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《第23章》― 俺たちは愛し合ったんだろう…どうして、そんなに終わりにしようとするんだ…?―
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最初に言われたのは、感謝の言葉…。
「楽しかったよ…。ありがとう」
涼やかな口調で、桂は真っ直ぐに亮を見つめて言った。
亮は信じられない思いで、桂の顔を驚いたまま見つめ続けた。桂は、綺麗な笑顔を浮かべながら、言葉を積み上げていく。
「山本…。前に言っただろ?絶対俺に気を使わないで欲しいって…。山本がそんな態度をしたら、健志さんが混乱するじゃないか…。駄目だろう?」
だめ…?…何が…駄目なんだ……?桂は何を言っているんだ……?
「ホントに楽しかった。山本のおかげで、知らない事を一杯教えてもらえたよ。ありがとな」
何で…なんで…桂は、ありがとうなんて言っているんだ…?
桂は淡々と告げた後、亮が口を開かないで、立ち尽くしているのを少しだけ悲しそうな瞳で見つめてから、今度はそれまで無視していた健志に向き直った。
「健志さん…違うんです」
呼びかけられて、健志がピクッと肩を震わせた。
「ほぅ、違うって、一体何が違うんだ?」
不遜な笑みで表情を歪めながら、健志は桂をジッと見つめながら訊ねる。桂は健志のきつい眼差しを、優しい表情で受け止めると、ええ、違うんです、と繰り返した。
「昨夜もお話したとおり、俺と山本は契約関係です。…貴方が帰国するまでの間、山本と付き合う…それが契約でした。・・・俺は…貴方の代用なんです…」
ほんの少し瞳を潤ませて桂は言う。
契約…その言葉が桂の口から出た瞬間、亮は身体がグラリと揺れそうな程の眩暈に襲われる。
…契約…契約…まだ、桂はそう思っているのか…昨夜…俺たちは…愛し合ったんじゃ…ないのか…?
「こいつは、そうは思ってないみたいだけどな」
健志が顎で亮の方をしゃくりながら、桂に答えた。その言葉を桂は、また、違うんです…と切り返した。
「違うんです…。健志さん、貴方もご存知の通り、山本はとても優しいから…だから、貴方が仰っていた通り、多分俺の事が気の毒だと思ってくれたんだと思います」
桂は僅かに顔を亮の方へ向けながら言った。
…違う…気の毒なんて…思っちゃいない…。
震えそうになる体を必死で抑えながら、亮は桂を見つめた。
桂の話を遮りたいのに、自分の何もかもが凍り付いてしまったように、強張ってしまって口を開くことが出来ない。
「ごめんな。俺の所為で…山本に気を使わせてしまって」
無垢な穏やかな笑顔で、桂はジッと亮を見つめて言った。その表情は信じられないほど穏やかで、優しさに溢れている…。
「でも、もう良いから…終わりにしよう。無理しないで。健志さんが戻ってくるんだ…俺の役目は終わりだ」
無理なんて…そんなこと…あるはずがないだろ…桂…どうして……どうして……。
「すみませんでした…健志さん」
桂が口にした謝罪の言葉に、健志がフッと身体を軽く揺すった。
もう、何も言うこともせずに健志は、先程までの威嚇めいたきつい瞳すらも潜めて、ただ驚いたように眼を見開きながら桂を眺めていた。
「どうか、山本をこれ以上責めないでください。昨日貴方に言ったとおり、俺は…自分の立場を自覚しているんです。貴方が帰ってくれば…俺はもう山本といる理由はないんですから…」
桂……お前は…何を言っているんだ…。どうして…そんな風に……俺を………。
「健志さん…本当に申し訳ありませんでした。こんな風に謝ったって、貴方の気持ちは治まらないかも知れません。でも…山本が愛しているのは貴方なんです…。彼の気持ちを信じて上げてください。それに、貴方も言った通り、山本の恋人は貴方なんです。それだけは、信じてあげて欲しいんです。…後はどうか…お二人で気持ちを確認してください」
そう一気に桂は言うと、健志に向かってぺこりと頭を下げた。
信じられないまま、亮はそんな桂を見つめていた。
違う…違う……俺が愛しているのは…お前なのに……なぜ…どうして…それを…分からない…?
桂は静かに亮を振り返ると、ニコリと優しく微笑んだ。久しぶりに見せた、無垢な微笑。桂がそうやって微笑む度に、少年の様に心臓が不穏な音を立てて跳ね上がった…。
その笑顔を見るたび、きつく抱きしめ、狂おしく唇を貪りたい衝動に駆られた。
「ありがとう…山本…。……本当にありがとう…」
告げて、桂は今度は深々と亮に向かって頭を下げた。
「……か…か…つら…?」
ゴクリと喉を鳴らしながら、亮は絶望的な思いで桂を見つめていた。
桂の中では、何もかもが決着してしまっている…。
全てが終わりに向かって走っている今…それでも指の間から零れ落ちていく砂を必死で止めようと、亮は掠れた声で桂を求めた。
だが、亮の声に桂はゆっくりと面を上げると、亮の視線から逃げるようにさっときびすを返した。決然とした足取りでリビングを出て行く。
「…桂……」
亮が呼んでも、もう桂は振り返らなかった。一瞬だけ、歩を止めただけ…。
すぐに全てを振り払うように桂は歩き出すと、そのまま玄関のドアを開けて出て行く。
桂の背が外に消え、ドアがガチャンと無機質な音を立てて閉まるのを亮はなす術も無く呆然と見送っていた。
冷えたコンクリートに響く桂の足音。だんだん遠ざかっていく…それ…。
やがて桂の足音は消え、全てが終わり、亮と健志だけが沈黙の支配した部屋に取り残されていた。
「楽しかったよ…。ありがとう」
涼やかな口調で、桂は真っ直ぐに亮を見つめて言った。
亮は信じられない思いで、桂の顔を驚いたまま見つめ続けた。桂は、綺麗な笑顔を浮かべながら、言葉を積み上げていく。
「山本…。前に言っただろ?絶対俺に気を使わないで欲しいって…。山本がそんな態度をしたら、健志さんが混乱するじゃないか…。駄目だろう?」
だめ…?…何が…駄目なんだ……?桂は何を言っているんだ……?
