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Vol.1『ファムファタ女と名探偵』
ハードボイルド仕事する
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我が事務所の強みは、なんと言っても由紀奈の情報収集力だ。彼女はいかにも現代っ子らしく、ネット上のあらゆる情報にアクセスできる。多少のファイアウォールなど問題にならない。クラッキングもお手のものだ。この身ひとつでやってきたアナクロ人間の俺とは大違いだ。ただ、いち高校生のバイトの身、雇い主の俺としては、彼女に危険な真似をさせるわけにはいかない。今日はただの偵察だが、現場は専ら、俺の仕事だ。
兵藤の邸宅は、南麻布のちょっとした坂のちょうど頂上あたりに、デーンとそびえ立っていた。周囲に所狭しと家々が建ち並ぶ中、ひと回り大きな区画に瓦つきのいかにも金が掛かってそうな塀を巡らせ、中には庭園も拵えてあるのだろう、松やら何やらの木を何本も生やしてあるのが見えた。建家は部分的に三階もあるほぼ二階建て、堂々とした構えにモダンなテイストをもちりばめた日本家屋だ。全部で一体いくらするんだ。
ピンポーン
『はーい』
俺は立派な屋根付きの門の前に立ち、少し緊張しつつそれは表に出さず(ハードボイルドの流儀だ)、ボタンを押してインターホンを鳴らした。中年女性の声がスピーカーから返ってきた。
「おはようございまーす。水レスキューのみず太郎と申しまーす」
『は、はい?』
「水漏れのご相談をご主人様より頂きましてー、お伺いしましたー」
『は、はい……』
ちょろいもんだ。今日の俺は水色のツナギに水色の帽子を被り、それっぽい水色のペイントを施したカブに水色の工具箱を載せて、どこからどう見てもそうとしか見えない水道屋に変装している。これなら怪しまれずに堂々と邸内へ入り込める。兵頭本人がすでに家を出てここにいない事は、由紀奈情報により把握済みだ。いかつい門が自動で開いて、由紀奈の調べ通りの通いの家政婦が玄関口に現れた。
「あ、どうもーすみませーん、おはようございますー」
「ええと……?」
出てきたのはいかにも普通なオバサンだった。当然のことながら、困惑してる様子だ。
「二階のトイレ周りで漏水がある、というお話でしてー」
「私は何も聞いてませんが……」
俺のいつもの手口なのだが、どこの家に行っても皆同じような反応をする。だから俺は、いつものように家政婦なり奥さんなりを言いくるめ、宅に上がる。それにしてもでかい家だ。この格好なら、キョロキョロしてもそうおかしくはない。庭から何からそこらじゅうを見回して、兵頭邸がどんな具合かじっくり観察した。由紀奈調べの間取り図はあったが、やはり自分の目で実際に見るのは大事だ。
内部は意外に洋風の造りだった。兵藤の主寝室は、二階廊下の一番奥にあった。その向かいがトイレなため、オバサンの案内で難なく到達できた。
「では、何かありましたらお声がけしますんでー」
そう言ってオバサンを追い払った。だがこれでひと安心と油断してはいけない。オバサンが兵頭本人に連絡を入れる可能性が高い。そして――
「あ、お邪魔してまーす」
ぬらりと廊下に男が現れた。なので、先手を打って挨拶をかました。がたいのいい、ガラの悪さが隠しきれない大男だった。こいつが用心棒か。由紀奈調べにより、そんなのがいる事も把握済みだ。まあ、どう見てもヤクザだ。
「…………」
威嚇寸前の威圧感を惜しみなく振り撒いてきやがる。情熱的な御仁らしい。あっちいけしっしと念じるが、じっと視線を外さない。気に入られてしまったか。警戒という名の恋心だ。悪いが俺には、そんな趣味は無い。
ここまで全て、予測した通りだ。家の中の構造は、大体頭に入った。問題は、彰子のブラがこのでかい家のどこにあるのかって事だ。しかし、今はこれ以上は動けない。デカ男がすぐそこにいるし、用心棒はもう一人いるって話だ。オバサンのほうも時間の問題だ。部屋を物色するなどもってのほか、それで騒ぎになったら、逃げ切る自信が無い。きっと捕まる。自慢じゃないが、俺は足が遅いんだ。これが夜中なら、まだ闇に乗じる余地があるが、今はそうじゃない。ここはひとまず退散だ。
