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《最終章》― お前も…お前の心の傷も…何もかも…愛している… ―

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 グラスの氷が溶けてカランと音を立てた時。

「私たち、慧星学園の同級生なの」

 リナが静かな声音で口を開いた。突然話題が変わってしまったことに動揺することもなく、亮は耳を傾ける。

「…ご存知でしょうけど名門の進学校よ」
「あぁ、知ってる。県下1の私立校だ…」

 そうよ、とリナは亮の答えに頷きながら言葉を継いだ。

「かっちゃんって、昔から変わらないの。見たとおりのまま。真面目で気立てが良くて、優しくて、思いやりがあって…」

 そんなの…知ってる…桂がどんなに良い奴かなんて…。

「育ちの良さが、そのまま出ているのよ。昔から斜に構えて世間を見ていた私と違って、全然擦れていなかった…。それもそのはず、お父様は大手銀行の頭取で政界にも強力なコネを持つ人、お母様は華族の出で敬虔なカソリックの信者。日々教会とかの奉仕活動に勤めている、博愛精神の旺盛な方…」

 言ってリナがほうぅと深い溜息を吐き出した。
亮は混乱したままリナを見つめた。なぜ急にリナが桂の家族の話を始めたのか理解出来ない。

「家族」の話は二人の間ではタブーめいた話題だった。桂は絶対に自分の前では、どんなに水を向けても家族の話をすることはなかった。

「…俺は…桂から…家族の話なんか聞いたことない…」

 なぜ…リナが知っていて…自分には話してくれなかったのか…?

 苦しげに亮が言うと、リナがなぜか優しい瞳で頷いた。

「かっちゃんは、次男で末っ子だから家族から、とても大事にされていた。特にお母様と仲が良くて、しょっちゅう母親の奉仕活動を手伝っていたわ」
「…それで…?」

 リナが、とても大事な事を話している…なぜか、そんな気がして亮の鼓動が早く鳴り出していた。続きを促されてリナが、少し悲しげに表情を歪めた。

「お母様の影響で、人を差別してはいけない…それがその頃のかっちゃんの信念だった。そのせいか、将来は医者になりたいって良く言っていたわ。医者になって、「国境なき医師団」に参加するんだって…」

 フッと亮が笑みを浮かべる。…それも桂らしい…そんな気がした。
リナはしばらく黙って笑みを浮かべた亮を眺めていたが、急に問いを振った。

「貴方、何でかっちゃんがあんな質素な生活をしているか知っている?」
「…え…?」

 質素…?思いがけない質問に亮は吃驚したままリナを見返した。今まで、そんなこと考えたことがなかった、といったほうが正しいのかもしれない。

「貴方には無縁ね。質素なんて。あれだけの大金を私の店にポンと払えるんだから」

 以前に、この店を貸しきりにした時の額を思い出しているのだろう。
驚いている亮を見て、リナがクスッと笑った。

「大学2年から4年までの2年間の学費、大学院の費用、アパートの家賃に生活費…この5年余り、全部奨学金と前はバイトで、そして今は日本語教師の仕事で賄っているわ。でも、それでも足りないから、最初医学部だったのを次に興味があった言語研究学部に転部したわ」

 そこまでリナが言うと、亮がぁ、と小さく声を上げた。
思い当たる事があった。桂はまったくと言っていいほど、何も買い物をしない。

 亮が今までの付き合いで見たのは、亮の為の食材だけか、仕事用の本関係位。洋服や鞄や靴…その他諸々、普通の男だったら買うだろうと思われる趣味嗜好関係の買い物が一切抜け落ちていたのだ。

 そういえば…亮は思い出す。自分が買い物をしていても、桂は隣で黙ってニコニコしながら眺めているだけ…。

「おかしいと思わない…?あれ程、立派な家庭がありながら、かっちゃんは一切援助を受けていないの」

「…勘当…されているのか?」

 不意に亮が言った。何でそう唐突に思ったのかは分からない。ただ…リナの話の流れと、今までの桂の態度が「桂が家族と断絶」していると教えていた。

「やっぱり、貴方は頭の回転がいいのね」

 リナが珍しく褒めた言葉を無視すると、亮は苛立ったように首を振って急かした。

「…理由はなんだ?」

 家族の愛情を一心に浴びて育った純粋無垢な優しい少年…。親にだって自慢の息子だったに違いない。それが何で…急に勘当なんてされる?
 
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