ、そんな顔を俺に見させやがって。俺の怒りは、俺自身今まで経験したことの無いレベルまで急激に達した。ミスターホワイト、お前がこのクソの集まりの頭らしいな。最年長か。若ハゲめ。そのクソったれ人生、今、ここ、この場で終わりにしてやる。
だが俺は動けない。これで由紀奈が少しでも傷ついたら、俺の魂が死ぬ。
「ぅおらあっ!」
起き上がったオレンジが殴りかかってきた。肩を掴まれ、引かれ、顔に打撃を食らう。腹に膝を入れられる。
「何とか言ってみやがれェ!」
俺は動けない。しかし、絶対に倒れはしない。耐えるしかない。絶対に負けはしない。クソったれホワイトを睨みつける。鬼も逃げ出す目をしてただろう。ああ、畜生が。畜生め。ホワイトは左肘で由紀奈の首を抱えるようにして、後ずさっていった。後ろの壁にドアがあった。
「開けろ!」
ホワイトの畜生が由紀奈に言った。縛られたままの手で、身を捩りながら、可哀想な由紀奈はノブを回した。ドアは奥側へ開いた。ナイフを突きつけたまま、ホワイトは由紀奈を引きずるようにしてその影に消えた。
ああ、畜生、畜生が。鉄骨階段に響く乱れた足音が、一階へと降りていくのを聞いた。俺はオレンジの打撃を食らいながら、ただ、耐え、立ち続けた。
だが、ここからが勝負だ。今から、正面切って事務所に乗り込む。俺の存在が、もうバレてるか、まだバレてないか。どっちだ。
俺は考えを巡らせた。安易に壁やドアに耳を寄せて中の様子を伺うのは、曲者よろしく槍で突かれる恐れがある。普通にドアを開けてこんにちはするのは、普通に殴って下さいと言ってるようなもんだ。二対一の構図になることは目に見えている。
ならどうするか。俺はできる限り身を低くし、頭を下げ、腕だけを伸ばして、ドアノブをそっと静かに回した。これだ。
槍のリスクは回避できるし、殴りかかってこようとするなら、その的が見当たらずに面食らうだろう。その出かたを見て、こっちから攻勢をかけられる。バレてなかったらバレてなかったで、意表を突くことができる。かんぺきじゃん。
ドアノブを回し切ったところで押してみたが、逆だった。こっち側に開くドアだった。顔を上げて様子を伺うが、人が待ち構えてたり飛び出してくるような気配は無かった。俺はそのままドアをスッと開け、堂々と立って中へ入った。バレてなかった。なんだ、結局ただの取り越し苦労だったな。
「淳ちゃん!」
名前を呼ばれた。やっと聴けたその声。良かった。由紀奈だ。無事だった。見ると、両腕を背中で縛られて、硬そうなベンチソファに座らされていた。
「待たせたな、由紀奈」
「何だ貴様!」
「どっから入ってきやがった!」
由紀奈のそばに座っていたミスターホワイトとミスターオレンジが、芸人よろしくテンプレなセリフを吐いて立ち上がった。
「何も気づいてないんだな。お前らのお仲間をブチのめしながら上がってきたんだが。四人倒したぞ。あとはお前ら二人だけでいいのか?」
「な、なんだって?」
「いつの間にィ!?」
「そーだよ淳ちゃん、こいつら全部で六人だった」
「そうか。よし、じゃあお前ら選べ。俺に殴られるか、大人しく降参するかだ」
降参しても俺は殴るけどな。俺の由紀奈に手を出した罰だ。
「野郎ォ!」
「ふざけた格好しやがって!」
どう見ても、ロールズとは不釣り合いなただのチンピラだ。つまり、雇われだ。雇い主は他にいる。
「お前らこそ、ふざけた真似をしやがって、だ。そもそも、ターゲットを間違えてる。そいつは由紀奈だ。椒優希絵じゃあない。唄野由紀奈だ」
衝撃の事実を告げながら、俺は悠然と間を詰める。
「何ィ!?」
「な、なんだって?」
「だからずーっと言ってんじゃん。人違いだぞー、って。ばかじゃん」
「どうして間違えたんだろうな。まあ優希絵と由紀奈じゃ紛らわしいか」
「あたし名乗りながら歩かねーし」
「顔も髪型も違うしな。じゃあ何だ」
ホワイトとオレンジを交互に睨みつけながら訊いた。
「美術部だって聞いてたから……」
「スケッチブック持ってたし……それと、体型が……」
「貧乳か」
「おい」
「そうだ、貧乳だって話だった……」
「だから俺たち間違えた……」
「淳ちゃん、こいつらぼっこぼこにしていーよ」
「よしわかった」
「淳ちゃんも後でお仕置きな」
「まじですか」
「くっ、この野郎!」
「ふざけてんじゃねえ!」
来たぞ、二人同時に殴りかかってきやがった。しかし、いかんせん動きにキレが無い。コクも無い。つまり、芯が無い。
「んがっ」
俺から見て右手側、ミスターオレンジの右パンチを左へかわし、その流れで左拳を左手側のミスターホワイトへカウンターで決めた。鼻の潰れる感触がした。不快だ。
「おごっ」
すかさず、ガラ空きのオレンジの脇腹へ前蹴りを入れた。一瞬で両氏とも吹っ飛んだ。話にならんな。どっちも浅く入れたくらいでこのザマだ。まあいい。さっさと決めるか――
「んの野郎! 動くな!」
ホワイトだ。どこから出したか、刀身の厚いサバイバルナイフを手にしていた。左手で由紀奈の後ろ襟を掴んで無理やり立たせ、そして――
「動いたらわかるな? 動くなよ……」
由紀奈の小ぶりで尖った顎先にナイフを突きつけ……この野郎! この腐れ外道! ふざけるな! たちまち、由紀奈の顔が恐怖に引きつった。あの由紀奈が、声も上げられないでいた。ああ、そんな顔をさせやがって。ああ、そんな顔を俺に見させやがって。俺の怒りは、俺自身今まで経験したことの無いレベルまで急激に達した。ミスターホワイト、お前がこのクソの集まりの頭らしいな。最年長か。若ハゲめ。そのクソったれ人生、今、ここ、この場で終わりにしてやる。
だが俺は動けない。これで由紀奈が少しでも傷ついたら、俺の魂が死ぬ。
「ぅおらあっ!」
起き上がったオレンジが殴りかかってきた。肩を掴まれ、引かれ、顔に打撃を食らう。腹に膝を入れられる。
「何とか言ってみやがれェ!」
俺は動けない。しかし、絶対に倒れはしない。耐えるしかない。絶対に負けはしない。クソったれホワイトを睨みつける。鬼も逃げ出す目をしてただろう。ああ、畜生が。畜生め。ホワイトは左肘で由紀奈の首を抱えるようにして、後ずさっていった。後ろの壁にドアがあった。
「開けろ!」
ホワイトの畜生が由紀奈に言った。縛られたままの手で、身を捩りながら、可哀想な由紀奈はノブを回した。ドアは奥側へ開いた。ナイフを突きつけたまま、ホワイトは由紀奈を引きずるようにしてその影に消えた。
ああ、畜生、畜生が。鉄骨階段に響く乱れた足音が、一階へと降りていくのを聞いた。俺はオレンジの打撃を食らいながら、ただ、耐え、立ち続けた。
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