俺は適当に作業をしたふりをし、トイレの水を流して「はいどーもー」と下階に降りた。「ご主人様には私のほうから連絡しますのでー」とオバサンに告げて、軽い足取りで場を去った。オバサンは俺にお茶を用意してる最中だった。お人好しだなと思い、ちょっと笑った。
兵藤の邸宅は、南麻布のちょっとした坂のちょうど頂上あたりに、デーンとそびえ立っていた。周囲に所狭しと家々が建ち並ぶ中、ひと回り大きな区画に瓦つきのいかにも金が掛かってそうな塀を巡らせ、中には庭園も拵えてあるのだろう、松やら何やらの木を何本も生やしてあるのが見えた。建家は部分的に三階もあるほぼ二階建て、堂々とした構えにモダンなテイストをもちりばめた日本家屋だ。全部で一体いくらするんだ。
ピンポーン
『はーい』
俺は立派な屋根付きの門の前に立ち、少し緊張しつつそれは表に出さず(ハードボイルドの流儀だ)、ボタンを押してインターホンを鳴らした。中年女性の声がスピーカーから返ってきた。
「おはようございまーす。水レスキューのみず太郎と申しまーす」
『は、はい?』
「水漏れのご相談をご主人様より頂きましてー、お伺いしましたー」
『は、はい……』
ちょろいもんだ。今日の俺は水色のツナギに水色の帽子を被り、それっぽい水色のペイントを施したカブに水色の工具箱を載せて、どこからどう見てもそうとしか見えない水道屋に変装している。これなら怪しまれずに堂々と邸内へ入り込める。兵頭本人がすでに家を出てここにいない事は、由紀奈情報により把握済みだ。いかつい門が自動で開いて、由紀奈の調べ通りの通いの家政婦が玄関口に現れた。
「あ、どうもーすみませーん、おはようございますー」
「ええと……?」
出てきたのはいかにも普通なオバサンだった。当然のことながら、困惑してる様子だ。
「二階のトイレ周りで漏水がある、というお話でしてー」
「私は何も聞いてませんが……」
俺のいつもの手口なのだが、どこの家に行っても皆同じような反応をする。だから俺は、いつものように家政婦なり奥さんなりを言いくるめ、宅に上がる。それにしてもでかい家だ。この格好なら、キョロキョロしてもそうおかしくはない。庭から何からそこらじゅうを見回して、兵頭邸がどんな具合かじっくり観察した。由紀奈調べの間取り図はあったが、やはり自分の目で実際に見るのは大事だ。
内部は意外に洋風の造りだった。兵藤の主寝室は、二階廊下の一番奥にあった。その向かいがトイレなため、オバサンの案内で難なく到達できた。
「では、何かありましたらお声がけしますんでー」
そう言ってオバサンを追い払った。だがこれでひと安心と油断してはいけない。オバサンが兵頭本人に連絡を入れる可能性が高い。そして――
「あ、お邪魔してまーす」
ぬらりと廊下に男が現れた。なので、先手を打って挨拶をかました。がたいのいい、ガラの悪さが隠しきれない大男だった。こいつが用心棒か。由紀奈調べにより、そんなのがいる事も把握済みだ。まあ、どう見てもヤクザだ。
「…………」
威嚇寸前の威圧感を惜しみなく振り撒いてきやがる。情熱的な御仁らしい。あっちいけしっしと念じるが、じっと視線を外さない。気に入られてしまったか。警戒という名の恋心だ。悪いが俺には、そんな趣味は無い。
ここまで全て、予測した通りだ。家の中の構造は、大体頭に入った。問題は、彰子のブラがこのでかい家のどこにあるのかって事だ。しかし、今はこれ以上は動けない。デカ男がすぐそこにいるし、用心棒はもう一人いるって話だ。オバサンのほうも時間の問題だ。部屋を物色するなどもってのほか、それで騒ぎになったら、逃げ切る自信が無い。きっと捕まる。自慢じゃないが、俺は足が遅いんだ。これが夜中なら、まだ闇に乗じる余地があるが、今はそうじゃない。ここはひとまず退散だ。
俺は適当に作業をしたふりをし、トイレの水を流して「はいどーもー」と下階に降りた。「ご主人様には私のほうから連絡しますのでー」とオバサンに告げて、軽い足取りで場を去った。オバサンは俺にお茶を用意してる最中だった。お人好しだなと思い、ちょっと笑った。
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