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《第19章》 ― お前の態度が俺を不安にさせるんだ…。早くこの不安から解放されたい…。―
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いつだって、運命は亮に優しくはない。事態は突然動き出す…。
亮は、仕事のスケジュールをじっと睨んでいた。
仕事の繁忙期の真っ只中、年末まで仕事はびっしり詰まっている。それでも、亮はなんとしても数日の休暇を取るつもりでいた。
「無理でしょう。休暇なんて。全社員が忙しく働いているのですよ。それが、どうして貴方だけ休めるのですか?」
亮が休暇を取ると聞いたジュリオが驚いたように、その考えを諌めた。
「いや、取るよ。俺は…」
亮はにべもなくジュリオの言葉を撥ね付けた。
どうしてですか?というジュリオの問いに亮は心持顔を赤らめながら答えた。
「ニューヨークに行く」
その答えにジュリオが苦い表情を浮かべた。
「タケシと終わっていないのですね?」
あぁ、と亮も苦い表情で返した。
終わるも何も、話すらまだ何も出来ていない。
健志からは相変わらず無しの礫で、亮の我慢も限界が来ていた。
所詮別れ話をメールですることなんか無理な話で、相手の顔を見て話さなければ何も変わりはしないのだ。
返信のメールもなく、電話で話すことすら出来ない。
健志が明らかに自分を避けているのに亮は気づいていた。
このままぐずぐずしているとあっという間に年末が来てしまう。亮は今月中に絶対に健志と終わらせる決意をしていた。
「日帰りでも良いんだ。土・日と後1日休みが取れれば、それで十分だろ?別れ話には」
ニューヨーク行きを日帰りでと、無謀なことを言う親友の言葉に、そうですかね…とジュリオは訝しげな表情で相槌を打つ。
仕事場でするような話じゃないな、と少し後ろめたさを覚えながら亮はジュリオの顔を見ながら考えた。
自分のオフィスで、まさか恋愛ごとの相談を…俺がジュリオに恋愛相談をしているのか?と疑問を感じながら…するとは思ってもみなかったからだ。
「タケシとは会えるのですか?」
ジュリオは慣れた手つきでコーヒーを淹れると、亮の分も作って手渡してやる。亮はブスッとした表情のままそれを受け取ると一口啜った。
「カツラは大丈夫なのですか?」
亮はジュリオの執拗な質問に苛々した目線で睨み付けると、あぁと答えた。
「その答えは最初の質問の答えですか?それとも後の質問ですか?」
「両方だよ。」
くそっと思いながら亮が少し声を荒げて返した。
「健志とは絶対会うし、別れる。それに桂も落ち着いているんだ」
亮は今朝別れたばかりの桂の姿を思い出した。
リナとの一件以来、久しぶりに穏やかな時間が持てるようになっていた。
自分の仕事が忙しいせいで、平日の夜はなかなか逢えなかったが週末は絶対に桂と一緒に過ごすようにしていた。
最近の桂は体調も良いらしく、顔色も表情も明るくなっている。
この隙に…という言い方は不謹慎かもしれないが、亮としては絶対に桂の状態が安定している今の内に健志と終わらせるつもりでいた。
ジュリオは親友の苛々した表情を観察して密かにため息を吐き出した。
亮は仕事に関しては優秀だ。機転もきくし、状況判断にも優れている。
ところが桂が絡むと亮は途端に判断力が鈍り事態の流れをよむ事が出来なくなってしまう。
ジュリオは心配でならなかった。亮は健志と会って、今度こそ本当に別れてくると言っている。
でも亮の別れ話に激昂している健志が、亮の楽観するように果たしてあっさりと亮に会って、別れに応じてくれるのか…?
ジュリオは亮程楽天的な推測は出来なかった。
以前亮に連れられてローマに来た健志。亮と休暇を楽しむ健志と僅かに交わした会話の中から垣間見えた健志のプライドの高さ。
亮と同じくらい…否それ以上に健志はプライドが高くて自分の面子や立場や…気持ちを傷つけられるのを嫌うはず…。
突然押し黙ったジュリオに今度は亮が怪訝な表情を向けた。話しかけようとした瞬間、メールの着信を知らせるポーンという機械音が静まり返った部屋に響いて、亮は仕方無しにソファから立つとデスクのPCに向かった。
「…嘘だろ…」
初めて聞く動揺したような亮の声音に、ジュリオも驚いて立ち上がった。
「リョー、どうかしましたか?」
近づいてくるジュリオに放心したような視線を、それまでメールをチェックしていた亮が向けると呟くように言った。
「……健志だ……」
まさに今話題にされていた人物からのメールにジュリオもびっくりしたような顔で亮に訪ねた。
「タケシは何を言っているのですか…?」
亮は不思議な偶然に驚きながらもメールの内容に目を走らせた。そこには健志らしい簡潔な文が並んでいる。
『17日に1週間出張で帰国する。もう一度話し合おう。』
亮は同じくメールを覗き込んでいたジュリオと顔を見合わせた。
「帰ってくる…」
亮はとっさに明るい未来を想像したのか、少し弾んだ声でジュリオに言うとにやっと笑みを零した。
明らかに楽天的な想像をしているのであろう友人の嬉しそうな笑みを眺めながら、逆にジュリオは暗澹とした面持ちでもう一度メールを眺めた。
