〜Addicted to U〜 キスまでの距離

嘉多山瑞菜

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《第23章》― 俺たちは愛し合ったんだろう…どうして、そんなに終わりにしようとするんだ…?―

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 呆然と立ち尽くしたまま、亮は玄関のドアを見つめ続けていた。
桂が出て行ってしまった…自分から離れていってしまった…その現実が一瞬で自分の胸の中に氷のようになって、落ちてくる。

「……ぁ……」

 言葉が喉の奥に引っかかってしまったようになって、出てこない。

 亮は悲壮な面もちで振り返ると、今度は同じように桂を見送っていた健志をジッと見つめた。健志の表情からは怒りや嘲りが陰を潜め、なぜか戸惑ったような顔でやはり亮を見返した。

 亮はゴクリと喉をならすと、健志…と掠れた声で呼んだ。何かを言いたくて…でも、言いたい言葉がなかなか出て来なくて。

 不自然な静寂の中で、自分の心臓だけがドクドクと早鐘のように鳴り続ける音が脳に響いてくる。

― ありがとう…山本 —

 綺麗な微笑で告げられた桂の言葉が、ふいに胸の奥で弾けた瞬間

「…ぅぅっ……ぁぁ…っああぁぁぁぁっっーーーーーー」

 亮は唸りとも呻きともつかない激しい声を上げて、バッと健志の足下に蹲った。
突然の亮の行為に健志が驚いて一歩後ずさるのも構わずに亮は、土下座をするように這いつくばり、床に額を擦り付ける。両手を祈るように頭の先で組むと、悲痛に健志に懇願していた。

「頼む…!!!頼むから…俺と…俺と終わりにしてくれ…。」

 桂が出ていった…自分と終わりにした……何もかも自分の所為……。でも…でも…俺は…俺は…桂を……失うなんて……!

 心臓が引き千切られるように鋭い痛みが体中に走りぬける。

「…俺が…勝手なのも…悪いのも…分かってる…!お前の事…傷つけたのも……お前の気持ち…思いやれなかったのも……全部俺が…悪い……。謝ったって…許されない……」

 謝ったって…許されない…。
健志を傷つけたのも…桂を傷つけたのも…全部…自分の…犯した…罪…。「恋人ごっこ」という…残酷な遊びをしてしまった…自分の愚かさ。

 亮は床にひれ伏したまま健志に願い続けた。

「お前が…償えって言うのなら…何でもする…。だから…どうか……どうか俺と別れてくれ…頼む!!でないと…でないと…俺は…桂と……」

 健志は必至で言い募る亮を無表情に見下ろしていた。…頼むから…、という涙が混じったような亮の震え声が絞り出されてからも、健志はじっと亮を見つめ続けていた。

「……一つ訊いて…いいか?」

 健志がぽつっと口を開いた。頭上から降った言葉に亮が縋るように、顔を上げて健志を見つめた。
能面のように感情を見せない、それなのになぜか混乱したような瞳の健志と視線が絡む。

「俺と…あいつと…何が違ったんだ…?」

 なぜか苦しそうに絞り出された健志の問い。その問いに亮はフッと肩の力を抜いて、健志を真っ直ぐに見詰めた。

「何も…違わない…。違うのは…俺の気持ちだ…」

 胸の中で渦巻く熱い想いが少しでも、健志に通じれば、と願いながら亮は正直に答えた。
続きを促すように、健志は黙りこくったまま亮をジッと見返す。

「自分でも…なぜこんな風になるのか分からない…。でも…桂だけなんだ…こんな風に気持ちがざわめくのは…。こんな気持ち…他の誰にも持ったりしない…。だから…愛しているんだ…」

 告げて、胸の中で溢れるような愛しさばかりがこみ上げてくる。

「…桂をこれ以上…傷つけたくない…頼む…俺と終わりにしてくれ…」

 傷つけたくない…愛したい…愛されたい……それだけが心からの願い。

 微動だにしない健志を亮はジッと見つめた。
クスッと健志が喉の奥で小さく笑い声を立てる。怒りで気色ばんだ亮を無視して、なおもクスクスと笑うと、健志はスッと表情を押し殺したように冷静な瞳で亮を見下ろした。

 何を考えているのか見せない、落ち着いた表情で亮を見つめる。

「…不様だな…亮」

 静かに呟くように言う。侮辱の言葉に、亮はさらに顔を赤くしたが、なぜか世間話でもするような、穏やかな表情に変わっている健志を見て、怒りの言葉を押し殺した。

 健志が何を考えているのか…分からない。混乱したまま亮はジッと健志を見つめた。健志は一瞬瞳を眇めると、頭を左右に振って前髪を煩そうに掻きあげ、そして亮を見返した。

「…亮…お前…格好悪いよ。…」

 擦れた声で言う。反論しようと唇を開きかけたが、次の健志の言葉で亮は口を噤んだ。

「亮、お前ホントに最高に格好悪い…。そんな…不様で…情けない男なんて…俺は…いらない…。…好きじゃない…。お前なんて…お払い箱だ…」

 切れ切れに言われた言葉に、亮は驚いて瞳を見開いた。
何が起きているのか分からずに、呆然と健志を見詰めた。亮の視線を受け止めて不機嫌に健志が顔を顰めた。 

「お前、聞いてんのか?俺は…お前をお払い箱だって言ってんだよ。…お前みたいな…情けない男、こっちが願い下げだ」 

「…た…健志…?」
 戸惑って亮は健志に呼びかけた瞬間、今度は健志が大きな声を張り上げた。

「俺は、お前なんかいらないって言っていんだ。お前なんかいなくたって、他にいくらでも代わりはいるんだ。お前…何しているんだ!」

 驚いたまま健志を唖然と見ていた亮は次の健志の言葉で弾かれたように立ち上がった。

「…お前…何をボサッとしているんだ。…行けよ!!早く!!!あいつのところに行っちまえ!!!あいつがいなくなっても良いのか?!早く行って………掴まえてこい!!!!」

 それっきり、健志の声を聞くことは無かった。
亮は寝室に飛び込んでシャツとジーンズを纏うと、そのまま桂を追って部屋を飛び出していた。

 健志は主のいなくなったリビングで床に視線を落としたまま、いつまでも部屋で立ち尽くしていた。
 
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