〜Addicted to U〜 キスまでの距離

嘉多山瑞菜

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《最終章》― お前も…お前の心の傷も…何もかも…愛している… ―

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 ジュリオは、亮の顔の様相が変わっているのに無遠慮な視線を投げつけた。

「カツラに叩かれましたか?」

 感の良さと、抜群の推理力…亮に言わせると憶測らしいが…それに亮や桂の言動から察知した諸々の手掛かりから、ジュリオは亮にそう決め付けて訊ねた。

「バーカ。桂がそんなことするか」

 亮は不機嫌に顔を顰めると、それでもうっすらと笑みを浮かべて見せた。その表情に、ジュリオが拍子抜けしたような、ぽかんとした顔をした。

「…あの…じゃ、変更します。…カツラと…出来ましたか?」

 その質問にとうとう、亮がプッと吹き出した。

「ジュリオ…何言ってんだ?何が出来るんだよ?質問と日本語めちゃくちゃだぜ」

 亮はケラケラと笑い、ジュリオが心外と言った表情で亮を責めるように見つめた。

「リョー、私の質問がおかしかった事は認めます。でも、私の日本語をからかう事は許しません」

 いかにもプライドを傷つけられたと言った顔で、ジュリオは腕組をすると憤然と言い返す。
それに分かった分かった、と宥めすかしながら、亮はチラリとデスク脇にある鏡に視線を走らせた。

 鏡に映った、腫れ上がった自分の頬に手をやって苦笑を浮かべる。
今朝から、会社のスタッフたちが何事かと言った好奇の目で見るのを、中にはジュリオのように野次馬根性で不躾に怪我の理由を尋ねてくるのを、適当にかわしながら仕事をしていた。

 いい加減、それにも飽きた所に、外出から戻ったジュリオが噂を聞きつけて、部屋に飛び込んできたところだった。

「カツラ…ずっと会えません…」

 表情を曇らせてジュリオが言うのに、亮があぁ、と返事した。 

「桂は目下行方不明だからな」

 亮の言葉にジュリオが猛然と怒り出した。

「リョー、良くそんな平気な振りしていますね。カツラの事心配じゃないんですか?!」

 亮はジュリオを思いやるような瞳で見つめると、「ああ」と答えた。その答えに、またジュリオが眼を丸くする。

「あぁ、ジュリオ。桂は大丈夫だから。色々心配させたけど…でも俺と桂…大丈夫だから」

 その言葉にジュリオが微かに首を横に振った。

「リョー、悪いですが、私その言葉を信じることは出来ません。あなた、いつもカツラに関しては、「大丈夫」を繰り返しています」

 ズバリと切り返されて亮が苦い笑いを見せた。ジュリオの言う事も一々最もだった。ジュリオを納得させる説明も、今の所出来そうにも無い。それでも亮は苦笑を浮かべたまま言葉を続けた。

「桂は俺に惚れている。それに俺も…桂を愛している。それで十分だろう?」
「カツラに、好きと言ったのですか?」
 
 亮の言葉にやや混乱したように額に手をやりながら、ジュリオが問いかけた。それに頭を左右に振って否定すると、亮は今度は明るい笑顔を見せた。

「まだ…でも大丈夫なんだ。…ジュリオ、ありがとな」

 素直に亮は感謝の気持ちをジュリオに見せた。
今まで、心配を掛け、さまざまなアドバイスを…時にはお節介なアドバイスをしてくれた親友に感謝の気持ちを表したかったのかもしれない。

 ジュリオは、この1週間余りの荒れ放題だった亮の姿と打って変わってしまっている今の亮をまじまじと見つめた。
ゆったりとした姿でデスクに凭れて自分を余裕たっぷりの表情で見ている姿からは、ここ数ヶ月続いていた苛立ちや憂鬱さを見つけることは出来ない。

「…SI.分かりました」

 半ば諦めたように、ジュリオは何も語ろうとはしない親友を慈しむような優しい眼差しで見つめると、肩を竦めて言った。亮のオフィスから出ようと、ドアに向かって歩きながら

「リョー、おめでとう、まだ言いません。でも…全てが終わりになったら、話してくださいね」

 ジュリオの頼みに、分かったと返事をしながら亮はジュリオを扉まで送った。
ジュリオの背がドア越しに消え、扉が音も立てずに滑るように閉まるのを見つめながら、亮はリナの言葉を思い出していた。

「…その傷が治ったら、私に連絡して…」

 昨夜のリナとの会見…亮にとっては得ることの多かった対話で、リナは、そう最後に亮に言って、店から亮を送り出していた。

「何で、今すぐ逢わせてくれない?」

 すぐにでも逢えて、桂を抱きしめられると思っていたから、まだ、勿体つけるのか…焦らすのかと睨みつけた亮の視線を、意地悪めいた微笑でリナは受け止めると、違うわ、と頭を振った。

「私かっちゃんに怒られたくないの。あなたを殴ったなんて言ったら大変…。だから、その傷が完璧に治ったら会わせてあげる。かっちゃんは大丈夫だから」

 そう屁理屈つけられて、体よくあしらわれてしまっていたのだ。

「…仕方がないか…」

 ほうっと亮は軽く吐息を吐いた。自分もこんな不様な姿では逢いたくない…とチラリと考えていたから。その心理を上手くリナに利用されてしまったのかもしれない。
そう思っても、別段亮は苦笑を浮かべるだけで、不機嫌にはならなかった。

 やっと…桂と始める事が出来る…あのリナがそれを保障したことが亮のそれまでの鬱を払ってくれていた。

…その前に…亮はチラリとデスクの時計に視線を走らせた。
片付けなきゃいけない、最後の問題が残っている…思って立ち上がると、亮はスーツを羽織ながら秘書に外出を告げた。
 
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