「ホントに楽しかった。山本のおかげで、知らない事を一杯教えてもらえたよ。ありがとな」
何で…なんで…桂は、ありがとうなんて言っているんだ…?
桂は淡々と告げた後、亮が口を開かないで、立ち尽くしているのを少しだけ悲しそうな瞳で見つめてから、今度はそれまで無視していた健志に向き直った。
「健志さん…違うんです」
呼びかけられて、健志がピクッと肩を震わせた。
「ほぅ、違うって、一体何が違うんだ?」
不遜な笑みで表情を歪めながら、健志は桂をジッと見つめながら訊ねる。桂は健志のきつい眼差しを、優しい表情で受け止めると、ええ、違うんです、と繰り返した。
「昨夜もお話したとおり、俺と山本は契約関係です。…貴方が帰国するまでの間、山本と付き合う…それが契約でした。・・・俺は…貴方の代用なんです…」
ほんの少し瞳を潤ませて桂は言う。
契約…その言葉が桂の口から出た瞬間、亮は身体がグラリと揺れそうな程の眩暈に襲われる。
…契約…契約…まだ、桂はそう思っているのか…昨夜…俺たちは…愛し合ったんじゃ…ないのか…?
「こいつは、そうは思ってないみたいだけどな」
健志が顎で亮の方をしゃくりながら、桂に答えた。その言葉を桂は、また、違うんです…と切り返した。
「違うんです…。健志さん、貴方もご存知の通り、山本はとても優しいから…だから、貴方が仰っていた通り、多分俺の事が気の毒だと思ってくれたんだと思います」
桂は僅かに顔を亮の方へ向けながら言った。
…違う…気の毒なんて…思っちゃいない…。
震えそうになる体を必死で抑えながら、亮は桂を見つめた。
桂の話を遮りたいのに、自分の何もかもが凍り付いてしまったように、強張ってしまって口を開くことが出来ない。
「ごめんな。俺の所為で…山本に気を使わせてしまって」
無垢な穏やかな笑顔で、桂はジッと亮を見つめて言った。その表情は信じられないほど穏やかで、優しさに溢れている…。
「でも、もう良いから…終わりにしよう。無理しないで。健志さんが戻ってくるんだ…俺の役目は終わりだ」
無理なんて…そんなこと…あるはずがないだろ…桂…どうして……どうして……。
「すみませんでした…健志さん」
桂が口にした謝罪の言葉に、健志がフッと身体を軽く揺すった。
もう、何も言うこともせずに健志は、先程までの威嚇めいたきつい瞳すらも潜めて、ただ驚いたように眼を見開きながら桂を眺めていた。
「どうか、山本をこれ以上責めないでください。昨日貴方に言ったとおり、俺は…自分の立場を自覚しているんです。貴方が帰ってくれば…俺はもう山本といる理由はないんですから…」
桂……お前は…何を言っているんだ…。どうして…そんな風に……俺を………。
「健志さん…本当に申し訳ありませんでした。こんな風に謝ったって、貴方の気持ちは治まらないかも知れません。でも…山本が愛しているのは貴方なんです…。彼の気持ちを信じて上げてください。それに、貴方も言った通り、山本の恋人は貴方なんです。それだけは、信じてあげて欲しいんです。…後はどうか…お二人で気持ちを確認してください」
そう一気に桂は言うと、健志に向かってぺこりと頭を下げた。
信じられないまま、亮はそんな桂を見つめていた。
違う…違う……俺が愛しているのは…お前なのに……なぜ…どうして…それを…分からない…?
桂は静かに亮を振り返ると、ニコリと優しく微笑んだ。久しぶりに見せた、無垢な微笑。桂がそうやって微笑む度に、少年の様に心臓が不穏な音を立てて跳ね上がった…。
その笑顔を見るたび、きつく抱きしめ、狂おしく唇を貪りたい衝動に駆られた。
「ありがとう…山本…。……本当にありがとう…」
告げて、桂は今度は深々と亮に向かって頭を下げた。
「……か…か…つら…?」
ゴクリと喉を鳴らしながら、亮は絶望的な思いで桂を見つめていた。
桂の中では、何もかもが決着してしまっている…。
全てが終わりに向かって走っている今…それでも指の間から零れ落ちていく砂を必死で止めようと、亮は掠れた声で桂を求めた。
だが、亮の声に桂はゆっくりと面を上げると、亮の視線から逃げるようにさっときびすを返した。決然とした足取りでリビングを出て行く。
「…桂……」
亮が呼んでも、もう桂は振り返らなかった。一瞬だけ、歩を止めただけ…。
すぐに全てを振り払うように桂は歩き出すと、そのまま玄関のドアを開けて出て行く。
桂の背が外に消え、ドアがガチャンと無機質な音を立てて閉まるのを亮はなす術も無く呆然と見送っていた。
冷えたコンクリートに響く桂の足音。だんだん遠ざかっていく…それ…。
やがて桂の足音は消え、全てが終わり、亮と健志だけが沈黙の支配した部屋に取り残されていた。
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