行間からは健志の考えていることなど何も伝わってくるはずも無く、その物言わぬ無機質なメールにジュリオは亮と桂の歯車がさらに軋み始めるのをなんとなく感じていた。
亮は、仕事のスケジュールをじっと睨んでいた。
仕事の繁忙期の真っ只中、年末まで仕事はびっしり詰まっている。それでも、亮はなんとしても数日の休暇を取るつもりでいた。
「無理でしょう。休暇なんて。全社員が忙しく働いているのですよ。それが、どうして貴方だけ休めるのですか?」
亮が休暇を取ると聞いたジュリオが驚いたように、その考えを諌めた。
「いや、取るよ。俺は…」
亮はにべもなくジュリオの言葉を撥ね付けた。
どうしてですか?というジュリオの問いに亮は心持顔を赤らめながら答えた。
「ニューヨークに行く」
その答えにジュリオが苦い表情を浮かべた。
「タケシと終わっていないのですね?」
あぁ、と亮も苦い表情で返した。
終わるも何も、話すらまだ何も出来ていない。
健志からは相変わらず無しの礫で、亮の我慢も限界が来ていた。
所詮別れ話をメールですることなんか無理な話で、相手の顔を見て話さなければ何も変わりはしないのだ。
返信のメールもなく、電話で話すことすら出来ない。
健志が明らかに自分を避けているのに亮は気づいていた。
このままぐずぐずしているとあっという間に年末が来てしまう。亮は今月中に絶対に健志と終わらせる決意をしていた。
「日帰りでも良いんだ。土・日と後1日休みが取れれば、それで十分だろ?別れ話には」
ニューヨーク行きを日帰りでと、無謀なことを言う親友の言葉に、そうですかね…とジュリオは訝しげな表情で相槌を打つ。
仕事場でするような話じゃないな、と少し後ろめたさを覚えながら亮はジュリオの顔を見ながら考えた。
自分のオフィスで、まさか恋愛ごとの相談を…俺がジュリオに恋愛相談をしているのか?と疑問を感じながら…するとは思ってもみなかったからだ。
「タケシとは会えるのですか?」
ジュリオは慣れた手つきでコーヒーを淹れると、亮の分も作って手渡してやる。亮はブスッとした表情のままそれを受け取ると一口啜った。
「カツラは大丈夫なのですか?」
亮はジュリオの執拗な質問に苛々した目線で睨み付けると、あぁと答えた。
「その答えは最初の質問の答えですか?それとも後の質問ですか?」
「両方だよ。」
くそっと思いながら亮が少し声を荒げて返した。
「健志とは絶対会うし、別れる。それに桂も落ち着いているんだ」
亮は今朝別れたばかりの桂の姿を思い出した。
リナとの一件以来、久しぶりに穏やかな時間が持てるようになっていた。
自分の仕事が忙しいせいで、平日の夜はなかなか逢えなかったが週末は絶対に桂と一緒に過ごすようにしていた。
最近の桂は体調も良いらしく、顔色も表情も明るくなっている。
この隙に…という言い方は不謹慎かもしれないが、亮としては絶対に桂の状態が安定している今の内に健志と終わらせるつもりでいた。
ジュリオは親友の苛々した表情を観察して密かにため息を吐き出した。
亮は仕事に関しては優秀だ。機転もきくし、状況判断にも優れている。
ところが桂が絡むと亮は途端に判断力が鈍り事態の流れをよむ事が出来なくなってしまう。
ジュリオは心配でならなかった。亮は健志と会って、今度こそ本当に別れてくると言っている。
でも亮の別れ話に激昂している健志が、亮の楽観するように果たしてあっさりと亮に会って、別れに応じてくれるのか…?
ジュリオは亮程楽天的な推測は出来なかった。
以前亮に連れられてローマに来た健志。亮と休暇を楽しむ健志と僅かに交わした会話の中から垣間見えた健志のプライドの高さ。
亮と同じくらい…否それ以上に健志はプライドが高くて自分の面子や立場や…気持ちを傷つけられるのを嫌うはず…。
突然押し黙ったジュリオに今度は亮が怪訝な表情を向けた。話しかけようとした瞬間、メールの着信を知らせるポーンという機械音が静まり返った部屋に響いて、亮は仕方無しにソファから立つとデスクのPCに向かった。
「…嘘だろ…」
初めて聞く動揺したような亮の声音に、ジュリオも驚いて立ち上がった。
「リョー、どうかしましたか?」
近づいてくるジュリオに放心したような視線を、それまでメールをチェックしていた亮が向けると呟くように言った。
「……健志だ……」
まさに今話題にされていた人物からのメールにジュリオもびっくりしたような顔で亮に訪ねた。
「タケシは何を言っているのですか…?」
亮は不思議な偶然に驚きながらもメールの内容に目を走らせた。そこには健志らしい簡潔な文が並んでいる。
『17日に1週間出張で帰国する。もう一度話し合おう。』
亮は同じくメールを覗き込んでいたジュリオと顔を見合わせた。
「帰ってくる…」
亮はとっさに明るい未来を想像したのか、少し弾んだ声でジュリオに言うとにやっと笑みを零した。
明らかに楽天的な想像をしているのであろう友人の嬉しそうな笑みを眺めながら、逆にジュリオは暗澹とした面持ちでもう一度メールを眺めた。
行間からは健志の考えていることなど何も伝わってくるはずも無く、その物言わぬ無機質なメールにジュリオは亮と桂の歯車がさらに軋み始めるのをなんとなく感じていた。
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